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私と師匠と大先生

作者: クック先生

                 

『物書きは詐欺師であれ』


 これは我が師である、葵流海の言葉だ。

 師匠とは言うものの、その実は幼馴染の兄貴分で、然程気を置く間柄ではない。幼少の頃より、私は彼に弟の様に可愛がってもらい、私も彼を兄と慕っていた……とまあそんな間柄である。


 学生の頃、文筆家の道を歩む彼の影響を受けて私も文士を志し、筆を取っては一人前の物書きよろしく、自らの作風に悩んだりもした。そんな折、小説とは何かと彼に定義を求めた際、前出の言葉を初めて耳にしたと記憶している。


『小説とは、自らが世界を作り、時代を作り、人生を作り、様々を作る。これらを文字という糸で操り、人に伝える事が基本である。だがそれだけでは読み手の心は動かせない。聞き齧った知識と美辞麗句を織り交ぜ読者の自尊心を擽り、更にはまるでその場に立会い、見て来たかの様な嘘をつく事が大事である。つまりは如何に読み手を騙し、欺き、引き込み、納得させるかだ』


 言葉は悪いが、私はこの名言とも呼べる台詞を聞いたとき、彼への師事を請う決心をしたのだ。以後、畏敬の念と茶化す意味も込め、彼を本名の茂之ちゃんから師匠と呼ぶ様になったのである。


 だが師匠の作品はどれも奇妙奇天烈で、私のような凡才には、いや、他の文士達にも到底理解し難い世界があった。それ故、周囲から異端児の烙印を押され、疎まれている嫌いもあるように見受けられた。



 ただ……一部の文豪達を除いてではあるが。





 世が新たな年号に変わり、落ち着きを見せた頃合の、桜の花咲く季節だった。

 白桃色に染め上げられた並木道で、つい口にした『はらりと落ちる花びらのなんと儚い事か』という柄にもない感情を、隣を歩く絣の着物姿の師匠に笑われた事をよく覚えている。


「よぅ、面白い物を見せてくれた礼に、美味い酒をご馳走してやろうか?」


 笑いながらに、師匠がこう私に尋ねてきた。何を隠そう、我等師弟は酒と女と文学話に目がないのである。更には、常に素寒貧な台所事情ときた。誰が断る理由を持とうか。


「勿論! でも師匠、先立つ物がありませんよ。何か当てでも?」

「あぁ、心配するなって。悪いようにはしないさ」


 師匠の言葉につられて訪れたのは、周囲から敬愛を込めて『大先生』と渾名される方の住まいだった。洋シャツに袷と袴の貧乏書生の出で立ちの私など、とても立ち入ることすら憚られる、物書きの界隈では押しも押されぬ偉大な文筆家である。斯様な大先生と師匠が懇意であるとは、今まで知り得無かった事だ。


「し、師匠! 本当にこのお住まいの方をご存知なんですか?」

「まあ黙ってなって。先生、大先生、いらっしゃいますか?」


 玄関先で尋ねる師匠の言葉に、程なくしてその大先生が現れ、気さくに出迎えて下さった。


「これは葵君、おや、今日は木曜ではないが?」

「いえ、今日はいつもの集まりではなく、個人的に訪れました次第で」


 そう言うと師匠は後ろで恐縮していた私を引っ張り出し、大先生への紹介役をを買って出てくれた。


「この者が先日来申してました私の友人、榊原 風流です。訳あって明日帰郷の徒につく予定なのですが、その前に一度、先生に色々とお話を伺いたいと申しまして」


 確かに私は明日、知人の結婚式の為、帰郷する。が、隣町を指して帰郷と呼べるかは些か疑問ではあった。


 どうやら師匠は私をダシに、大先生から酒と文学話を頂こうという腹らしい。


「立ち話もなんだから上がんなさい。まあ君は一杯やれればどこでもいいだろうけどね」


 なんとも大先生には見透かされていたようだ。師匠は私を見て苦笑いしながら肩をすくめた後、何の遠慮もなくずけずけと上がり込み『お前も遠慮するな』と言わんばかりの手招きを見せた。その様はなるほど幾度となく通い詰め、大先生とは単なる知人ではないと言った証のようである。





