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『 Salute from the dead 』過去から現代への敬意…

09:15

九州南西海域、朝の光が海面を冷たく照らし出す中、船団の沈黙は突如として破られ、極めて大きな混乱に包まれた…


戦艦『金剛』の艦橋から、通信機能が奇跡的に復旧した駆逐艦三隻、そして輸送船七隻に対し、全艦一斉の無線、電信が送られたのである。


それは、あまりにも過酷で、かつ慈悲深い「真実」の宣告であった。

駆逐艦『若月』の艦橋で、通信兵は受話器を耳に押し当てたまま、石のように固まった。


「……そんな、馬鹿な」


震える声で読み上げられる電文。隣を航行する『島風』『沖波』でも、同様の戦慄が走っていた。自分たちが今居るのは、あの世への旅路ではなく、数十年という時を跳躍した日本近海であるという知らせ…

さらに電文は続く。


「並走スル二隻ハ、後世日本ノ防人『自衛隊』ナリ。彼ラハ我ラニ武装解除ヲ求メント欲ス……」


「なんだと…武装解除だとッ!?」


『若月』の甲板で、その知らせを伝え聞いた陸戦隊の海軍少尉が激昂した。


「俺たちは内地を、銃後の民、陛下を護るために身命を捧げて戦ってきたんだぞ! どこの誰とも分からぬ連中に、なぜ銃を渡さねばならん!」


だが、そんな怒声が響く一方で輸送船『泰山丸』の船倉では…蒸し暑い闇の中にいた千人の兵士たちに、

伝令が叫んだ。


「内地だ! 日本だ! 向かっている先は、本当に日本なんだとよ!」


その瞬間、船倉は爆発した。


「あの世じゃなくて…生きて帰れる…!…本当にお袋たちに会えるのか!」


「日本は残ったんだ……負けてなかったのか? いや、その事は後だ…!…生きてるんだ俺たちは!」


「あぁ…あれほど…還りたかった内地に…ペリリューの地で死ぬ間際…あれほど懐かしく思えた日本に…水戸にやっと帰れるのか…」


男たちが互いの肩を叩き合い、人目を憚らず号泣した。


挿絵(By みてみん)


南洋のジャングルで病に…山岳や平地では米、英豪軍の熾烈な攻撃に倒れ…故郷の土を踏むことだけを夢見て死んでいった彼らにとって、数十年という「時の断絶」よりも、「日本がそこにある」という事実の方が遥かに重かった。


挿絵(By みてみん)

彼らにとっては南洋の各地での戦闘の日々、劣悪な環境下での行軍…病や敵弾に斃れたのもついこの間…数日前の生々しい記憶なのだ…


しかし、歓喜の影には、鋭い刃のような「悲しみ」が潜んでいた。

ある若年の曹長が、甲板で海を見つめながら力なく膝をついた。


「……後世の日本じゃと…じゃあ、ワシらが残してきた女房や子供は……どうなったんだ。昭和は……終わってしもうたんか…皆のうなってしもうたんか…?」


あの戦争の勝敗、愛する人々の安否。具体的なことは何一つ語られない。だが、「武装解除」という言葉の響きが、自分たちの故郷…祖國である「大日本帝国」がすでに解体され形が変わっていることを、残酷なまでに暗示していた。

10:00 東京・市ヶ谷の防衛庁


「これ以上の秘匿は、もはや物理的に不可能に近い」


統合幕僚長が、重苦しく口を開いた。


「豊後水道は漁船や貨物船の往来が激しい。戦艦『金剛』のような、あれほど特徴的なシルエットを三万の兵員と共に隠し通すのは、もはや神業に近い。だが、国民が……あるいは周辺諸国がこれを知れば、日本は、いや世界は根底からパニックに陥る」


議論の焦点は、まず船団の「終着点」に絞られた。


「広島、呉。ここしか選択肢はありません」


海上幕僚長が、電子地図上の一点を指した。


「呉は四方を山に囲まれた要塞のような地形で、海上自衛隊の施設が集中している。特に、旧海軍工廠跡地の深い入江。あそこなら、外洋や民間航路からの視線を遮断しつつ、三万トンの戦艦を係留できるだけの場所がある」


最大の問題は、合計三万人以上になるであろう将兵の処遇だった。


「三万人という数字は、陸上自衛隊の一つの師団を遥かに上回る。彼らを一度に一つの施設へ入れるのは、人道的にも治安維持上も不可能だ」


陸上幕僚長が、冷徹な分析を提示した。


「彼らを一点に集中させれば、旧軍の指揮系統がそのまま温存され、現代の管理が及ばなくなる…まず速やかに上陸させ、武装解除…トラックで運搬を繰り返して、近隣の遊休地に仮設収容所を設営。そこで徹底的な身体検査を行う」


