その6
白い花びらが舞う。
はなん、ふるる・・・
「旭」
ぼんやりとしていた視界が、その声で呼び戻される。茶色の伸びすぎた髪に、次々と白い花びらが絡まっていく。紫の瞳が揺れて、瞬く。
「焔?」
旭を抱きかかえていた焔が腕に力を込めた。ちりんと銀が鳴る。
「よかった」
耳元で焔の掠れた声がした。額に花びらが落ちる。落ちて溶け、小さく流れた。
「冷たい。雪?」
花ではなく、雪だった。
小さな神社を囲む木々の間から、雪がこぼれ落ちてくる。さらさらと葉を叩く音がする。手を伸ばし、雪の結晶を受け止めた。手のひらの体温は、花びらを容赦なく溶かし、消していく。
鳴瀬と一恵の好きな、あの桜木は、どこにもない。触れるのは、懐かしい温度。
「大丈夫か?」
焔が腕を解く。焔を見上げる。その首に赤い筋ができていた。血が滲んでいる。
「これ」
鎖の痕だ。引きちぎったのだろうか。指で触れてみた。まだ凝固していない血が、ぬるりと絡みついた。
「あんなもんでおれを繋げると思うなよ。半人前のくせに」
焔が笑う。
痛かった。自分の言葉が焔に傷を付けた。自分の行動が、一恵と鳴瀬を消した。なにもできなかった。助けることができなかった。
大切なものを守ることさえできないほど、この身は未熟なのだ。思い知った。自分のしたことの結果を受け止めることも手に余る。胸が潰れそうだ。
「ごめんなさい」
焔の血のついた手で、自らの顔を覆う。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
傷つけてごめんなさい。
助けられなくてごめんなさい。
なにもできなくて、ごめんなさい。
焔の大きな手が背中を叩く。
「帰るぞ。太郎さんが心配してる」
喉の奥が痛くて、声は出なかった。
(第九章その1へ続く)