交差する目的地
「エルザ!」
目の前で立ち止まったグエンが、エルザの両手をぎゅっと包み込んだ。見開かれた大きな瞳は、縋るように微かに揺れている。
「本当に……森の外に行っちゃうの?」
「……うん、ここに来るまで、ずっと考えてたんだ」
「……一人でなんて危ないよ。私が一緒に――」
切実なグエンの声を、ゼラが静かに遮った。
「お前が森を出たら、お前の母さんは一人になってしまうぞ」
「それは……っ」
「それに、お前まで森を出てしまったら、巫女としての務めは誰が引き継ぐんだ」
ゼラの諭すような問いかけに、グエンはハッと息を呑み、悔しそうにギュッと唇を噛み締めた。
外の世界の危険から大事な妹弟子を守りたい。その気持ちは嘘ではないけれど、父親のいない家庭で、母親だけを一人残していくわけにはいかない。それに、この夜の女神へ祈りを捧げる『巫女』という役目もある。
やがて、グエンはゆっくりとエルザの手を離した。大粒の涙をポロリとこぼし、それでも姉弟子らしく、無理に明るい笑みを作って見せる。
「……わかってる。わかってるよ……っ。私は、残らなきゃいけないんだよね」
「グエン……」
「……絶対に無事で帰ってきて! 私に外での面白いこと、全部教えなさいよ!」
泣き笑いの顔で力強く抱きついてきた彼女の背中を、エルザもまた、溢れる涙を堪えながら強く抱きしめ返した。
「……うん。約束する。絶対に帰ってくるから」
二人の少女の美しくも切ない別れのやり取り。
そんな少ししんみりとした空気を窺うようにしながら、今度は後ろでソワソワしていたウ=トトが、エルザの前に身を乗り出した。
「エルザさん、エルザさん! 森の外に行くって本当ですか!?」
知識の女神ヴィディヤの加護を受ける彼の銀色の瞳は、抑えきれない興奮でキラキラと輝いている。
「いいなぁ! 森にはいない生き物とか、本の中でしか知らない世界が広がってるなんて……すっごく羨ましいです!!」
旺盛な探求心を持つウ=トトにとって、森の外の世界はこれ以上ないほど魅力的で仕方がないといった様子だ。
「……僕も、エルザさんについて行きたいなぁ」
そう呟くと、ウ=トトはしょんぼりと肩を落とす。
「でも……勝手に行ったら先生に怒られちゃいます……」
迷うウ=トトの姿を見て、エルザの胸の奥がトクンと鳴った。
(トトが一緒に来てくれたら……)
魔法や生態系に関する知識が豊富で、何より気心の知れた友人が隣にいてくれるなら、どれほど心強いだろう。
「先生の許可をもらうにしても、エルザさんをここでずっと待たせることになりますし……」
小鬼族の街にいるラ=ボボから直接許可をもらうとなれば、来た道を戻らなければならない。往復の時間を考えれば、ゆうに一ヶ月はかかってしまうだろう。
どうにか一緒に行けないか。エルザが思考を巡らせ、街を出る前の記憶を辿った――その瞬間だった。
「あ、手紙! そうだトト、ボボ様からの手紙があったよね!?」
「えっ?」
「ほら! あの時、出発する前に何か言われてなかった?」
エルザの言葉に、ウ=トトの銀色の瞳が見開かれた。
「……『迷った時は、これを開けなさい』って。確かに先生から渡されてました……!」
ウ=トトは慌てて自分の荷物をゴソゴソと漁り、大切にしまってあった一通の封筒を取り出した。
本当に開けてしまっていいのだろうか。一瞬、生真面目な彼らしい躊躇いが指先を止めたが、未知の世界への渇望と、何より先生の判断を仰ぎたいという思いから、意を決してペリッと封を切った。
中に入っていた羊皮紙には、見慣れたラ=ボボの少し乱雑な字が並んでいた。ウ=トトは真剣な表情で、その文面を声に出して読み上げる。
『我が愛弟子、ウ=トトへ。
お前がこの手紙を開けたということは、エルザが外の世界へ旅立つ決意を固め、お前も一緒に行きたいと駄々をこねている頃だろう』
「だ、駄々なんてこねてませんよ……!」
完全に図星を突かれたような文面に、ウ=トトが慌てて顔を赤くする。その微笑ましいやり取りに、エルザもグエンも思わずクスリと笑みをこぼした。
ウ=トトはコホンと一つ咳払いをして、続きに目を落とす。
『外の世界へ行きたいのであれば、エルザと共に行きなさい。
ただし、森の外は未知なる驚きと共に、数え切れないほどの危険が潜んでいる。決して己の知識に驕ることなく、二人で互いに協力し合い、困難を乗り越えなさい。
そして、知識の女神ヴィディヤの加護を持つ者として、旅で見聞きしたすべての事象を記録に留めておくこと。それがお前の、何よりの修行となるはずだ』
そこまで読んで、ウ=トトの背筋がピンッと伸びる。
「先生……! いいんですか、僕も一緒に……!」
「トト……!」
ラ=ボボからの正式なお墨付きに、エルザもパァッと顔を綻ばせる。これで、頼もしい友人と一緒に旅ができるのだ。
喜びに沸き立つ二人だったが、ウ=トトが手紙の最後の一文に目をやった瞬間、不思議そうに首を傾げた。
『追伸。
お前の両親は今、南の蒼洋都市国家ファルガの首都を拠点に冒険者として活動しているはずだ。近くに寄った際は、一度顔を出してきなさい。お前の元気な姿を見せてやること』
「ファルガ……!」
その地名を聞いた瞬間、エルザは思わず声を上げていた。
それは昨夜、フィンから「まずはそこへ向かいなさい」と指示され、本と共に託された最初の目的地と、全く同じ場所だったからだ。
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