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クンツァイト  作者: 七海
<並縫い>
6/22

6.ペンステモン

 

 朝起きて、制服に着替えて、トーストとスクランブルエッグを作ったのだが、時間を見ると、そろそろギリギリで、パンを口に押し込んで、仕方なく私は部屋を出た。

 

 

 鍵をカチャカチャ掛けていると、何故か足元に同じ学校の指定靴が見える。

 

 

 パンをかじったまま、ゆっくり顔を上げていくと、其処には訝しげな顔をした一ノ瀬透が立っていた。

 

 

 私は、それを横目に奴を通り越すと、急いで階段を降りて、駆け出した。

 

 

「おいっ!なんで逃げるんだよ!」

 

 

 後ろから声がする。

 

 

 左手の腕時計を見るとあと二十分。飛ばせば、間に合う。

 

 

 駐輪場に止めていた自転車のロックを外していると、奴は荒い息を上げながら、私を睨んだ。

 

 

「まだ、間に合う。乗れよ」

 

 

 そう言うと、青い自転車に跨がって、後ろを指した。それ、私のチャリなんだけど…。

 

 

 仕方なく、私は後ろに跨がって、奴の腰に巻き付いた。

 

 

 あーあ、家なんて教えるんじゃなかったと、今更後悔しても遅い。

 

 

 余裕で学校に着いて、奴は自転車の鍵を返した。

 

 

「帰りも送るから、待ってろよ」

 

 

 なんだ、その命令形は。

 

 

 ムスッとした表情で、教室に入ると、和夏ちゃんが私に寄って来た。

 

 

「雫ー!見たよっ。ラブラブじゃんっ。」

 

 

 そう言って、嬉しそうに頬をつく和夏に、私はきょとんとした顔をした。

 

 

「何が?」

 

 

「またまた、惚けちゃってさぁー。一ノ瀬君と付き合ってるんでしょ?」

 

 

 きゃっと顔を赤らめる和夏に、全く意味が分からなくて、私は教室を見渡すと、一斉に皆は顔を背けた。

 

 

「え…?付き合うって、どういうコト?」

 

 

 私が訝しげな顔をすると、今度は和夏が間の抜けた顔をした。

 

 

「えー!!付き合ってないのっ!?」

 

 

 その声に、また一斉に視線が集まり、和夏は口ごもると、私を教室の端へと引っ張った。

 

 

「てっきり、付き合ってるのかと思ったよ。ほら最近、雫への告白も少ないしさぁ?」

 

 

 告白と、聞いて私の瞳は淀んだ色になった。

 

 

 愛は壊れる。脆い。だから、キライ。

 

 

「雫ちゃん、一ノ瀬君と付き合ってるの?」

 

 

 邦彦が寄って来て、前の学校の通学鞄をギュッと握っていた私に話しかけて来た。邦彦君は、質問にいつも答えてくれるから、スキだ。

 

 

「なんで、私が一ノ瀬君と付き合うの?スキじゃないのに」

 

 

 苛ついて少し冷めた口調でそう言うと、邦彦が私の後ろを見ながら、ヒッと小さく漏らした。私の声が怖かったのかと思ったが、違った。

 

 

 何故なら、私の背にゾクリと寒いモノが走ったからだ。

 

 

「…今はね」

 

 

 私の肩に手を置いて、一ノ瀬透は笑った。それを聞いた女子諸とも男子さえも頬を赤らめた。

 

 

 今だって、これからだってあるはず無いのに!!

 

 

 私は、奴を教室の外へ引っ張って怒鳴りたくなる衝動に駆られた。なんとか、それを堪えると、キッと奴を睨んだ。

 

 

「…私は誰とも付き合わない」

 

 

 出来るだけ穏やかな声で言ったけど、邦彦はそれを聞いて「え?」て顔した。

 

 

 奴は席に戻る際に、私の耳元で囁いた。

 

 

「君は俺を好きになるって言ったでしょ?」

 

 

 カッとなって奴を睨んだが、一ノ瀬透は口角を上げただけだった。和夏ちゃんは嬉々とした表情で私を見ていたが、私は一日中不機嫌だった。

 

 

 早く家に帰りたい。

 

 

 私は、帰りのホームルームが始まる前に、鞄に荷物を積め始めた。

 

 

「あれ?雫、もう帰る用意してるのー?」

 

 

 和夏は私の行動を見て、不思議そうな顔をしていた。

 

 

「うん、ちょっとね」

 

 

「用事でもあるのー?」

 

 

 和夏は顔をにやけさせて私を見た。不愉快な感覚が私を襲ったが、私は笑顔を貼り付けた。

 

 

「ううん、早く家に帰りたいだけだよ」

 

 

 有無を言わせない表情だったらしく、和夏は、それ以上追求して来なかった。

 

 

 私は、チャイムと同時に教室を出た。和夏はギョッとした顔をしたが、私は振り返らなかった。

 

 

 奴が来る前に、帰らなくては。

 

 

 急いで、駐輪場に行くと、其処にはまだ誰もいなかった。

 

 

 ほっと息をついて、ポケットに手を伸ばした。しかし、有るはずのもの無い。ないではないか!

 

 

 その代わりに、堅い何かを見つけて、それを引っこ抜くと、夕日を浴びて煌めくライラック・ピンクのネックレスがシャラッと揺れた。

 

 

 私はギョッとして目を剥いた。

 

 

 何で、コレが…。そう思ったとき、後ろから声がした。

 

 

「探し物はコレ?」

 

 

 私は、ゆっくり振り返った。全身が硬直していたと思う。

 

 

 其処には、黒髪に切れ長の瞳をした一ノ瀬透が立っていた。

 

 

 サーと青ざめて、それを奴の手から奪い取ると、自転車のロックを解いて、その場から瞬く間に逃げ出した。

 

 

 怖い。恐い。コワイ!!

