その1
「おはようございます。十二月二十九日水曜日、朝七時のニュースです」
朝の神路屋では、誰もテレビなんて見ていなかった。
「だめですよ、太郎さん。店に出るのはまだ無理です」
「なんか身体がすごく軽いんだよ。咳も止まったしね」
「単に熱が下がっただけで、まだ風邪は治ってないんです」
「きっと昨日の鳥鍋が効いたんだね。おいしかったよね。さすが熊鞍さんの鳥だね。風邪を治す鳥!」
「あんた、おれの話、ぜんぜん聞いてませんよね」
焔が味噌汁のお椀を配りながら、ため息をついた。旭の顔に笑みが浮かぶ。この約五百歳の妖怪、焔は、父、太郎のことを敬っているらしい。乙葉の家の中で、太郎にだけは敬語を使う。のほんとした父の面倒を、妖怪が一生懸命みている。少なくとも父の職業は妖怪にとっては、あまり嬉しくないはずだ。その構図がおかしい。
おかしいけれど、乙葉の家ではあたりまえだった。
ぼくにとって、たった一つの大切な家族の形だ。放したくない。絶対に。
旭は、ちゃぶ台に隠れた手を、握り込んだ。
背中は、痛みを通り越し、熱源となった。痣はこぶしくらいに成長していた。今もまだ黒い花を咲かせ続けている。誰にも知られたくない、知られてはならない。
「旭、今日、朝のうちに太郎さんを病院に連れて行くから、店開ける準備、頼んだぞ。中と外、掃除しといてくれ」
「うん、わかった。手のかかる父でごめんね」
「まったくだ」
「二人とも、それはひどいんじゃないかな」
「太郎さん、ここ二、三ヶ月、本の整理をずっとさぼってましたよね。あの溜まり具合は風邪で寝込んだ分にしては多すぎです。なにしてたんですか?」
「あれをたった一日で片付けちゃうなんて、さすが焔だ。すごいよね、旭」
「お父さん、ぼくにふらないで。焔が怖いから」
「焔はなんでそんなに怒ってるの?」
「太郎さん!」
「お父さん!」
焔と旭の声がきれいに重なった。