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2nd Mission ディアレスト  作者: 時幸空
第八章
19/21

その4

「鳴瀬さま」

 柔らかな暖かい声が呼ぶ。

一恵いちえ?」

 せせらぎが歌うように応える。

「はい。一恵です。鳴瀬さま。今年もまた、花が咲きましたよ。老樹が花をつけましたよ」

「まあ、もう春が来ていたのですね」

「はい。春です」

 清流の水面が小さく渦を巻く。その中心に薄桃色の花が咲いた。白い肌、亜麻色の長い髪があらわれる。一恵はそっとせせらぎを離れた。

 ぱたぱたと水が葉を叩く。白い裸足が若草を踏む。水が煌めき散っていく。

「一恵?」

「はい」

「どこにいるの?」

「わたしは桜木の向こうにおります」

「こちらに来て、一緒に花を見ればいいのに」

「ご存じでしょう? そんなことをしたら鳴瀬さまが消えてしまいますよ」

 一恵の小さな笑い声が、古い大樹の向こうから風にのって流れてくる。気の早い花が白い花びらを一枚散らせた。

「わたしは一恵と見たいのよ」

 草を踏む密やかな音がした。

 大樹の太い幹の向こうから、一恵が顔を出した。燃える鬣が風になびく。小さな火の馬だった。

「これで勘弁してください、鳴瀬さま」

「いいわ」

 鳴瀬が笑う。細い髪が揺れる。

「一恵」

「はい」

「綺麗ね」

「はい。とても」

「また来年も咲くかしら」

「はい。鳴瀬さま。必ず」

「来年も一緒に見たいわ」

「はい。必ず」

 鳴瀬がまた笑った。

 次の春、花は咲いた。鳴瀬は現れなかった。一恵がなんど呼んでも、せせらぎは応えなかった。一恵は探し続けた。せせらぎを追い、清流をめぐり、鳴瀬を探し続けた。

 その次の春、花は咲かなかった。鳴瀬もいなかった。一恵の目から溢れた涙が、若草を焼き、老樹を焼いた。


(第八章その5へ続く)

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