3.タマドメ
一ノ瀬透は、私を道路の段差に座らせると、はい、と手を差し出した。
「…何?くれるの?」
カレの手にはコーラと、まだホクホクとしたタコ焼きの入ったパックがあった。それを私に押しやると、カレは私の横に座った。
「でもコレ…、全部一つしかないよ?」
一番の難点を述べると、カレは口を開けて指を差した。食べさせろということだろうか。なんて、理不尽なヒトなんだろう。眉を寄せて、割り箸をバキッと割ると、一ノ瀬は驚いた顔をした。
「何怒ってんの?」
何だと?それは、此方が聞きたいよ。さっきまで、怒ってたクセに、いきなり店に並んだかと思えば、次々と連れ回って。
「助けてやっただろ?」
その声に、私はぐっと声を漏らした。そうなのだ。確かに、私はあの場で困っていた。カレが来なければ、今頃私はどうなっていただろうか。狂気じみた欲望の的となっていたに違いない。きっと、また殴られる。それを助けてくれたのは、他でもない私の嫌いな一ノ瀬透。私はイライラしながら、カレの口に次々とタコ焼きを放り込んだ。
「熱いだろっ!コーラくれよっ」
「どうぞっ!」
私は冷えたコーラを差し出した。これでは、まるで下僕ではないか。私は眉を寄せた。
「此れが終わったら、私…帰る!」
その言葉に、カレは目を見開いた。突然、私の肩を掴むと、逃すまいとガッチリ固め込む。そこで、また私の身体はビクリと跳ねた。
「駄目だっ!まだ…駄目…」
そう言うと、カレは私が持っていたタコ焼きを奪い取り、私の口の前にそれを差し出した。今更、ご機嫌取りのつもりなのだろうか。だけど、タコ焼き一つで私は靡かないわよ。肩眉を上げると、私の口に無理矢理タコ焼きが押し込まれた。
「熱っ!!何するのっ!」
私は、カレの手にあったコーラを掴み取り、ゴクゴクと一気に飲んだ。それをカレはじっと見ていた。一気に飲んだせいで、噎せてしまった私はゴホゴホッと咳き込んで、胸を叩いた。
「…ゴリラ」
その言葉に、カッと頭に血が上ってカレを睨んだ。しかし、カレは宙を指差した。その指の先を辿ると、巨大なゴリラが君臨していた。私はギョッとして目を剥いた。しかし、よくよく見ると、闇の中に光るそのゴリラは、ビニールで出来ていると気づいてホッと息を吐いた。
「何だと思ったの?」
一ノ瀬透は、さも愉快そうな 顔をしていた。コイツを喜ばせることは、私に取って、まったく嬉しいことではない。私は落ち着き払った顔で、ゴホンッと咳払いした。
「…いいえ。何でもありませんよ、一ノ瀬君」
その言葉に、カレはプッと吹き出した。まったくこの男は失礼にも程があるんじゃないか?
私は、コーラを置いて、立ち上がった。蒼い浴衣についた砂と埃を払うと、一ノ瀬に向き直る。
「御馳走様、一ノ瀬君。じゃあ私、帰るね」
私は身を翻すと歩き出した。カレは慌てて、私の手を掴み取ると、横に並んで歩き出した。ん?なんだ、この光景は。一ノ瀬はふふっと笑って私を見た。気持ち悪い奴。
「あのさ、帰る前に寄りたいところがあるんだけど」
カレは私の手を強く握ると、先立って私を引きずるようにして、人混みの中を導いた。私は、何も言っていないのに、カレはどうやら私がカレと一緒に帰ると勘違いしたようだ。
「違うったら!」
否定しようと、もう片方の手でカレを掴んだ途端、カレはハタと立ち止まった。
「何?どうしたの?」
突然のカレの行動に戸惑いを隠せず、カレの背をぺしっと叩くと、一ノ瀬は顔を綻ばせて、何かを指差した。其処には、露店のアクセサリーショップ。キラキラ光るネックレスやら、指輪やら、シルバーのアクセサリーが並んでいた。
「わっ!キレイっ!」
思いがけずの発見に瞳を輝かせて、店を眺めていた私にカレは笑った。
「欲しい?」
私は、一つのネックレスを夢中で眺めていた。ライラック・ピンクの透けて煌めく石。私はその石に必要以上に魅せられていた。もう一度、声がして私はハッと顔を上げた。
「あ…!ううん…。帰ろうか…」
それを元の場所に置くと、亭主はガッカリした表情を見せた。そんな目で見られても、私にはそんなものさえ買う余裕なんてない。これから一人で生きて行かなければならないのだから。私はギュッと強く目を瞑ると亭主に背を向けた。御免なさいと、心の中で謝る。だから、後ろで、亭主が何やら良からぬコトをカレに吹き込んでいる姿は、私には見えなかった。