防衛庁長官が、眉間を指で揉む。


「その後、どう動かす?」


「数日かけて、トラックと大型輸送ヘリを用い、彼らを細分化して移動させます。

一部は、山口県や岡山県の駐屯地へ。

そして約五千人は、関東地方の習志野および朝霞駐屯地の地下施設、および隣接する旧政府シェルター跡へ…」


「国民への説明はどうする? 」

「内閣情報調査室と連携し、インターネット上の画像には、即座に規制をかけるようにするしか…」


「……欺瞞に満ちた平穏だな」


長官は皮肉げに、だがこれ以外に道がないことを悟り、署名した。


11:45

旧日本艦隊の船団がいよいよ豊後水道の水路へと差し掛かったその時、海域に漂っていた張り詰めた緊張感は、予想もしなかった形でほぐれた…

並走するイージス艦『こんごう』と護衛艦『いそゆき』のブリッジでは、全隊員が固唾を呑んで隣の亡霊たちを見守っていた。



輸送船『能登丸』、『泰山丸』など…

錆び付いた船体が波を蹴立てる中、甲板を埋め尽くした数千の陸兵たちが、一斉に動き出した。彼らは、見たこともない異形の、しかし確かに「日の丸」と「海軍旗」を掲げる二隻の現代艦に対し、狂おしいほどに手を振った。


「おーい! ありがとよーっ!」


「アンタらが御国を……日本を護ってくれてたんだなッ!!」


その叫び声は海風に乗って『こんごう』の艦橋まで届く…

さらに、駆逐艦『若月』『島風』『沖波』の甲板では、整列した海軍陸戦隊員たちが、最上級の軍礼を二隻に見せた…


「捧げ……つつッ!!」


挿絵(By みてみん)


鈍い金属音と共に、数百挺の三八式歩兵銃が垂直に立てられ、士官たちは腰の軍刀を抜き放ち、顔の前に掲げる「刀礼」を執り行う…


駆逐艦の乗組員たちも…

「自分達が知る故郷も大切な人々はもう無いかもしれない…」と怯えつつも、二隻に敬意を払います…


挿絵(By みてみん)


自分たちの祖父や曽祖父の世代にあたる男たちが、命を懸けて護ろうとした「未来の日本」に対し、最大級の敬意を払っているのだ。

『こんごう』の艦橋では、若い自衛官が、


「……彼ら、俺たちを見て笑ってますよ…とても感謝してくれているようだ…」


神崎艦長は、震える手で自身の制帽を深く被り直した。


現代の自衛官たちが、甲板に整列し、背筋を伸ばして挙手注目の敬礼を返す。六十年の時を超えた、言葉なき対話だった。


その感動的な出来事と同時に、旧日本艦隊の船団には新たな異変が起きた…


それまで虚しく空回りしていた巨大な舵輪に、突如として「手応え」が戻っていた。


「……戻った。舵が、生き返ったぞ!制御可能にまで復旧した…!」


駆逐艦や輸送船…金剛の艦橋でも航海長が叫び、必死に舵を左に切る。それに応えるように、三万トンの巨躯が緩やかに、しかし確実に回頭を始めた。

あれほど頑なに「前進全速」で固着していたテレグラフ(速力指示機)も、各艦長の指示で「微速前進」へと滑らかに動いた。


まるで、豊後水道という「故郷の門」を潜ったことで、彼らを縛り付けていた不可視の呪縛――強制的な牽引力が、役目を終えたかのように解かれたのだ……



「『ワレラ軍艦金剛…駆逐艦、輸送船…全艦、操舵機能復旧…コレヨリ貴隊ノ誘導二従イ、各艦航行セントス』とのことです!」


現代の自衛隊司令部はこの報告を受け、一気に慌ただしくなった。

制御不能のまま突っ込んでくる恐怖の対象は、

今や「誘導に従う協力的な軍隊」へと変わった。


しかし、それは同時に、三万人の武装集団が組織立ったまま日本の領土に足を踏み入れるという、現実的な行政・軍事的課題の始まりでもあった。

入港と上陸まで、あとわずか。


巨大な偽装網が用意されたドックの奥で、現代日本は、この「熱すぎる魂」を持った三万人をどう迎え入れるのだろうか…


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