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クンツァイト  作者: 七海
<いせ>
21/22

21.アジアンタム

 私は窓の外を虚ろな瞳で眺めていた。景色も、回りの声も耳に入らない。

 

 

 お兄ちゃんのお墓は左京だったと思う。だけど、此処からは遠くて行けないよね。

 

 

 それに、お婆様にも会うかもしれない。


 

 下をじっと見つめていたら、お尻に変な感触がして、ギョッと後ろを見たら、知らないオジサンだった。

 

 

「はぁ…はぁ…お嬢ちゃん、可愛いね…」

 

 

 その手がさわさわ動き出して、背筋がゾクリと身震いした。

 


 気持ち悪いオジサン。昼間から何してんだよ。

 

 

「…こんな、短いスカートして誘ってんだろ?」

 

 

「…」

 

 

 私はオジサンを睨んだ。後、五分もすれば、次の駅に着く。我慢しようか…抵抗すれば、酷くなるかもしれない。

 

 

 もちろん、抵抗するコトは出来る。だって、自分の身ぐらい自分で護れるように仕込まれている。

 

 

 私が黙り込むとオジサンが顔を寄せて来た。さすがに、我慢の限界で、頭で鼻をへし折ろうとしたとき、後ろから怒号が聞こえた。

 

 

「何やってんの、オッサン。そういうのって、痴漢っていうんだぜ。知らなかったのか?」

 

 

 チラリと見ると、一ノ瀬透が、私をまさぐっていたオジサンの胸ぐらを掴んでいた。電車内の視線が一気に集まった。

 

 

「雫っ!大丈夫?」

 


「雫ちゃん、大丈夫っ!?」

 

 

 二人が寄って来て、私は頷いた。こんなの何でもない。

 

 

「うん、慣れてるから…」

 

 

 そう言ったら、二人とも困惑した顔で顔を見合わた。

 

 

 透は駅へ下りると、さっきのオジサンを駅員に突き出した。


 

「雫、大丈夫、じゃないか…。安心しろ、もう大丈夫だから」

 

 

 透は心配そうな眼差しで、私を見つめて頭をポンポンと叩いた。

 

 

 トモダチっていいな。心配してくれるヒトがいるって、こんなに安心出来るものなんだ。

 

 

 私はコクリと頷いた。でも、さっきのなんか全然なんともないんだよ。だって、慣れてるし。

 

 

 まぁ、言う必要もないので、私は坂道を皆に続いて上り出した。

 

 

 清水寺は、凄い量の参拝客で溢れていた。外国人や、お年寄りのツアーの人たちだろう。

 

 

「雫、雫、御神籤引こうよっ!」

 

 

「のっ、和夏ちゃん待って!」

 

 

 和夏が嬉しそうに、私の征服の裾を引っ張った。そのまま半端強引に和夏に商店へと連れて行かれたのだが、はじめて見る本物の巫女さんが居て私はわっと感嘆を上げた。

 

 

「どうぞ、引いて下さい」

 

 

「あっ、はい」


 

 きれいな巫女さんに緊張しながら古びた木の箱を振ると、カランカランと音が鳴って数字が打ってある木の棒が出てきた。

 

 

「はい、19番ですね、どうぞ」

 

 

 巫女さんに、御神籤を貰って、ゆっくり開いた。勿論、今まで生きてきて良いことなんかこれぽっちも無かった私は、期待などしていない。


 

 しかし、其処に書いてあったものを見てガックリと肩を落とした。

 

 

「雫、何だった?私はねぇ、中吉だよ」

 


 えへへっと、笑いながら、私の手元を見た和夏はギョッと目を剥いた。

 

 

「雫…大丈夫。元気だして、凶でも良いことあるよ」

 

 

 和夏が励ますように言った。

 

 

「うん、金運はまぁまぁだから良いんだ…」

 

 

 何だか泣けてくる。其処で、初めに見るのは金運というのが、情けないが、和夏が、私の鬮を見て、あっと声を上げた。


 

「恋愛のとこ、今の恋を大切にってさ、良かったね、雫っ」


 

「えっ?」

 

 

 和夏は、ポンポンと肩を叩いた。その言葉で、私の頬はほんのり上気した。

 

 

 帰ったら、楓さんとちゃんと話そう。

 

 

 私が決意を固めていると、邦彦がげんなりした顔で、私たちのところにやって来た。

 

 

「大凶ってあるんだね…」

 

 

 邦彦は、私の前に御神籤を突き出し、目元を拭った。

 

 

「あはは…邦彦君、元気出してっ。私も凶だし…」

 

 

「本当?じゃあ、樹にくくりつけよっ」

 


 どうやら、元気を取り戻したらしい邦彦は瞳をランランと輝かせて、樹の方に駆けて行った。

 

 

「一ノ瀬君は、何だったの?」

 

 

 振り返ると、和夏が不思議そうな顔をして透の鬮を見ていた。

 

 

「わっ、大吉じゃん。凄いねっ。貸してっ!」

 

 

 それを見て大興奮した和夏が、透の御神籤を引ったくって私の元に持って来た。

 


「見て、見て、雫っ。大吉だよっ!見るだけでご利益あるかも~」

 

 

 そう言って、手を合わせて「なんまんだぶ~」と言ってる和夏が面白い。

 

 

「わぁー、本当だ、大吉…ん?待ち人、来るが遅し?」

 

 

 読んだ途端、透が顔を赤くして私の手から鬮を引ったくった。

 

 

「わっ!びっくりしたなぁー」

 

 

 透を睨むと、透も私を睨み返した。

 

 

 まったく、可愛くない奴だ。

 

 

「どうでもいいだろ?てか、俺の見たんだから、雫のも見してよ」

 

 

「いいよ、はい」

 

 

 此方こそ、本当にどうでも良くて、ひょいっと鬮を透に渡した。

 

「雫、恋愛成就のお守り買いたいから、一緒に来てくれる?」

 

 

 私は頷いて、和夏の後に続いた。ぽっと、頭に疑問が浮かんだ。

 

 

「和夏ちゃん、好きな人なんかいたっけ?」

 

 

「やーね、雫。いないから、良縁が来るように、お守り買うんじゃないっ」

 

 

 和夏は笑いながら、おばさんみたいに、手で宙を掻いた。呆れてものも言えない。

 

 

「恋占いの石とかも、あるみたいだけど…雫には、関係ないし、私にも関係ないなぁ。とりあえず、其処の首振り地蔵にお参りしとこっ」

 

 

 和夏が指を指した先には、小さな祠があった。

 

 

「願いの方向に向かって、地蔵の首を傾けるんだって、じゃあ、私たちの町の方向にしよっ」

 

 

 首をギギギッと動かして、和夏は嬉しそうに手を叩いた。

 

 

「何を、お願いしたの?」

 

 

 きょとんとして聞くと、「うふふ、秘密っ」と、口元に手を当てた。

 

 

「雫も、お願いしなよ」

 

 

「いいよ、願いなんてないし…」

 

 

 そう言ったものの、ふと頭に浮かんだものがあって、私は地蔵の首を動かした。


 

「あれっ?何かあったの?」

 

 

 私は手を叩いて祈った。緑オバチャンと仲直り出来ますように、と。

 

 

「うん、ちょっとね」

 

 

 和夏は眉を上げて意味深な顔をしたが、パッと笑った。

 

 

「一ノ瀬君たち、待ってるかもね、行こっか」

 

 

「うん」

 

 

 オバチャンと、仲直り出来るといいな。

 


アジアンタムの花言葉は(無邪気・無垢)。

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