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その1
風が吹いた。
淡い白が散る。花びらが散っている。古い桜木が、枝をたわませるほどに花をつけていた。風が枝を揺らすと、花弁は惜しげもなく花びらを手放す。
桜木のそばの小さな清流が、豊かな水を抱き、きらきらと音をたてる。春の花の香りだろうか。辺りは、しっとりとした気に充たされている。
旭は、桜の老樹の下で、清流をみていた。水面が春の陽を受けて煌めく。まるで水が呼吸するように揺らめき、渦を巻くと、そこに髪の長い女性が立っていた。緩やかにうねる髪が、風にふわりと舞い上がる。淡い薄桃色の着物が光を弾く。白く透き通るような肌を水滴が滑っていく。
その人がこちらを見た。白い指で亜麻色の髪をかき上げて、旭の方を見て笑む。
その笑顔を、知っている気がした。
散っていく花びらが、その人の上にも降り注ぐ。細い腕を伸ばし、手のひらに一片を受けた。桃色の小さなくちびるが薄く開く。
小さく、なにかを告げた。。
けれどその声は旭の耳には届かなかった。誰かを呼んでいるような気がした。
(第七章その2へ続く)