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2nd Mission ディアレスト  作者: 時幸空
第八章
17/21

その2

 店の前にタクシーが着いた。マフラーや帽子やコートでぐるぐる巻きにした太郎を先に押し込んでから、焔も乗り込む。

「念のため、点滴打って貰ってくるから、少し時間かかると思う。行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「客が来ても、いねえ、つっとけよ」

「了解であります!」

 敬礼してみせた。焔が笑った。 タクシーはすぐに見えなくなった。

 店に入り、ガラス戸を閉めたところで、旭の身体は膝から崩れ落ちた。戸にすがりながらしゃがみ込む。大きく息を吐き出した。何度も呼吸を繰り返す。氷が張るくらいに気温は低いのに、じわりと汗が噴き出してくる。

「やばい、かな。でもまだだ。探さなきゃ」

 鳴瀬はここにいる。

 昨日、焔が見せてくれた隠れ本の中で笑むあの人。あれが鳴瀬だ。夢でみた、鳴瀬だ。今朝、目覚めたとき、ふいに二つの記憶が一致した。なぜかわからないけれど、ぴたりと当てはまる気がした。

 鳴瀬のにおいを探そう。あの闇がいっていた。においがすると。瞼を閉じ、神経を集中する。

「会イタイ」

 旭の口から、旭でない者の言葉がこぼれた。口元を抑える。言の葉は、呪文のように身体の奥底から湧き上がってくる。背中の黒い花から、身体中に染みだしてきた想いの声だ。

 会イタイ。

 会イタイ。

 するりとした香りが旭を撫でた。夢の中のあの川辺と同じ、春の花のにおいだ。旭は、ガラス戸を支えに、ゆっくりと立ち上がった。全身がだるい。足に力が入らない。戸に寄りかかり、店内に視線を向けた。

「鳴瀬サン」

 神路屋の店中に散っていた柔らかなにおいが、するすると集っていく。目に見えるはずもないのに、一本の細い糸のように、少しずつ縒り合わさっていくのを感じた。その糸は、封じ本や留め本を並べた店奥左の一角へ泳いでいく。棚を支えに、糸をたどり、見つけた。

 鳴瀬を見つけた。

 この本があれば、闇はやってくる。闇の色とにおい、そしてあの憎悪を思い出すだけで、背中の花がぞくりと粟立つ。怖い。怖くてしょうがない。

 けれど、それよりも強い想いが旭の身体を支えてくれる。鳴瀬がいれば、鳴瀬を返せば、闇と成り果てた妖怪も元に戻るかも知れない。それだけに細い望みにかけてみる。

 本に手を触れた。

 熱い。くらりと目が回り、膝をつく。

「旭!」

 店の戸を破る勢いで、焔が飛び込んでくる。

「なにやってんだ、おまえ」

 焔の手が旭を捕まえる。

「なんでもない。掃除してただけ。焔こそ、お父さんはいいの?」

「病院に置いてきた。おまえの様子が変だったから気になって」

 身をよじる。焔に掴まれた腕は外れない。

「このにおい」

 焔の顔が歪む。目が紫を増す。

「闇のにおいだ。おまえ、まさか」

 焔が旭の服をまくり上げた。その背の黒い花は、もう旭の小さな背をすべて覆っている。

「なんだよ、これ。誰がこんなことを」

 焔が背中に手のひらをあてる。

「おれが留める」

「無理だよ」

 焔の腕を押し返し、焔との間に距離をつくる。まくれた服を下ろした。まっすぐに焔を見上げる。

「焔には無理だ。あいつにしか留められない」

「あいつって、誰だよ」

「行かなくちゃ。探してるんだ」

「待てよ! おれが行く。おれがそいつを消してやる」

「だめだよ。焔も、イレブンもいらない」

「なにいってんだ」

 旭の身体がぐらりと揺れる。立っているだけでせいいっぱいなのに、こんなところで時間を潰したくはない。棚にもたれ掛かる。数冊の本が床へと散らばる。焔が手を伸べる。

「来るな!」

 声だけではね除ける。

「旭」

「これは、ぼくが受けた。焔もイレブンも関係ない」

「ふざけんな! おまえのことにおれが関係ねえわけ、ねえだろうが。おれがここにいるのは、おまえがいるからだ。絶対に行かせない。力づくでも、行かせない」

 焔の言葉が旭の中に飛び込んでくる。清流のような流れは、闇の熱に焦がされ火照った身体を駆けめぐり、内側から力をくれた。旭の中の血が、乙葉の血が、ぶるりとたぎる。

「焔ハ、ココニイテ」

 蒼い火花が散った。どんと深い音がして、焔の身体が吹き飛ばされる。立ち上った白い煙がゆっくりと晴れていくと、店番をする上がりに、白い獣が横たわっていた。白い大きな狐、焔の本来の姿だ。のそりと焔が起き上がる。旭を抑えようと、飛び上がる。

「ぎゃん」

 身体は飛ばなかった。首になにかが巻き付き、動きを封じられていた。

「な、んだよ、これ」

 じゃりんと重い音が絡まる。焔の首に太い鎖が巻き付いていた。その片方の端は、店の柱に深く食い込んでいる。

「ごめんね」

「ふざけんな! はずせよ!」

 じゃきんと鎖が悲鳴を上げる。身体を引っ張るだけでは切れるはずもないほど、強い鎖だ。それをつなぎ止めている柱の方が軋み、溜まったほこりを焔の白い毛に散らした。

 旭は隠し本を胸に抱えた。

「行ってきます」

 行ってきます。行って、できるだけのことをして、帰ってきます。

 ぼくは、ここが好きだから。焔を忘れたくないから。必ず帰るから。帰れるようにがんばるから。

 だから行ってきます。

 旭が笑った。

「旭、待て! 行くな! 旭っ!」

 店の戸を閉めた。空を見上げる。今日は青空はどこにもない。幾重にもたれ込めた重い雲に覆われている。いまにも雪が落ちてきそうだ。寒風が肌を刺すけれど、寒いと感じなかった。

 旭の名を呼び続ける焔の声に耳を塞ぎ、神路屋を後にした。


(第八章その3へ続く)

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