 思いがけず雲の上の方と懇意になれる機会が訪れたものだ。私達は大先生の案内の下、客間へと通され、寛ぐようにと薦められた。


「生憎今は誰も居なくてね。葵君の好物を取ってくるから、座って待っていてください」


 座布団を頂き、恐縮ながらその上に身を置いた。緊張の為か、大先生が戻られるまでの時間が大変長く感じられたのは、辛くもあり、また面白くもある経験だった。


「頂き物が沢山あるので、君が来てくれると助かるよ。まあお上がりなさい」

「では遠慮なく」


 銘酒の名が刻まれた徳利と、広口のぐい飲みを手渡してくれた大先生を上座に奉り、私と師匠は並んで前面に座した。


「先生、お体の塩梅は如何ですか。胃は食べ物を受け付けますかね」


 一口目の酒で喉を潤した師匠が、神妙な面持で尋ねる。すると大先生は苦笑いを浮かべながら、胃の辺りをさすってお答えになった。


「どうやらこいつは私の事が相当嫌いらしい。事ある毎に我侭を言い出すよ。それ故、中々に愛おしくもあるがね……困った奴だよ」


 大先生は昔から病に悩まされ続け、胃の辺りを何度も手術なさっていると噂に聞く。それ故大先生の風貌は、年齢より幾分年老いて感じられる。そんな中での突然の訪問は心苦しく思えて、私は酷く躊躇いを感じ、小さくなっていた。


「それはそうと、二人はもう露草の新刊は読みましたか」


 露草とは、多くの文才達を輩出している季刊誌であり、我等駆け出し文人達の教科書でもある。


「ええ読みましたとも。龍の字の野郎、めきめきと頭角を現してきやがりましたね」


 師匠の知人がまた新作を発表し、論客達の間で、高い評価を得ているそうだ。師匠はまるで、自らのお手柄の様にニヤリと笑った。見知った者が力を付けるのが大変嬉しいらしい。


 我が師匠は良い物は良いと褒め、悪いものは悪いと指摘する包み隠さない性格である。それ故、中には師匠を煙たがる者も多く居る。だが師匠のそれは、基本に忠実かつ幅の広い観点からの指摘であり、いちいち最もであった事も付け加えておく。


「そうそう、露草といえば以前、榊原君も新人作品募集に寄稿していましたね。心の駅という題名でしたか、中々良い作品でした」


 私はその言葉に舞い上がってしまい、緊張も戸惑いも一瞬の間に何処かへ投げ捨て、大先生の懐へずかずかと入り込んでしまった。


「ありがとうございます、先生! いえ、大先生から斯様なお言葉をいただけるなんて恐縮です!」


 こんな誰とも知らない者の拙い文章を読んで下さるだけでも、私にとっては至福であったのだ。


「確かにお前さんの作品はきらりと光るものがある、台詞にしても描写にしてもだ。けれどそいつを纏める力がなってねぇ。何度も言われて聞き飽きただろうがな」


 早速師匠の評論が始まった。何を隠そう、私も師匠の評を煙たがる一人なのである。私は照れ笑いとも、苦笑いとも付かない笑みで誤魔化した。


「そう、榊原君の作品の気になったところを簡単に言うとこうだな。『一枚の絵を、絵心ある者達が分割して、ばらばらに描いた』そんな感じだ。部分部分は良いのだが、一枚の絵としては釣り合いが取れていないのさ」


 大先生の言葉は心地よく耳に入った。その図を頭に描き、成る程と膝を叩いた気持ちになった。


「だが判るのは誰にでもできる。難しいのはその後だ。文章を変えたり削ったり、時にはばっさりいっちまう事もある。折角書いた文章をだ。そいつが出来るかできねぇかで、物書きの質がが試されるんだ。ただそいつを面倒臭いとか言って、そのまま残して完成を見るなんてのは論外だがな」


 またしても師匠の言葉がいちいち図に当たる。私はその論外者の考えに、身に覚えがあるのだ。

 自分自身でも、書き出しと締めの釣り合いが悪いと思う事が間々ある。だが書き終えた後であるし、各章や一部だけ読めば自惚れを感じる文であるから、書き直すに忍びないのである。


 そして一杯、また一杯と杯が進むにつれ、師匠はさらに饒舌になっていく。大方は私の作品への批評ではあるが、その都度良い所もきちんと拾って褒めてもくれる。くすぐったくもあるが、これで中々気持ちが救われるのも、また事実なのである。

 




 高名且つ偉大な方を交えての、酒と文学話。そんな至福が一時半ほど流れた頃合だった。


「いいか風流よ、物書きってのは読者に媚びちゃダメなんだ。何度も聞いてうんざりだろうがな。だが肝に銘じておけ。物書きってのはなぁ、風潮・流行に流されちゃあいけないんだ。自らが風潮・流行を作るんだ。そのためにお前さんの名前を『風流』と付けてやったんだぞ。忘れるなよ」