 

 

 どうして奴は私の身の回りに現れるんだろう。私は自転車を必死で漕ぎながら、後ろを振り返った。

 

 

 坂を下って行った時、足が縺れて私はそのままひっくり返った。

 

 

 宙を舞い、ふわりとした浮遊感が漂う。

 

 

 しかし、次の瞬間、ガシャンという鈍い音がして、私は地面に叩きつけられた。

 

 

 残った音は、自転車の車輪がカラカラ回る音だけだった。

 

 

 痛みには慣れていたけど、これは結構痛かった。痛む身体を押さえながら、私はハッとして、自転車を見た。

 

 

 青い自転車の篭は醜く歪んでいた。

 

 

 私はショックで暫く放心していた。

 

 

 父さんに買って貰った自転車が…。

 

 

 私はガクリと項垂れて地面で拳を握りしめた。涙が汗に滲むのがわかった。

 

 

「そんなに痛いの??」

 

 

 その声に、顔を上げると柔らかそうな茶髪をしたキレイな顔の男のヒトが立っていた。

 

 

 私は、涙を拭って立ち上がった。

 

 

「違うんです、自転車が…」

 

 

 彼はチラリと私の自転車を見て、あぁと頷くと、私の頭を撫でた。

 

 

「君、西山中の子でしょ?俺も其処の三年なんだ。自転車なら、俺が直してあげるから、ついておいでよ。俺ン家、坂の上だから。それより、まずその傷をどうにかしないと…」

 

 

 私は頷いた。自分の体はどうでもいいけど、父さんの自転車を直して貰える。

 

 

 彼は、一ノ瀬楓と言った。何処かで聞いたような気がしたが、耳に入らずに、私はただ呆けていた。

 

 

 だって、彼は瞬く間に私の自転車を新品の如く直したから。

 

 

 その上、彼の家は凄く立派なお屋敷で、私は唖然として口を開けた。

 

 

 童話に出てくるお屋敷みたいだ。赤煉瓦のその建物はだいぶ年季が立って、蔦が絡んでいた。

 

 

 それがまた良い味を出していて、感嘆の声を漏らした。

 

 

 私は通学鞄を握りしめて、庭のベンチに座った。

 

 

 父さんも建築家だった。きっと生前、父さんだって凄いお屋敷を立てたはずだ。

 

 

 彼は額の汗を拭うとくしゃっと微笑んだ。何処と無く誰かに似ていた。

 

 

「雫ちゃん、お茶飲んで行きなよ」

 

 

 彼は私の足に赤チンを塗りながら言った。痛みで、身体がビクッと震えた時、冷たい声がした。

 

 

「雫?なんで、家にいんの?」

 

 

 私はゲッと、リビングの扉を見た。其処には、一ノ瀬透が間抜けた面で突っ立ていた。

 

 

 しかし、私と楓さんを見て、猛烈に怒った表情をすると、彼を押し退けて、私の治療をしだした。

 

 

 ポンポン容赦なく叩くので、消毒液が傷口に浸みて、始終私は痛みに身体を震わせていた。

 

 

 なんて、酷い奴なんだ。

 

 

 堪えかねた私に、楓さんがハーブティーを淹れて来てくれた。

 

 

「ありがとうございます。あの…、一ノ瀬…あっ、透君のお兄さんなんですか?」

 

 

 その言葉に、一ノ瀬透は目を見開いた。なんだ、どうしたんだろう。

 

 

「ああ、うん。透の彼女?」

 

 

 その言葉で、私の顔は強張った。

 

 

「…まさか、只のクラスメイトですよ」

 

 

 そう言うと、楓さんは何故か嬉しそうな顔をした。

 

 

 私は、お礼を言って、一ノ瀬家を出た。そうか、お兄さん…。

 

 

 全然、似てない。顔も、性格も。

 

 

 何処と無く顔は似てるんだが、性格は正反対だ。

 

 

 楓さんは、あんなに優しいのに、奴は飛びきり意地悪だ。

 

 

 きっと、良いところは全部、楓さんが吸い取っちゃったんだ。

 

 

 私が、自転車を押しながら海岸沿いを歩いていると、後ろから一ノ瀬透が走って来た。

 

 

「…送るよ。足、痛いだろ?」

 

 

 怪我したのは、アンタのせいだよ、とばかりに睨んだが、奴は私の自転車を横取りすると、私を自転車の荷台に乗せて、自分も跨がってペダルを漕ぎ始めた。

 

 

 私がいい、と言っても奴は無言で漕ぎ続けた。

 

 

 風が強くなり、私はギュッと奴の腰を締め付けた。

 

 

 しかし、それが仇となった。

 

 

 顔に当たる背中が思ったより広いのに気がついて、ふいに私は頬を赤らめた。

 

 

 離したいのに、離せない。

 

 

 だって、この手を離したら、私はまた宙を舞い、固いアスファルトに打ちつけられる。

 

 

 この手を離すのと、地面に這い蹲るのと、一体どちらがいいだろう?

 

 

 結局、答えは出ないまま、私は家に着くまで、奴にしがみついていた。

 

 


ペンステモンは秋の花。花言葉は、(あなたに見とれています)。一体、此は誰の心でしょう。それは、読者様と作者のみぞ、知る秘密です。

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