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2nd Mission ディアレスト  作者: 時幸空
第八章
20/21

その5

 熱い。

 大きな桜木が炎上する。枝に花を咲かせるように、炎が咲く。

 これは一恵の夢だ。鳴瀬を求めて彷徨った一恵の最後の欠片だ。

 旭は、闇のものと成り果てた一恵の中にいた。

 春になれば会える。その約束は、果たされることはなかった。鳴瀬は本の中へと閉じこめられた。絶滅寸前だったのか、なにかから守られるためだったのか、旭にはその理由を知るすべはない。人間の、守人の手によって、鳴瀬は引き離されたのだ。

 一恵は知らなかった。春を待ち続けた。その想いは、やがて誰へとも知れぬ憎しみとなり、春を焼き、自分を焼いた。

 火と水。

 近づけば、溶け合うこともなく、消えてしまう。だから会えない。だから触れられない。それでも一恵は探し続けたのだ。会えないとわかっていながら、長い間、ずっと探し続けたのだ。たった一人の大切な人を、呼び続け、闇となった。

 一恵の闇は、旭のすべてを飲み込もうとしていた。ほどなく、旭も一恵と同化するだろう。自分にできることなど、最初からなにもなかったのだ。一恵を元に戻す方法も、二人が会えるすべも、なにも知らなかった。身に余ることに向かおうとした罰だ。このまま一恵の想いに取り込まれ、闇となり、自分という存在は消えるのだろう。

 父に相談すれば、なにか別の道を見つけられただろうか。あのとき、焔にすべてを告げていれば、闇に取り込まれずにすんだだろうか。あともう少し、焔とともに、時を重ねてゆけただろうか。

「旭」

 焔が呼んでいる。

 あの古い家に、鎖で縛り付けてきた焔の咆吼が聞こえる。

 いま思えば、自分にあんな力があったことが不思議だ。それくらい、夢中だった。自分の欲しいものを手放さないために、必死だった。

 きっと一恵も同じだ。春がきたら、ほんの瞬きほどの間、ともに花を見る。そんなささやかな願いを、ずっと求めていただけだ。相容れない者同士が、花の散るまでの刹那を、一つの心で愛しただけなのだ。

 たくさん、泣いただろう。

 涙も嗄れて、それでもなにかに想いをぶつけたくて、そうして闇になる。闇は、心が生む。なにかを求める心が、知らず育んでしまう。それは人もあやかしも同じなんだ。

 痛くて、熱くて、渇いて、苦しくて、淋しい。

 でももう、会えない。

 闇に触れたら、闇になる。だからもう、焔には会えない。会いたいのに、会えない。

『会エナイ』

 あなたを闇に染めたくないから。

 旭は一恵の中で、瞼を閉じた。


 ひんかり。

 ふるる。

 よるへ。

 あれへ。


 誰かが歌っている。


 るるる。

 ふるるる。


 一恵じゃない。一恵の中にはほとんどなにも残っていない。からっぽになっていく闇があるだけだ。


 はなん。

 ふるる。

 ひるへ。

 あれへ。


「鳴瀬さま?」

 旭の腕の中の本が小さく震えた。

「ワタシヲ、出シテ」

「鳴瀬さま」

「一恵ノトコロヘ」

「だめだよ。そんなことしたら、二人とも消えちゃう」

「会イタイノ。最後ニ、アイタイノ」

「最後って」

「モウ消エル時ガキタカラ」

「消えるって、あなたが消えるの? なんで? この本の中にいれば安全なんでしょう? 消えたりしないんでしょう?」

「貴方ト同ジヨウニ、ワタシタチニモ終ワリハクルノヨ。死トハチガウケレド」

「嘘」

 旭が隠し本を開く。闇の中なのに、描かれた墨絵ははっきりと見えた。僅かに墨の色が薄くなっている。

「一恵ヲ、一人ニシタクナイノ。ワタシヲ放シテ。貴方シカデキナイ」

 鳴瀬の着物の裾が消えた。

「鳴瀬さま」

 細い足のつま先が消えた。

「早ク」

 滑らかな髪の一房が消えた。

「鳴瀬さま!」

 旭が手のひらを落とす。ざらりとした和紙に触れた。手のひらが熱くなる。じゅっと音がする。

 闇が乱れた。砕けた闇が、波となって押し寄せる。

「うっ」

 旭の身体が押し流される。闇の破片が、旭の手に、足に絡みつく。焦げるにおいと花のにおいが、絡み合う。渦を作る。大きな流れの中に、落ちていく。

「ナルセサマ?」

 一恵が呻いた。

「一恵」

 鳴瀬が歌うように応えた。

 旭は、熱い闇に流されながら、一恵と鳴瀬の声を聞いた。


 白い花びらが散る。

 白い花びらが舞う。

「散ってしまいますね」

「散っていく花のほうが好きです」

「鳴瀬さまは変わってますね。淋しくないのですか?」

「だって実を結ぶために散るのでしょう? 来年また咲くために散るのでしょう? 潔いではないですか」

 小さな笑い声が花びらに乗る。

「やっぱり鳴瀬さまは変わっている」

 小さな火の馬が、花びらを追うように、空を跳ねた。きらきらと光をこぼしながら、いつまでも、楽しげに跳ねていた。鳴瀬が歌っていた。

 散る花に向けて、手を伸ばした。

 その手を、強い力が引いた。


(第八章その6へ続く)

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