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クンツァイト  作者: 七海
<綻び>
14/22

14.また会う日まで

 


「はぁっ…はぁっ…ごめん、待った…?」



 汗だくの楓さんを部屋の中に入れると、とりあえず、冷たい麦茶を差し出した。心内、私はまだ突然の楓の訪問に動悸で胸を抑えていた。



「ありがとっ…雫ちゃん…」



 荒い息を吐いている楓は、顔を上げると一気に麦茶を飲み干す。落ち着け自分…!



「はぁ…生き返るっ!わっ、すごいっ!雫ちゃんの部屋、可愛いねっ」



 楓は瞳をキラキラさせて、私を見た。



「あ…あのっ、コレは…」



「…雫、花が好きなんだってさ」



 言い淀んでいた私に透が助け船を出した。ハッとして、透を見たが、透は知らんぷりをしてカレーを食べていた。



「そうなんだ?」



 楓は顔を綻ばせて笑った。いや、強ち違う訳ではない。花は好きなんだけど…。



「…あっ、はい」



 私はそれだけ言うと俯いた。



「楓さん、タオルいります?」



 私は、急いで浴室に駆けていき、タオルをひっつかむと楓の前に差し出した。



「ありがとう。雫ちゃん」



 楓の満面の笑みに心がチクリと痛んだ。嘘をついた訳でもないけど、なんだか…心苦しい。無理矢理笑みを創る。



「楓さん、カレーあるんですけどいります?」



「わぁーっ!よく知ってたね。俺、カレー好きなんだっ」



 楓は本当に嬉しそうに一瞬私を見つめ、私に勧められた椅子へと座った。私はカレーの中にヨーグルトと林檎と蜂蜜を+(プラス)し、机に置いた。



「美味しそうっ!」



 それを透がジロリと見ていた。バレたかな、甘口にしたコト…。私は冷汗を流して、楓を見ていた。




「…口に、合うといいんですけど…」



 私がモゴモゴ言うと、楓はカレーを食べてパァーッと顔を輝かせた。



「美味しいよっ!雫ちゃんっ」



 私は顔を綻ばせた。



「良かった…」



 透の刺さる視線が痛くて、私は彼を盗み見た。



「…甘口」



 その言葉に、私はギクリと身体を仰け反らせた。



「な…な…なっ!何かな、一ノ瀬君…」



 挙動不審な態度をとっていると、透は小さく笑って、またカレーを食べ出した。私はホッと息をつき、椅子に座った。



 まったく、一ノ瀬透がいると、いつも調子狂うなぁ。まぁ、お加減で今回は助かったんだけど…。



 私は美味しそうにカレーを食べる楓さんの顔を暫くの間眺めていた。食べ終わると、楓はすぐに「じゃあ、お暇するね。カレーすごく美味しかったよ、ありがとう」そう言って扉へ向かった。



 それから、楓さんにお萩を渡して二人をアパートの階下まで見送った。陽はすっかり傾いていた。私は一度、部屋に戻って、洗い物をしていたのだが、そのときチャイムが鳴った。私は首を傾げて、ドアを開けると、其処には汗だくの一ノ瀬透がいた。



「あれっ?忘れ物?」



 私がそう言うと、透は頷いた。私は部屋を見回したが忘れ物らしきモノはない。怪訝な表情で、透を見ると、いきなり腕をグイッと引かれて、顔が近付いて来た。ギョッとした透の顔を手で押さえつけてガードした。そう、何度もホイホイキスされて堪るか。



 二人の間で顔と顔が近付いたり、遠ざかったり、ギギッと骨がミシミシなる。私は透を睨んで声を絞り出した。



「…一ノ瀬君、なんでっキス…」



「…俺がしたいからだよ」



 透がモゴモゴ言った。そのまま態勢を崩されて、壁に押し付けられて、股を足で割ると、私の頬を両手で掴んで、唇を乱暴に押し付けられた。



「ン゛―――ッ!」



 いやいやと首を振ると、透の舌が歯列をなぞってカラダがビクリと震えた。



「ふぐ…っ」



 しかし、声が漏れると、離れていって、透は私を見つめると触れるだけのキスをして、私の頭を軽く撫でた。



「…ごめん」



 それだけ言うと、透は部屋から出ていった。



 私はガクッと玄関のドアに手をついて青ざめた顔をした。



 …キス魔だ。透といい、楓さんといい…キスをやたらにしてくる。二人はキス魔なんだ。



 私は此れからの自分の行く末が恐ろしくなって、ドアを開けると、透の背中に叫んだ。



「謝るくらいなら、キスしないでよっ!!」



 透はギョッとして私を見た。それだけ言うと、バンッとドアを閉めた。



 やっぱり、アイツは変態なんだっ!



