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勇者パーティーのタンク役ですが、敵のヘイトを稼ぐために『論破』を極めました。

作者: キュラス
掲載日:2026/06/03

「我は誇り高き魔王軍第三軍団長、爆炎のゴルザ! 脆弱なる人間どもよ、我の業火の前に平伏し、塵と化すがいいッ!」


薄暗い地下迷宮の最下層。

吹き荒れる熱風の中、全長三メートルを超える巨躯の魔族が、大仰な身振りで哄笑を上げていた。彼の周囲には超高温の炎が渦を巻き、石畳をドロドロに溶かしている。

伝説の勇者アーサー率いる我々『聖なる剣』パーティーは、ついにこのダンジョンのボスであるゴルザを追い詰めていた。


「くっ、なんて圧倒的な魔力圧だ……! だが、僕がこの聖剣で必ずお前を討ち果たす!」

「ふははは! やれるものならやってみろ、小僧! まずはその後ろで震えている小娘共から丸焦げにしてくれるわッ!」


ゴルザの燃え盛る双眸が、パーティーの後衛である魔法使いの少女と、回復術師の少女をギロリと睨みつけた。

敵の視線(ヘイト)が、防御力の低い後衛に向いた瞬間である。

本来ならば、ここで前衛のタンク役が【挑発】や【ウォークライ】といった大声でスキルを放ち、魔力で敵の注意を強制的に自分へと引きつけなければならない。


だが、俺――このパーティーの専属タンクであるレオン・ハートフィールドは、そんな非効率で下品な叫び声は上げない。

俺は静かに大盾を構え、スッと一歩前に出ると、極めて冷静な、よく通る声で口を開いた。


「すみません、ゴルザさん。一つよろしいでしょうか」


「……あ? なんだ貴様は。死に急ぐか、重装のゴミ虫め」


「いえ、そういうわけではないのですが。先ほど『脆弱なる人間ども』と仰いましたが、その根拠(エビデンス)はどこにあるのでしょうか?」


「……は?」


威圧的な態度を崩さない魔族に対し、俺は淡々と、まるで役所の窓口で書類の不備を指摘するかのようなトーンで言葉を紡ぐ。


「歴史的に見て、魔王軍が人間側の領土を侵攻し、最終的に撤退を余儀なくされたケースは過去五百年間で十一回。成功率はわずか二割未満です。さらに現在、我々四人に対してあなたは単機。数の暴力という基本戦術すら放棄しておいて、『我の業火の前に平伏す』という結論に至る論理的飛躍が甚だしいと言わざるを得ません。それって、ただのあなたの願望ですよね?」


「な、なんだと……? 貴様、我が軍団の誇りを愚弄する気か!」


ゴルザの顔から余裕の笑みが消え、額に青筋が浮かぶ。

良い傾向だ。敵の感情を揺さぶることは、ヘイト管理の基本である。


「愚弄などしていません。客観的な事実(ファクト)を述べているだけです。それに、あなたのその炎……無駄に周囲の石畳を溶かしていますが、エネルギーの変換効率が悪すぎませんか? 威嚇のために魔力を垂れ流すのは、リソース管理の観点から見て三流のやることです。自己承認欲求を満たすためだけに無駄な炎を出しているのだとしたら、軍団長としてのマネジメント能力を疑いますよ」


「き、貴様ぁぁぁ……ッ!!」


「さらに言えば、その『爆炎の』という二つ名も抽象的すぎます。温度設定も熱伝導率も定義されていない。言葉選びのセンスが三十年前のまま止まっているのではないですか? 結論として、あなたは強さ以前に、知性と教養が決定的に欠如している。こんなところで中学生のようなポーズをとってイキっている暇があるなら、一度ビジネス書でも読んで論理的思考力を身につけてはいかがでしょうか」


