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クンツァイト  作者: 七海
<玉止め>
4/22

4.デンファレ

 

 俺は、イライラしていた。

 

 

 雫は、あの日以来、姿をいきなり消して俺の前から去った。最後に見た顔は、まるで、化物を見るような目で脅えきっていて、その顔がずっと頭から離れなかった。

 

 

 夏休みの最後の日、店のオバちゃんに、一体雫は何処へ行ったのか、と問いただしたが、苦笑いを浮かべるだけで、何も答えてくれなかった。

 

 

 歯痒いモノを抱えながら、重たい足を一歩一歩進めて、俺は二学期最初の教室に入った。何故か教室の一角に人だまりが出来ていて、不審に思いながら、横を通り過ぎると、其処にはこの夏中、頭から離れなかった蜂蜜色のふわふわした髪が頭を覗かせた。

 

 

 まさか…!?そう思って、中を覗くと、薄いグレーの大きな瞳と目があった。

 

 

「雫…!?」

 

 

 俺が駆け寄ると、雫は、あっと小さく声を漏らした。

 

 

「一ノ瀬君、久しぶり」

 

 

 昨日ぶりだね、とでもいうように雫は微笑んだ。その笑顔に、更にワラワラと人が集まっていく。俺は冷めた目でそれを横目に見ると、自分の席についた。

 

 

 仲間だと思ったのに…。

 

 

 俺は端にある自分の席につくと、チラリと雫を見た。雫は群がる連中に愛想を振り撒いていた。そんなに仲間外れが嫌なのか?

 

 

 朝、先生から雫が紹介され、その愛らしい姿に、男子は喜び、自分を可愛いと思ってるらしい少数の女子は恨めしそうに雫を見ていた。

 

 

 …馬鹿らしい。

 

 

 ホームルームが終わると、東がすぐに寄って来た。

 

 

「一ノ瀬君、雫ちゃんだよ!」

 

 

「あぁ…」

 

 

 俺は気のない返事をして窓の外を見た。只、空の上に浮かべればいいのになぁと思った。

 

 

 授業中も、俺は雫を観察していた。

 

 

 ノートをガリガリ取っていたかと思えば、いきなり落書きに夢中になり、先生に怒られていた。それに懲りず、ウトウトと頬杖をついていたかと思えば、カクッと落ちて、ハッと目を見開いた。その姿に俺は喉の奥で笑った。変わってないな、と思った…あの日から。

 

 

 あの日、祭りで見かけた雫は飛び抜けて輝いていた。

 

 

 日本人にあるまじき、栗色の髪に、色素の薄い白い肌に大きな瞳。青い浴衣がそれを最大限に引き立てていた。あの日偶々、友達と来ていた祭りの中で蒼い蝶の後ろ姿を見つけたとき、俺の鼓動は煩いくらいドクドクしていた。

 

 

 あんなんじゃ、変なのに捕まる。

 

 

 考える前に身体が行動していた。

 

 

 後で、考えたが、やはりあれは気まぐれだったと思う。

 

 

 雫は俺に寄りつかず、俺の隣にいる東が手を振ると、小さく笑って振り返した。

 

 

「一ノ瀬君、帰らないの?」

 

 

 東が夕日がかった俺の姿を見て言った。俺は、首を振ると、東と一緒に学校を出て、歩き出した。

 

 

 校門の前に立っていた小学生らしい少女が手紙を渡して来たので、にこりと微笑んだ。

 

 

「ありがとう、でも悪いけど、いらないんだ」

 

 

 そう言うと、少女は強ばった顔をして、俺の後ろへ駆けて行った。

 

 

「手紙くらい、受けとればいいのに…」

 

 

 東の声に、ギロッと睨むと、東はビクリと身体を硬直させた。あの日の雫もそうだったなぁ、と思った。

 

 

 家に着き、部屋に入るとベッドの上に横たわった。東の言葉が脳裏を過る。

 

 

『手紙くらい、受けとれば良いのに…』

 

 

 なんで、俺がいらない手紙を受け取らないといけないんだ?処分するのは、俺なんだぞ?俺の身になって考えてくれよ。

 

 

 俺はポケットを漁ると、あの日渡しそびれたネックレスを見た。

 

 

 薄むらさき色の小振りな石が埋め込まれていて、細工に凝っていると思う。せっかく、雫の為に買ったのに、渡した途端、突き返されてしまった。

 

 

「馬鹿だな…」

 

 

 自傷気味に呟くと、誰もいない部屋に声が響いた。何だか虚しくなって、そのまま瞳を閉じた。

 

 

 

 

 それから、二日が立ち、瞬く間に雫はクラスに馴染んでいった。雫の噂を聞きつけた他のクラスの奴等が、廊下から雫を覗いていた。

 

 

 俺はククッと喉の奥で笑った。

 

 

 あの愛らしい姿からは想像出来ないほど、意地っ張りで、怒りっぽい。他の奴等が知らない一面に一人顔を綻ばせていると、東が俺に囁いた。

 

 

「どうしよう、雫ちゃん。毎日、休み時間の度に、男子に呼び出し喰らってるみたいだよ…」

 

 

 俺は、肩眉を上げて、チロリと東を見た。

 

 

「だから、何?」

 

 

 東は、「え?」というと、オロオロしだして、「何でもないっ!」と、顔を背けた。

 

 

 東の耳が赤い気がしたが、どうでも良くて、俺はふーんとだけ言った。

 

 

 また、10日が経ち、雫は男女ともに昼休みや放課後に度々呼び出されていた。なんとなく、顔色が悪い気がしたが、俺はアイツが自分から話しかけて来るまで、放っておくことにした。

 

 

 しかし、雫は全くもって、俺とは目を合わせず、また五日、十日。そして二週間が過ぎた時には、俺の怒りは限界だった。

 

 

 東の誘いを断って、俺は放課後、家に真っ直ぐ帰るのを止めて、夏に通っていた海の家に行った。

 

 

 しかし、其処には誰もいなくて、帰ろうとしたとき、青白い顔をした雫が、海岸沿いを此方に向かって来るのを発見した。

 


デンファレは夏の花。花言葉は、(わがままな美人)。透のココロを表しています。

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