 私はその事実を確認して、顔を掴んだ。



「暫く、口聞いてあげないんだからっ」



 私はカラダをギュッと抱き締めた。





 私は、頬を膨らませて墓地を歩いていた。オバちゃんは、その顔をみて言い辛そうな顔をしたが、口を開いた。



「雫ちゃん…、一体何が…」



 私は、ますます頬を膨らませた。



「私…、お萩渡して来てって言ったよねぇ?」



 私はチラリとオバちゃんを見た。しかし、オバちゃんは立ち止まると背後に黒いオーラを纏って笑顔で近付いて来た。私は、ギクッと腰を引いた。



「墓地でその顔…。オバちゃん、洒落にならないって」



 オバちゃんは、私の頬を掴むと、横にグイグイと引っ張った。笑った顔が怖いなんて私、知らなかったよ、オバちゃん…。



「あーら、柔らかい頬だことっ。そんなこと言うのはこの口かしら。うふふふっ」



「あ゛ぅ…あぅっ…あぅ…」



 私がモゴモゴ言ってると、オバちゃんがパチンと手を離した。急に離された頬が真っ赤になって痛い。



「ヒドイよっ、オバちゃんっ!」



 涙目で睨むと、オバちゃんは口角を上げて、ニィーッと笑った。私はカラダを仰け反らせた。



 怖い…。



「私、彼氏に慰めて貰いなさいって言ったわよねぇ…」



 私はウンウンと首を縦に振った。とにかく、オバちゃんの怒りを沈めなければ…。



「…で、それは、出来たの?」



 私は首を横に振った。するとオバちゃんは恐ろしい形相で私を睨んだ。



「…雫ちゃん」



「はひっ!」



 オバちゃんの低い声に私の声が裏返った。



「…まぁ、泣いてないから、良いでしょう」



 そう言うと、オバちゃんはニパッと笑った。身体の力がドッと抜けた。



 知らなかったよ、オバちゃん。怒ると母さんよりも怖いなんて。



「ほら、雫ちゃん軽くはわいちゃって」


 横を見ると、其処には父さんのお墓があった。私はオバちゃんから箒を受けとると、回りを徹底的に綺麗にしてから、墓石の上に手桶の水をかけた。冷たい水は、父さんの喉を潤わせてくれるだろうか。父さん…来たよ。私は、心の中で思った。



 花瓶の水を入れ替えると、すっかり枯れた花を取り除き、白、黄、紫の菊の花を挿した。



 オバちゃんが火をつけた線香から煙が立って臭いがしてきた。ちらちら見える赤いところが、まるで父さんの命のようだった。オバちゃんと一緒に手を合わせた。



「…雫ちゃんをこれからもお守り下さい」



 オバちゃんの小さな声が聞こえる。父さん…、私忘れてないよ。最近は来なかったけど、毎日父さんを思わなかった日はないよ。生まれ変わっても、父さんの子供になりたいな。



 しゃがんで祈っていた私の肩にそっとオバちゃんが触れた。



「雫ちゃん、行きましょ」



 私は頷いた。立ち上がって歩き出したが、もう一度だけ父さんを見た。その後ろにはまるで血が垂れたような真っ赤に色づいた彼岸花(リコリス)が咲いていた。



 …また、会いに来るね。



 私は踵を返して、オバちゃんに歩調を合わせて歩き出した。



今回のサブタイトルはその名の通り、「また会う日まで」。リコリスの花言葉編はこれで最後です。


何とも言い難い何か胸に蟠る赤いものがぐっと残る感じでした。これが彼岸花(リコリス)のイメージかな、なんて思いつつとっても久々な投稿なのでした。

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