 また師匠の十八番が始まった。こうなると、もう随分と酔ったと言う合図である。案の定、何事かを思い出したように、師匠は酔った勢いで少々興奮気味に続けた。


「そう、今の流行りに乗っかって、自らの作風を替える輩の多い事よ。また二匹目のどじょうとばかりに、良く似た作品を乱発する恥知らずの、なんと多い事か。今の主流は自然主義ですよ。だと? 己の主義を貫いてどこが悪い!」


 師匠の目が虚ろになり、見えない論客達を見据えて、持論を語り出したのだ。

 先日、若い文筆家達の集まりで、今後の作品に関する、屈託の無い意見を交換しあうという討論会がなされたのだが、その場で出された意見の殆どが、流行の模倣や、著名な作家先生の作品ばかりをあげるだけであったと言う。


 さらには、師匠が新境地の開拓こそが急務と意見を上げると、皆鼻で笑って相手にせず、まったくもって話にならなかったと、師匠は語っていた。きっとその時貯まった鬱憤が、大先生に頂いた酒の力を借りて、顔を伺わせているのだろう。


 しかしここは大先生の面前でもあるし、なによりご迷惑だ。


「師匠、もうその辺でお酒は控えたほうが……」


 そんな私の言葉に、大先生は笑って仰った。


「あははは、いいんだよ風流君。もう毎度の事だ、気にもならんよ。それより、君ももっとやりたまえ」


 そう言って大先生は、空いたぐい飲みに徳利を傾けて下さった。


「ああこれは恐縮です。……おっとと、ありがとうございます大先生。では折角ですので……遠慮なく」


 しかしながら、美味い酒なのに一向に酔える気がしない。

 それに引き換え、大先生を前にして、師匠のこの泥酔加減はどうだ。まったく師匠の肝の太さには、改めて感心した。


「なぁ、風流よ。大先生を御覧あれだ。自然派だ反自然派だのと馬鹿どもは騒いでいるが、大先生はそのどちらともない、新たな境地を築かれたぞ? 自由であり余裕があり、今までの小説にはない、味のある作風だ。それでも流行りに乗るのは必要か? 違うな! 作り手は自ら作風を作って、世に問うべきだ。ですよね? 大先生!」


 大先生は、師匠の言葉に笑みを浮かべ、目を細めている。それはやはり、大先生も同じお考えなのだろうか。


 ふと見ると、言いたい事を出し切った師匠が、ふらりと倒れ横になった。全くもって困った師匠だ。

 私は師匠を揺り動かし、起こそうとした。だがそんな私を大先生はやさしく制し、にこりと微笑んだ。


「このまま寝かせてあげなさい。言いたい事をすっかり言ったんだ、きっと良い夢を見てることだろうさ」


 そう仰ってから、大先生は一度退室し、一時して、手に薄手の布団を抱え、また戻ってこられた。私はこの大胆な幼馴染を、このまま師匠として崇めてよいものだろうかと、一瞬疑問に思ったりもした。


「わが師匠ながら困ったものです。大先生にご迷惑をおかけして、大変申し訳なく思います」


 私は改めて大先生に向きなおし、深く頭を下げた。だが大先生は、なにかまわんよと笑ってのけられた。そして全く懐の深い方だと痛く感心しきりの私に、こう続けられたのだ。


「彼、葵君はね、実は私の心の師匠でもあるのだよ」


 意外すぎる一言に、私は目を丸くして尋ねた。


「大先生、それは一体どういうことなのでしょう?」

「私は彼の作品を初めて読んだ時に、大きな衝撃を受けてね。彼の作風ほど、何者にもとらわれない自由な発想は無いと、その時感じたのだよ。彼の作品が誰からも理解されないという話を聞くが、そいつは読み手がはなっから受け入れようとしないからさ。葵君と言う人物はね、一般人が理解するのにかなりの時を要する、いわば人の一歩も二歩も先を行く感性の持ち主だと、私はそう考えているのさ」


 正直、師匠の作品にそれだけの魅力があるとは到底思えなかった。

 師匠の作品といえば、高等学校で男女が席を同じくすると言う、破廉恥かつ常識を疑う世界なのだ。そこへ来て若い男女の恋愛だの、一風変わった冒険活劇だのを繰り広げたりするものだから、理解し難いのである。


