活気の輪の中へ
「見えたぞ」
手綱を握るゼラの静かな声に、エルザは微睡みからハッと目を覚ました。コクリコクリと座ったまま船を漕いでいたエルザは、起きてすぐ胸元の特製ホルダーへそっと手を当てる。フカフカの毛糸の奥で、小さな卵が無事に温もりを保っているのを確認すると、ホッと息をついて揺れる幌台から顔を出した。
森の木々が開けたその先に、ぶわっと新しい景色が広がっていた。
外敵を拒むような物々しい門構えや城壁はない。生きた巨木を避けるようにして、土レンガと蔓草を精巧に編み合わせた家屋が、森の風景に溶け込むようにして整然と立ち並んでいる。
陽に照らされた石畳の大通りには、すでに色鮮やかな天幕を張った屋台が軒を連ねていた。甘い果実や森の恵み、鼻腔をくすぐる香辛料のツンとした匂い、そして湯気を立てて木の実を炒る香ばしい匂いが、朝の澄んだ空気に満ちている。
そこは、小鬼族たちが築き上げた大森林の街だった。
「……すごい。何度来ても、綺麗だなぁ」
エルザは目を輝かせながら、活気に満ちた街並みをぐるりと見渡した。
外の世界の人間に言わせれば、小鬼族とは知性が低く、洞窟等に住まう野蛮な魔物でしかないのだろう。だが、このニザ大森林に生きる彼らだけは全く違った。
森を深く理解し、自然を壊すことなく共存する術を見出した彼らは、他種族さえも驚くほどの独自の文明と豊かな生活を、この森の奥深くで静かに花開かせていたのだ。
「モォォ……」
森駝牛が歩みを進めるたび、通りを行き交う小鬼族たちが足を止め、闇人族の列に気付いて親しげに手を振ってくる。
やがて隊列は活気あふれる大通りを抜け、街の中心にある開けた広場へと到着すると、ようやくその歩みを止めた。
幌台から降り、闇人族たちは手際よく動き始める。ある者は慣れた手つきで獣皮の天幕を張り始め、ある者は積んできた森の恵みや木工品を並べて屋台の準備に取り掛かり、またある者は早々に買い出しをするために市場の喧騒の中へ消えていく。それぞれの日常が、この街の風景に溶け込んでいく。
エルザも幌台からふわりと地面に降り立つと、御者台を降りたゼラが静かに声をかけてきた。
「私はこのままラ=ボボの家へ向かう。場所は覚えているな?」
「うん!」
「夜が訪れる前には、戻ってきなさい」
こくりと力強く頷くエルザを見て、ゼラはわずかに目元を和ませた。そして、ここまで重い幌台を引いてくれた森駝牛の頭を労うように優しく撫でる。
「大儀だったな」
森駝牛が「モフゥ」と心地よさそうに低い鼻を鳴らし、その場へと大きな身体を沈める。
ゼラが立ち去る姿を見送っていた、その時だった。
「あ、エルザだー!」
「ほんとだ、エルザだ!」
パタパタと弾むような足音と共に、小さな影がいくつも駆け寄ってきた。土の色が混じったような緑色の肌に、くりくりとした愛嬌のある大きな黒い瞳。小鬼族の子供たちだ。彼らはエルザを見つけるなり、花が咲いたような笑顔で彼女の周りにわらわらと群がってきた。
「わっ……みんな久しぶり!元気だった?」
エルザが胸元の卵を庇うように少しだけ身を屈め、一番近くにいた小さな男の子の頭を撫でてやろうとした矢先。
「こらこらお前たち! エルザに突撃するのは禁止! 今のエルザはすっごく大事なものを抱えてるんだからなー!」
背後から、ひょいっと子供の一人を抱き上げながら現れたのはグエンだった。最後尾からいつの間にか追いついていたらしい。彼女の明るい声に、子供たちは「えー、なんだよー」「グエンも来たのかー!」とキャッキャとはしゃぎ声を上げる。
「さあさあ、挨拶はそこまで! エルザ、私たちも市場に行こっか。久しぶりの街なんだ、美味しいものでも買い食いしようぜ!」
グエンがニカッと笑って、親指で賑わう大通りを指差す。エルザは胸の卵の温もりを確かめるようにそっと触れながら、子供たちに囲まれて「うん!」と弾むような声で頷いた。
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