「黙れェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!」


鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が迷宮に響き渡った。

ゴルザの全身から吹き出す炎が、怒りによって赤から青白く変色し、その両目は血走って完全に理性を失っていた。


「殺す! 貴様だけは絶対に殺すゥゥゥ! 聖剣の小僧も女共もどうでもいい! その小賢しい口を、二度と開けないように八つ裂きにしてやるゥゥゥゥッ!!」


ゴルザの全ヘイト(殺意)が、完全に俺一人に固定された。

巨大な魔族が、一切のフェイントも策もなく、ただ一直線に俺に向かって突進してくる。

魔法使いも回復術師も完全に無視だ。彼の視界には今、自分を徹底的に論破してコケにした俺の姿しか映っていない。


「よし。ヘイト固定(ロックオン)完了。アーサー、隙だらけだ。やれ」

「あ、あぁ……ッ! 【ホーリー・スラッシュ】!!」


俺がゴルザの力任せの炎拳を大盾で完璧に防いだ瞬間、その背後の完全な死角から、勇者アーサーの必殺の一撃が叩き込まれた。


「ガァァァァァァ……ッ!? な、なぜだ……我が、こんな……口の減らない、小僧のせいで……」

「お疲れ様でした。来世ではもう少し、ロジカルに立ち回れるといいですね」


俺の最後の一言に、ゴルザは血を吐きながら絶望の表情を浮かべ、光の粒子となって消滅した。

ノーダメージ、かつ極めて安全な討伐完了。

俺の独自スキルにして、究極のヘイト獲得技術――『論破(レスバ)』戦術の完全勝利である。


通常のタンクが使う「挑発」スキルは、魔力を消費して一時的に敵の注意を引くだけのシステム的な効果に過ぎない。知能の高いボスモンスターや、狂乱状態の敵には効果が薄いという致命的な欠陥があった。

だが、俺の『論破』は違う。

敵のコンプレックス、論理的矛盾、そしてプライドを言葉という鋭利な刃で徹底的に抉り出し、システムではなく『本物の怒り』によって確実なヘイトを稼ぐのだ。

これこそが、最前線で味方を守り抜くための最強の盾である。俺はそう確信していた。


……しかし。


「レオン。お前、今日限りでこのパーティーをクビな」


迷宮をクリアし、地上の宿屋に戻って祝勝会を開こうというその時。

勇者アーサーは、冷ややかな視線で俺にそう言い放った。


「……クビ、ですか。理由(エビデンス)をお聞かせ願えますか? 先ほどのボス戦でも、俺のヘイト管理は完璧だったはずですが」

「それがダメなんだよ! なんだよあの『それってあなたの願望ですよね?』とかいう小賢しい説教は! ボスが泣きそうな顔で怒り狂ってたじゃないか! 勇者パーティーの戦いはな、もっとこう、正義と悪の熱いぶつかり合いであるべきなんだ!」


アーサーはテーブルをバンッと叩き、唾を飛ばしてまくし立てた。


「お前がペラペラと敵を『論破』するせいで、敵の最後の断末魔が『おのれ勇者アーサー!』じゃなくて『あの小賢しい盾持ちめぇ!』になってるんだよ! 勇者である僕より目立ってどうするんだ! それに、お前のあのネチネチした喋り方、聞いてるこっちまでイライラしてくるんだよ!」

「アーサーの言う通りですわ。レオンさんの戦い方は、騎士としての品格に欠けます」

「そうそう。なんか冷たいっていうか、一緒に戦っててテンション下がるんだよねー」


魔法使いのリナと、回復術師のエララも、アーサーに同調して冷たい目を向けてくる。

なるほど。

要するに、「絵面が地味でムカつくから、もっと派手で勇者を引き立てるサンドバッグになれ」ということか。


「……理解しました。つまり、あなた方は『安全性と確実な勝利』よりも『感情的な高揚と承認欲求』を優先する組織風土だということですね。リスクマネジメントの観点から言えば、非常に短絡的で生存確率を下げるだけの愚策ですが、リーダーであるあなたがそう決断したのなら従いましょう」


