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クンツァイト  作者: 七海
<並縫い>
5/22

5.ルコウソウ

 

 蝉たちの騒がしい繁殖期は過ぎた。

 

 

 この間、しばらく使っていなかった青い自転車をふと見ると、蜘蛛の巣が張っていて、蝉の抜け殻が無惨にも隣の自転車に潰されていた。

 

 

 リンリンという鈴虫の声。秋が来たのだ。

 

 

 私は酷く疲れていた。

 

 

 夏の終わりに、ずっと海の家の片隅に置き去りにしていた父さんをやっとのことで、決心し、納骨することにした。

 

 

 そして、遅くなった四十九日で、父さんの天国への路を照らした。

 

 

 それを辛くも決心することが出来たのは、この海の田舎町に来たことが、大きいだろう。

 

 

 初盆と、四十九日が重なり、親戚には憐れみの目で見られた。

 

 

 それだけでも、十分疲れていたのに、二学期から私はオバちゃん家の近くの小さいアパートを借りて、一人で住んでいた。

 

 

 オバチャンは止めたけど、誰かに頼りたくはなかった。

 

 

 私は一人で生きていくんだ。

 

 

 だけど、慣れない家事に、慣れない学校。

 

 

 田舎の子供たちは元気に群がっていて、見てるとなんだか鬱陶しくなった。

 

 

 ストレスは日に日に貯まっていって、もし豚の貯金箱があったなら、それはきっと溢れ反っているだろう…私の涙で。

 

 

 …ずっと泣けなかった。

 

 

 回りのおじさんやおばさんが、「可哀相」だと言う度に、私は白けた感情を抱いた。そのヒトたちの前では泣きたくなかったからだと思う。

 

 

 変わりに、ココロに涙を貯金した。

 

 

 だけど、私のココロは疲れきっていて、胸の辺りを擦ると、がっくりと項垂れた。

 

 

 …もう、海に還りたい。

 

 

 自然と足が海に吸い寄せられて行く。

 

 

 海の深いアオと私の哀しみのイロが似ているからかもしれない。

 

 

 海から生まれたんだから、私は海に帰るんだ。

 

 

 学校帰りの制服のまま、海にバシャリと足をつけた。

 

 

 夏の終わりの海は幾分冷えて、私を少し遠ざけている気がした。

 

 

 そのまま、腰まで浸かったとき、急に後ろから腕を掴まれた。

 

 

 煩いなぁ、私を邪魔するのは誰だ。

 

 

 振り向くと、嫌な予感はやっぱり当たって、一ノ瀬透がびしょ濡れで立っていた。

 

 

「…何?」

 

 

 私は、そいつを冷めた目で見た。

 

 

 いつもコイツが私を見てた目だ。

 

 

 夏を通して、私はますますコイツのコトが嫌いになった。

 

 

 あんなことが無ければ、トモダチにしてあげても良かったのに。

 

 

 その証拠に一ノ瀬透は、カレからアイツ、そしてコイツに降格した。

 

 

 あくまで、私の心の中だけだが…。

 

 

「死にたいのかっ!?」

 

 

 そいつは、私の腕をギュッと締め付けると、無理矢理浜辺まで連れ戻した。

 

 

「違うよ、海に還るんだよ」

 

 

 

 私がさも当然のように言うと、奴は、「はぁ?」と言って、溜め息をついた。

 

 

 そして、濡れた髪を掻き上げると、ジロリと私を見た。

 

 

「何処、行ってたんだよ、お前」

 

 

 私はそれを一瞥し無視して、濡れた靴と靴下を脱いで歩き出した。

 

 

「おい、話かけてんだろ。何処、行くんだよ」

 

 

 うるさい。キライ。大ッキライ。

 

 

 夏が過ぎ、寂れた海の家の勝手口に回ると、濡れた服から鍵を引っ張り出し、ドアを開けた。

 

 

「オイッてば!」

 

 

 何時までもうるさい害虫め。どうして私に群がって来るんだ。私は一ノ瀬透をギロッと睨んだ。

 

 

「着替えるの、あっち行って」

 

 