私は、拳を握ると、シャカシャカ足を動かせて、歩き出す。早くこの場から立ち去らなければ…。呑み込まれてしまう。ヒトに。情に。一ノ瀬透に。
それなのに、カレはほくほくした表情で、私の横に戻ると、図々しくも私の手をやっぱり握った。其処がお前の定位置なのか!?と私は聞きたくなったけど、恐ろしい答えが返って来そうで、私はぐっと堪えてその言葉を飲み込んだ。その様子を横で見ていたカレはさも不思議そうに私を見ていた。
「そんなに見ないでよっ。あっ!青海苔ついてる?」
私はハッと口元に手を寄せた。カレはそれを見てはにかんで笑った。
「…いや、可愛いなぁって」
その言葉に、背筋にぞっとしたモノが走った。顔が硬直して、上手く笑えない。コイツは、一体何を考えているんだ。私はそこで気がついた。カレは私の反応を見て楽しんでいるのだ。私があたふたするのを喜んでいるのだ。今更ながらに、カレについて来てしまったコトを酷く後悔した私は、カレの手を振り払った。
「何、言ってんの!?そうやって、私を掌で弄んで楽しい?もう、ヤダ。私、帰るから!」
私はそう言い切ると、駆け出した。何なのよっ!アイツ!一ノ瀬透っ!アンタなんか、アンタなんか大ッ嫌いよ!!
浜辺まで帰って来た時には、下駄の鼻緒が切れていることに気がついた。怒りで、我を忘れてたけど、足は紐で擦れて、血が滲んでいた。私は情けないと思いながらも、下駄を脱いで裸足になった。夜の冷えた波打ち際で、冷たい水と砂が私の足を包んだ。それに、心が段々落ち着いて来て、忘れていたコトに気がついた。
「…邦彦君!!」
急いで、戻ろうと振り向くと、黒髪に切れ長の瞳をした一ノ瀬透が其処にはいた。
「何処に行くの?そんな格好で…」
カレは冷めた瞳で私を見た。今日は一日中、見なかったのに、なんでまたそんな目で私を見るの?
「邦彦君!お祭りに置いてきちゃったのっ!きっと今頃、迷子になってる!」
私は必死で訴えた。どうしよう。迷子になってたら。まだ、私を探してるんじゃないだろうか。あんな人混みに一人ぼっちで心細いに違いない。
私は、一ノ瀬を通り越して駆け出した。だけど、気付いたら腕を引かれて、カレの胸の中に手繰り寄せられていた。
私は絶句した。この状況、覚えがある。
一昨日の夜も、海の中でこうして抱き寄せられた。私は拒むことも許されず、カレに唇を奪われた。内心、ショックだった。だって、初めてだったから。
私が誰かを好きになるなんて今までもこれからも絶対に有り得ないのに、なんでショックだったんだろう。考える前に、カレが言葉を紡いだ。
「東は、俺が家に帰した」
その言葉に、え?と私は声を上げた。一体、いつの間に、邦彦君に忍び寄ったんだろう。まさか、邦彦君にもあの狂気じみた瞳で彼を見つめたんだろうか。私は疑いの目でカレを見た。
「何?」
カレはさも不思議そうな顔をしたけれど、私はそれを崩さなかった。カレは、あっと小さく叫んだ。
「…何?」
「見ろよ」
カレが指差した方向を見ると、満月が海に映し出されてキラキラ輝いていた。私は瞳をランランと輝かせた。
「満月だっ!」
私は、カレを押し返して、丸い満月を見つめた。しかし、カレは否と首を振った。同時にバンッ!ババンッ!!と音が鳴り、真ん丸お月様の横でキラキラ輝く華たちが返り咲いた。
「凄い数だね…」
私は、率直な意見を述べた。花火は、ドンドンあがり、月を覆い隠していく。私はムッとした表情で、花火を睨み付けた。こんなにキレイな月を隠すなら花火なんていらないのにっ。
それを見ていたカレは顔を綻ばせる。カレは、彼女の首に手を回した。彼女はかなり驚いたようだった。
「雫…、お前は俺を好きになる。…必ずだ」
その言葉に、私はギョッと目を見開いた。何を言ってるんだ、コイツは。とうとう、頭がヤられてしまったらしいカレはふっと目を細めて微笑んだ。
その笑顔に私はこの後、一生この一ノ瀬透に振り回される気がした。
恐ろしくなって、私は海の中へと逃げ出した。しかし、カレは追いかけて来る。
私にクンツァイトの首輪を付けて。
Fin...
一夜漬けでシャカシャカ描いた小説です。もう衝動のままに描きました。気が向いたら続きを書こうかなぁとも思ってます。