俺がそう告げると、アーサーはさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。


「そういうところがムカつくって言ってんだよ! さっさと荷物をまとめて出て行け、この理屈っぽいクソタンク!」


こうして俺は、王国最強と謳われる勇者パーティーを追放された。

一瞬の未練もなかった。むしろ、あのような非論理的な感情論で動くバカ共の盾になり続けるのは、俺の精神衛生上も良くないと考えていたところだ。

俺は最低限の荷物だけをまとめ、その日のうちに宿を出た。


*****


翌日の昼下がり。

王都最大の冒険者ギルド『獅子の剣』の酒場は、多くの冒険者たちでごった返していた。

俺はカウンターの片隅に座り、求人依頼の掲示板を眺めながら、今後のキャリアプランについて思考を巡らせていた。


「勇者パーティーからの離脱……まあ、経歴(レジュメ)に傷がつくことはないだろう。だが、今度はもう少し『知的な』クライアントと契約したいものだ」


一人でブツブツと呟きながらエールを飲んでいると、不意に横から声をかけられた。


「あの……失礼ですが、あなたがレオン・ハートフィールドさんでしょうか?」


振り返ると、そこに立っていたのは一人の女性だった。

美しい銀色の髪をポニーテールにまとめ、身の丈ほどもある巨大な大剣を背負っている。上質な革鎧を纏っているが、その表情には深い疲労と焦燥感が刻まれていた。


「いかにも俺がレオンですが。どちら様でしょうか」


「私は、王都直属の特務討伐隊『銀翼』のリーダーを務めている、シルヴィアと申します」


特務討伐隊。

勇者パーティーのような派手な存在ではないが、国が極秘裏に処理すべき厄介な魔物や、高難易度のダンジョンを専門に攻略するプロフェッショナル集団だ。


「実は、ギルドマスターからあなたのことをお聞きしました。勇者パーティーで無敗のタンクとして活躍していたあなたが、現在フリーになっていると」

「情報が早いですね。で、その特務部隊のリーダー様が、俺に何の用ですか?」


シルヴィアは周囲を一度見回し、声を落として言った。


「……単刀直入に申し上げます。私たちのパーティーに入っていただきたいのです。現在、私たちは北の辺境に現れた『魔将』の討伐任務に就いているのですが……前衛で敵の注意を引きつけるタンク役が、次々と精神を病んで引退してしまい、作戦が完全にストップしている状態なのです」


「精神を病んで? 物理的なダメージではなく?」


俺が眉をひそめると、シルヴィアは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「はい。その魔将は、物理的な攻撃力が高いだけでなく、極めて悪辣な『精神攻撃(メンタルブレイク)』を仕掛けてくるのです。こちらの戦術を嘲笑い、過去のトラウマをほじくり返し、執拗に暴言を吐き続けてくる……。並のタンクでは、挑発スキルを使う前に心をへし折られ、戦意を喪失してしまうのです」


なるほど。

敵の注意を引くということは、敵からのあらゆる攻撃――それは物理だけでなく、言葉の暴力も含まれる――を真正面から受け止めるということだ。

メンタルが弱い人間では、一瞬で心が壊れてしまうのも無理はない。


「どうかお願いします、レオンさん! あなたの鉄壁の守りがあれば、あの魔将にも対抗できるはず――」

「お断りします」


俺の即答に、シルヴィアは絶望したように目を見開いた。


「そ、そんな……! 報酬なら、規定の三倍……いえ、五倍は出します! どうか!」


「金額の問題ではありません。シルヴィアさん、あなたは俺の役割を根本的に誤解しているようです」


俺はエールのジョッキを置き、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。


「俺は、敵の言葉を『受け止める』だけのサンドバッグではありません。敵の論理的破綻を見抜き、精神的優位に立ち、逆に相手のメンタルを徹底的に破壊することでヘイトを稼ぐ『攻撃型タンク』です。敵が精神攻撃を仕掛けてくる? 結構。売り言葉に買い言葉、極限のレスバトルの土俵に上がる覚悟があるなら、相手が魔将だろうがなんだろうが、俺が完全に論破(ヘイトコントロール)して差し上げますよ」


シルヴィアは、俺の言葉の意味を完全には理解できていないようだったが、その自信に満ちた態度に、パッと顔を輝かせた。


「本当ですか……!? では、引き受けてくださるのですね!」

「ええ。ただし、戦闘中の交渉(トーク)プロセスにおける私の発言権を完全に保証していただきます。それさえ守れるのであれば、あなたの盾となりましょう」


こうして俺は、特務討伐隊『銀翼』の新たな前衛(論客)として、北の辺境へと向かうことになった。

勇者パーティーの奴らは、今頃新しいタンクを入れて苦労しているかもしれないが、俺の知ったことではない。

俺は俺のやり方で、最強のタンク道を極めるだけだ。


*****


*****


王都を出発してから十日後。

俺たち特務討伐隊『銀翼』は、北の辺境にそびえ立つ黒曜石の城――魔将ザガンが根城とする『絶望の城塞』の最深部へと足を踏み入れていた。


「皆、気をつけて。この扉の奥に、ターゲットである魔将ザガンがいます」


巨大な両開きの扉の前で、リーダーのシルヴィアが張り詰めた声で言った。彼女の背後には、斥候(スカウト)の青年リグと、回復術師の女性リーゼが控えている。彼らの顔色は一様に青白く、手は微かに震えていた。