 そう言って、私はピッタリ張り付いたシャツのボタンを外し始めた。突然、手が後ろから伸びてきて、その手を掴んだ。

 

 

 そいつはその手をギュッと握った。何なんだよ、一体。

 

 

「離れてよ、変態」

 

 

 私はそいつを振り払うと、外のシャワーで、ベタついた身体を洗い流した。

 

 

 また邪魔されてしまった。私は只、海に帰りたいだけなのに。

 

 

 機嫌が悪いままシャワーを終え、後ろを向くと、扉にバスタオルが掛かっていた。

 

 

「…」

 

 

 私はそれで、身体を拭いて、海の家に置きっぱなしにしていたTシャツと短パンに着替えた。

 

 

 外に出ると、壁に凭れた一ノ瀬透がいた。

 

 

「スケベ、変態、エッチ」

 

 

 ありったけの厭味を言うと、そいつはムッとした顔をした。

 

 

 いい気味だ。だけど…。

 

 

「タオル、ありがとね」

 

 

 私はそいつの頭にタオルをかけた。きっと、外で待っていて寒かっただろう。それだけ言うと、家路へと歩き出した。

 

 

「お前さ、いい加減にしろよ?」

 

 

 その声に振り返ったら、一ノ瀬透は眉を寄せ、怪訝そうな顔をしていた。

 

 

「何が?」

 

 

 何が?何がいけないと言うんだろう。私は一ノ瀬透をじっと見た。

 

 

 コイツは、私に何かと突っ掛かって来るんだ。

 

 

 きっと何か、何か、あるはず。私はただ、それが知りたかった。

 

 

「…」

 

 

 だけど、一ノ瀬透は答えなかった。

 

 

 ただ、私を睨んでいた。

 

 

 邦彦君なら、すぐに何でも答えてくれるのに。

 

 

 私は、チラリと奴を見ると、沈黙して歩き出した。

 

 

 だけど、奴は何処までもついて来て、気づくと、自分のアパートの前まで来ていた。

 

 

 こういうとき、何ていうんだっけ?そうか、『送ッテクレテアリガトウ。此処マデデイイヨ』って言うんだ。

 

 

 言え、自分。

 

 

 だけど、頼んでもないのについて来たコイツは只のストーカーじゃないのか?

 

 

 私は、疑問と一緒に言いかけたお礼の言葉を飲み込んだ。

 

 

 変わりに奴をジッと睨んだ。

 

 

「俺、帰るわ…」

 

 

 奴はそう言うと、身を翻して、背を向けて歩き出した。

 

 

 びっちょり濡れた奴の背中はなんだか寂しげに見えた。

 

 

 何故か無性に何か、言いたくなった。だけど言葉が見つからなくて、もどかしくて駆け出していた。

 

 

 気づくと、私は、大ッ嫌いな奴の腰にしがみついていた。

 

 

 奴はギョッとして私を見た。

 

 

「雫!?ちょっと、離せよ!お前が濡れるだろ!」

 

 

 だけど、私は離さなかった。いや、離せなかった。

 

 

 奴の身体から父さんと同じコロンの香りが微かにしたから。

 

 

 私はそのまま硬直して、凍りついた。

 

 

 突如、涙が止めどなく溢れて来て、欠落した私の涙腺は崩壊したダムのように洪水を起こした。

 

 

 私は父さんに会いたかった。

 

 

 会いたかったのだ。

 

 

 四十九日の間、ずっと我慢していたのに、何で今更壊れちゃったんだろう。

 

 

 奴は、ぐちゃぐちゃの私を見ると、またギョッと目を剥いたが、そのまま暫くの間、抱きしめてくれていた。

 

 

 私たちは無言のまま別れた。

 

 

 部屋に入ると、ガクッと腰が抜けて、青ざめた。

 

 

 ヤバい、ヤバい、ヤバい。奴に泣き顔を見られてしまった。

 

 

 泣くつもりなんて、無かったのに…。

 

 


ルコウソウは、夏に咲く小さな白い花。花言葉は、(おせっかいな人・私は忙しい・常に愛らしい)。雫と透の心を表しています。

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