「ですが大先生、師匠の作品はどれも奇妙突飛すぎて、まるで――」


 そう言ってはたと思い出した。以前師匠に尋ねた、小説とは何かと言う答えである。


「物書きとは詐欺師であれ……と言う訳ですね?」


 大先生は微笑んで頷かれた。


「そうさ、彼の作品にある奇天烈な世界。それは誰も考え付かないような世界だ。だがそいつは、いわば彼だけの世界であり、誰も見たことがない世界でもある。それをさも見てきたかのように、作品として書き記しているんだ。こいつが独創性に富んだ作品で無くてなんだと言うのかね。ただこれを理解し受け入れてくれる時代が来るのは、ずっとずっと先……もしかしたら我々の孫か曾孫の世代くらい先かもしれないがね」


 言われて成る程と膝を打った。

 そういえば大先生も、一匹の猫の視点から見た現代風刺小説で、一躍有名になられたのだ。これも奇妙といえば奇妙、独創性に飛んでいると言えばそうなのかもしれない。この事からも、なるほど大先生が師匠を『心の師』と呼ぶのも頷ける。


 が、よしんば師匠の作品が未来を見据えた作風と言う事であったとしても、今現在の読み手達に相手にされないのであれば、生涯日の目は見ないのではないだろうか。それではものを書くという意味がないのではないか。私はその辺りを大先生に尋ねてみた。


「彼はね、そんな目先の事にはとらわれていないのさ。そりゃ生きていくには金が要る。それには売れなきゃ意味がない。そして売れるためには、読み手の欲する作品にしなければならない。それじゃあ思い通りに作品なんて書けやしない。だが葵君はそれを拒み、自分の信念を貫き通しているんだよ。私にしてみれば……いや、我々ある程度名の売れた物書きにしてみれば、彼の生き様がうらやましくてたまらないのさ。そう、彼の信念こそ、本来物書きがあるべき姿勢じゃないかなと、私は思うんだよ」


 大先生の言葉を、改めて師匠に重ねてみる。酔ってだらしなく高いびきをかいているこの幼馴染の兄貴分が、なんだか大きな存在に見えた。それはきっと気の迷いであると自分に言い聞かせる一方、心のどこかでこの人に師事して良かったという言葉も聞こえてくるのである。


「とまあ、そういった経緯と茶化す意味も込めて、葵君を心の師匠と呼んでいるのさ。私も彼に習い、野良猫の視点から世間を風刺するなんて話を書いては見たが、中々彼の域には達しないよ。どこかで世間に媚びようとする心が、待ったをかけてしまうのだろう。もっとも、もし彼ほどの奇抜な作品が書けたとしても、今度は出版社が待ったをかけるだろうけどね」


 大先生は少し照れたように笑って語られた。それはまるで、まだ自分自身が未熟者だと露し語る様でもあった。





 大先生との小説談議は瞬く間に時を費やし、気が付けばもう夜もしっぽりと暮れていた。そろそろ暇をしなければいけない時刻である。私は師匠を揺すり起こし、帰る旨を伝えた。


「師匠! 起きてください、帰りますよ!」


 それでもなお、師匠は一向に起きる気配を見せず、高いびきの有様である。


「葵君は今日、泊まらせる事にしてはどうかな? なぁにいつもの事だよ」


 そう言って笑いながら大先生は席を立ち、私を玄関口まで見送りに来てくださった。まだまだ語るに足りぬ思いではあったが、明日は早い事でもあるし、私は大先生に暇を告げ、一人下宿部屋へと戻った。


 そして、大先生の言葉を改めて噛み締めるためにと、本棚から師匠の代表作を取り出し、改めて読んでみる事にした。




『――自己紹介がその女学生の番と相成った。彼女はすっくと立ち上がると、周囲の学友達を一瞥してからこうのたまわった。「この中に宇宙からの使者、妖怪変化、千里眼の持ち主がいたら、わたくしのところへ馳せ参じますように。以上!」笑いを誘った言動なのだろうか。だが私も、学友達も、皆一様に唖然となり、一瞬刻が止まる様を覚えた――』


 成る程、改めて大先生の言葉を含んで読むと、味わいがあるようにも感じられる。

 果たして、師匠の作品達が今後、大衆に受け入れられる風潮が来るのだろうか。

 もし来るとするならば、それは大先生の仰るように、私たちの孫や曾孫の時代になるかもしれない。


最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!

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