無理もない。彼らはこれまでの道中で、ザガンの放つ精神汚染の魔力にあてられ、すでにメンタルをゴリゴリに削られているのだ。


「レオンさん……先ほどは強気なことを言っていましたが、本当に気をつけてください。奴の言葉には『呪い』が乗っています。少しでも耳を傾け、心に隙を作れば、あっという間に精神を破壊されます」

「ご忠告痛み入ります。ですが、ディベートにおいて相手の言葉に耳を傾けるのは基本中の基本です。相手のロジックの破綻を見つけるためには、まず相手に存分に語らせる必要がありますからね」


俺が平然と大盾を構えてみせると、シルヴィアは不安げに眉をひそめながらも、決意を固めて扉を押し開けた。


ギィィィィ……と重い音を立てて扉が開くと、そこは円形闘技場のように開けた巨大な玉座の間だった。

最奥の豪奢な椅子に足を組んで座っていたのは、燕尾服のような漆黒の衣装に身を包んだ、細身で青白い肌の魔族だった。


「ククク……よく来たね、惨めな羽虫ども。歓迎しよう」


魔将ザガン。

知略と精神操作に長け、数々の討伐隊を自滅に追い込んできたという悪逆の魔族。

彼が立ち上がり、薄く笑いながら言葉を発した瞬間、玉座の間にドス黒い魔力の波動が満ちた。これがシルヴィアの言っていた『精神攻撃(メンタルブレイク)』の結界か。


「シルヴィア……と言ったね? 過去の作戦で部下を見殺しにし、自分だけがのうのうと生き残った無能な小娘。君のような敗北者が、どのツラ下げて私の前に立っているのかな? 君が握っているその大剣は、死んでいった仲間たちの無念の重さかい? アハハハ! 泣かせるねぇ、偽善者ぶるのも大概にしたまえよ!」


「くっ……!」


ザガンの言葉が、呪いとなって空間を反響する。

ただの悪口ではない。魔力によって増幅されたその言葉は、対象の心の古傷を的確に抉り、罪悪感と絶望を強制的に引き出す極悪なデバフ効果を持っている。

シルヴィアの顔から血の気が引き、大剣を構える腕がガタガタと震え始めた。後ろにいるリグとリーゼに至っては、耳を塞いでうずくまりそうになっている。


「さぁ、絶望しろ! 君たちの存在意義などどこにもない! 君たちが足掻けば足掻くほど、世界は君たちの無能さをあざ笑うのだ! 狂え、壊れろ、そして互いに殺し合えェ!」


ザガンが両手を広げ、最高潮の精神魔法を放とうとした――まさにその時。


「すみません。話の腰を折るようですが、よろしいですか」


俺はシルヴィアの前に歩み出ると、大盾を地面にドンと突き立て、呆れたようなため息をついた。


「……あ? なんだお前は。新手の盾役か? 無駄だ無駄だ、私の呪言の前に盾など紙切れも同然――」

「いや、そういう物理的な話をしているのではありません。あなたの『スピーチ』について、致命的な論理的瑕疵(かし)が見受けられたので指摘しておこうと思いまして」


俺のひどく事務的なトーンに、ザガンは一瞬面食らったように言葉を止めた。


「まず、シルヴィアさんが過去に部下を失ったという点について。あなたはそれを『無能ゆえの敗北』と定義付けましたが、戦術的撤退や不可抗力による損害は、軍事作戦において一定の確率で発生するリスクに過ぎません。その単一の事象をもって彼女の『存在意義』まで否定するのは、帰納法的な飛躍が甚だしい。要するに、論点がすり替わっています」


「は……? な、何を言っているお前は……」


「さらに言えば、あなたの悪口はあまりにも抽象的で具体性に欠けます。『偽善者』『無能』『惨めな羽虫』。どれも主観的なレッテル貼りに過ぎず、我々に対する客観的な脅威の証明にはなっていません。心理学的に言えば、他者を執拗に見下す行為は、自身の自己肯定感の低さや、現状に対する強烈な不安の裏返し(投影)であるケースが非常に多いのですが……魔将殿は、何かプライドを傷つけられるようなトラウマでもお持ちで?」


ピキッ、と。

ザガンのこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。

彼の放っていたドス黒い魔力の波動が、戸惑いと怒りによって大きく乱れ始める。


「き、貴様……私が、不安を抱えているだと……? この魔将ザガンが!? 愚かしい人間風情が、私の高尚な精神魔法を安っぽい理屈で分析するなッ!」


「安っぽい理屈? 私は事実に基づいた仮説を提示しているだけですが。現にあなたは今、図星を突かれて感情をコントロールできなくなっている。もし本当に知略に長けた魔将であるならば、私の言葉など無視して精神魔法のプロセスを続行すればいいはずです。それができない時点で、あなたのメンタルコントロール能力は三流以下だと言わざるを得ない。まさかとは思いますが、他人の心を弄ぶのが好きな割に、ご自身のメンタルは『お豆腐』なのですか?」


「だァァァァァァァァァァァァァれが豆腐だァァァァァッ!!」


ザガンが絶叫した。

先ほどまでの冷酷でエレガントな態度は完全に崩壊し、顔を真っ赤にして口から泡を飛ばしている。

完璧だ。


「殺す! 貴様だけは絶対に許さん! 精神魔法などいらん、私がこの手で直接、貴様のその小賢しい口を物理的に引き裂いてやるゥゥゥッ!!」


ザガンの瞳から知性の光が消え失せ、純粋な殺意だけが俺へと向けられた。

彼の手には、ドス黒い魔力で形成された巨大な鎌が握られている。魔法職であるはずの彼が、怒りのあまり近接攻撃に切り替えて突っ込んできたのだ。

ヘイト(敵視)の固定率は100%。いや、200%と言ってもいい。これこそが、俺の【論破】による完全なヘイトコントロールである。


「シルヴィアさん、今です。敵の意識は完全に俺に向いています。精神魔法の結界も解けました」

「えっ……あ、はいっ!!」


俺の言葉でハッと我に返ったシルヴィアが、大剣を強く握り直した。

ザガンが振り下ろした漆黒の鎌を、俺は大盾でガッチリと受け止める。凄まじい衝撃だが、物理攻撃の防御力なら俺は誰にも負けない。


「おのれェ! 離せッ、その盾をどかせェェェッ!」

「無理ですね。あなたは既に冷静な判断力を失い、大振りの攻撃しかできなくなっている。戦術レベルで言えば、ただの『的』ですよ」

「キィィィィィィィィィィィッ!!」


ザガンがヒステリックな奇声を上げながら鎌を押し込もうとするが、俺の盾は一歩も下がらない。

完全に無防備となったザガンの背後に、シルヴィアが音もなく回り込んだ。


「特務討伐隊『銀翼』――推して参るッ! 【飛燕・絶華の太刀】!!」


シルヴィアの放った銀色の剣閃が、魔将ザガンの体を背中から袈裟懸けに両断した。


「ガァァァァァァッ!? ば、馬鹿な……私が、こんな……理屈っぽい、ただのタンクごときに……言葉で、負けた……だと……?」


ザガンは信じられないものを見るような目で俺を睨みつけながら、やがて塵となって崩れ去った。


「ふぅ。お疲れ様です、シルヴィアさん。お見事な一撃でした」

「……え? あ、終わった……? 本当に……?」


シルヴィアは自身の剣と、ザガンが消滅した跡を交互に見つめ、ポカンと口を開けていた。

後ろで見ていたリグとリーゼも、キツネにつままれたような顔をしている。


「あの魔将ザガンが……精神魔法の達人が、まさかのレスバでブチ切れて、魔法を捨てて突っ込んでくるなんて……」

「信じられない……レオンさん、あなた一体何者なんですか……?」


「ただのタンクですよ。敵のヘイトを稼ぎ、味方を守るのが仕事ですから。手段が少々ロジカルなだけです」


俺が肩をすくめると、シルヴィアはしばらく呆然としていたが、やがて腹を抱えて吹き出した。


「ふふっ……あははははっ! すごい、凄すぎます! あのザガンが『お豆腐メンタル』って言われて、本気で泣きそうに怒ってた顔、一生忘れません!」


彼女の笑い声に釣られて、リグもリーゼも大爆笑し始めた。

先ほどまでの絶望的で陰鬱な空気は完全に払拭されている。

どうやら、新しい職場(パーティー)のクライアントは、俺のプレイスタイルを正しく評価してくれるらしい。


「レオンさん。改めて、私たち『銀翼』に入ってくれてありがとうございます。あなたの盾……いえ、あなたの『論破』は、王国最高の武器です!」

「恐縮です。今後も、エビデンスに基づいた論理的なヘイト管理で、皆様の安全を保障いたしましょう」


俺たちはザガンのドロップアイテムを回収し、意気揚々と迷宮を後にした。

こうして俺は、特務討伐隊という新たな居場所を手に入れたのだ。


*****


一方その頃。王都近郊のダンジョン。

俺を追放した勇者アーサー率いる『聖なる剣』パーティーは、絶体絶命の危機に陥っていた。


「くそっ! なんでこっちにばかり攻撃が来るんだ! おい新入りタンク! しっかり挑発スキルを入れろ!」

「やってますよ! でも、このボス、知能が高くて魔法使いの方ばかり狙うんです! スキルがレジストされて――うわぁぁぁぁっ!?」


アーサーの怒声も虚しく、新しく雇った重装戦士は、巨大なゴーレムの一撃を食らって壁まで吹き飛ばされた。

タンクが機能不全に陥ったことで、後衛のリナとエララが次々とボスの範囲攻撃に巻き込まれ、悲鳴を上げている。


「アーサー! もうダメ、回復が追いつかないわ!」

「なんでよ……前までこんなことなかったのに! レオンがいた時は、ボスは絶対にレオンしか攻撃しなかったじゃない!」


リナとエララがパニックに陥りながら叫ぶ。

そう、彼女たちは理解していなかったのだ。

これまでの数々のボス戦で、なぜ敵が不自然なほどタンクであるレオン「だけ」を執拗に狙い続けていたのかを。


レオンが敵の生い立ちを調べ上げ、トラウマをピンポイントで抉るような暴言を吐き、プライドをズタズタに引き裂き、絶対に自分を殺さずにはいられないほどの『純度100%の憎悪』を向けさせていたという事実を。


「あいつのあのネチネチした説教が……パーティーの生存率を100%に保つための、最強のヘイト管理だったっていうのか……!?」


アーサーは額から冷や汗を流し、迫り来るゴーレムの巨大な拳を見上げながら、激しい後悔に苛まれていた。

派手な戦い方や、勇者を称えるボスなど、生きていなければ何の意味もないという当たり前の事実に、今更気づいたのだ。


だが、覆水盆に返らず。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

勇者パーティーの断末魔が、誰にも届くことなくダンジョンに空しく響き渡った。


*****


それから数ヶ月後。

俺は特務討伐隊『銀翼』の不動のメインタンクとして、数々の困難な任務を次々と遂行していた。

どんな凶悪なモンスターだろうが、狡猾な魔族だろうが関係ない。俺は相手の行動パターン、生態、社会的背景を徹底的にリサーチし、最も効果的に『相手をブチ切れさせる論理』を構築して迷宮に挑んだ。


「おい、あのレッドドラゴン! 自分のブレスの熱量計算もできないのか? 空力学的にその翼の面積で飛べているのは完全に物理法則のバグだぞ! 存在そのものが非合理的だ!」

(グオォォォォォォッ!! ※激怒)


「そこの死霊術師! アンデッドの再利用率が悪すぎる! 骨と肉を分離して適切な用途に回さないから魔力コストが跳ね上がるんだ! エコという概念を知らんのか!」

(キシャァァァァァァッ!! ※激怒)


今日に至るまで、俺のレスバに勝てた敵は存在しない。

俺が大盾を構え、淡々と説教を始めると、敵は例外なく顔を真っ赤にして魔法も特殊能力も忘れ、物理的な力任せの突撃を仕掛けてくるのだ。

そこをシルヴィアたちが冷静に叩く。極めてシステマチックで安全な必勝パターンである。


「レオンさん、今日も見事な論破でした! あのドラゴン、最後は泣きながら突っ込んできましたね!」


宿屋の酒場で、シルヴィアがエールを片手に満面の笑みで言った。

彼女の表情からは、出会った当初の陰鬱なトラウマの影は完全に消え去っている。今や彼女は、俺のレスバを一番のエンターテインメントとして楽しんでいる節すらあった。


「当然です。彼らの行動原理は感情に基づいているため、論理的な矛盾を突かれることに極めて脆弱なのです。今後もこのメソッドを洗練させていけば、魔王すらも過呼吸に追い込めるでしょう」


俺が真顔で答えると、シルヴィアたちは腹を抱えて大笑いした。


勇者パーティーを追放された時はどうなることかと思ったが、結果的に最高のクライアント(仲間)に巡り合うことができた。

前衛で体を張って味方を守り抜く。

その最高のアプローチが『論破』であるという俺の仮説は、見事に証明されたのである。


これからも俺は、この異世界において最強の盾(ロジック)を振るい続けるだろう。

敵のヘイトを限界まで稼ぎ、すべての攻撃を己に集中させる、最高のタンクとして。

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