『Meeting the dead 』遠き昔の防人との遭遇と混乱…
7:45
傾斜した床、かろうじて浸水は止まるも、満身創痍の戦艦『金剛』の艦橋は、まさに沈没の淵にあった。
しかし、その中で島崎艦長と幕僚たちは、理解不能な「返信」を前に呆然としていた。
通信兵が震える声で読み上げる。
「あの2隻からの返信を受信しました…読み上げます!」
「コチラ海上自衛隊、護衛艦『こんごう』。目標船団、直チニ停船セヨ。貴艦ノ援護ヲ行ウ…」
「……海上自衛隊? 『こんごう』だと?」
島崎艦長は眉をひそめた。帝国海軍にそんな組織は存在しない。そもそも、今まさに援護を求めているはずの味方艦が、なぜ自分たちの艦の名前を名乗るのか、分からなかった…
幕僚たちが動揺を隠せない中、水雷長が海図台にしがみつきながら声を上げた。
「……艦長。おそらく……我が帝国海軍が2年前に設立した『海上護衛隊』の事では無いでしょうか……?」
「海上護衛隊……?」
「はい。2年前、昭和17年に敵潜水艦の襲撃が激化する中、我が帝国海軍の中で海防艦や老朽駆逐艦を主体に、急遽設立された部隊です。艦の名称も……まあ、多少の変更はあり得ましょう。とにかく、相手はこちらを敵とは見なしていない様子……この窮地、彼らの言葉に従うしかありません!」
「まさか…これほど早く名を継ぐ新鋭艦が現れるとは…」
「何だか…『高雄』型重巡に型状が似ていますね…w」
島崎艦長は、傾いた床の上でゆっくりと頷いた。
彼らの頭には、昭和19年(1944年)の時点で海軍の知識しかなかった。その限界が、彼らをして「現代の自衛隊」を「二年前の組織の延長」と解釈させたのだ。
「……やむを得ん。電信室に連絡…通信兵、返電を打て」
電信室の通信兵たちが電文を打つ…
「アリガトウ。ワレ貴艦ラ『海上護衛隊』ノ援護二感謝ス……。ワレニ変ワッテ、船団護衛ヲ請フ…」
現代のイージス艦『こんごう』のCIC。戦艦『金剛』からの返信を受け取った通信士が、不思議な表情でモニターを見つめていた。
「……艦長。返信です。『海上護衛隊の援護に感謝する』と……。彼ら……我々のことを、何か別の組織だと勘違いしているようです」
艦長は、その言葉を重く受け止めた。
「『海上護衛隊』……。なるほど。彼らの時代における解釈か。……よし、構わん。彼らが納得する言葉で返せ。我々はあくまで『援護』だ。……救助艇、出せ」
イージス艦『こんごう』から、現代の救助艇が、波を蹴立てて戦艦『金剛』へと近づいていく。
08:05 戦艦『金剛』甲板
戦艦『金剛』の舷梯に、海上自衛隊の救助艇が接岸した。
現代の技術で艇体と、旧軍の巨大で無骨な戦艦の錆びついた舷側が重なる様は、まさに異世界の衝突であった。
艇から降り立ったのは、『こんごう』所属の、二等海尉以下数名の自衛官である。彼らは防弾チョッキを纏い、最新のヘルメットを被っていた。
甲板上に押し寄せていた数千の乗組員たちは、その不気味なほどの「清潔さ」と、見たこともない形状の装備に対し、好奇心と警戒が入り混じった視線を注いだ。
艦橋の島崎艦長以下幕僚たちは、当初は『海上護衛隊』の内火艇であろうと考えていた。しかし、その船の形状は異なり…救助艇から降りてきた自衛官たちの服装は、昭和19年の軍装とはかけ離れていた。
「……艦長。あれは、我々の知る海軍の服装ではないようです。あの材質、あの形状……まるで、異国の……あるいは。」
副長が、双眼鏡を構えながら震える声で呟いた。
「……薄々、感づいてはいた。」
島崎は双眼鏡を握りしめ、沈黙を守る幕僚たちを制し、自身の軍帽を深く被り直すと、傾いた艦橋の階段を慎重に降り始めた。島崎の後に、航海長、副長、砲術長らが続く。
甲板に降り立った島崎は、自衛官たちの前へ歩み寄った。海自隊員たちは、その偉容に圧倒されながらも、背筋を伸ばし、最敬礼を送る。
島崎は、昭和の海軍士官の作法に従い、重厚な敬礼を
返した。
「軍艦『金剛』艦長、大日本帝国海軍中将……島崎利雄である。」
その言葉は、時空を超えた伝説の艦長としての威厳に満ちていた。島崎は小野寺を見据え、その独特の沈着さで続けた。
「先ほどは『カイジョウジエイタイ』とおっしゃっていましたな。貴官らの対応に感謝する…」
島崎の後ろに立つ幕僚たちも、一斉に敬礼を捧げた。その動作は訓練された軍人のそれであり、現代の自衛官たちを緊張させるに十分な威圧感があった。
自衛官たちが尋ねるより先に、戦艦『金剛』の航海長が、自衛官たちへ歩み寄った。彼の顔には、動揺が浮かんでいた。
「貴官らに、お聞きしたい……!」
航海長が震える声で尋ねる。
「今は……今は、何年なんだ?……いや、西暦で構わん! 今は何年だッ!?」
その問いに、自衛官たちは一瞬の躊躇ののち、事実を告げた。
「……平成22年。西暦2010年です。」
「平成……?」
幕僚たちは互いに顔を見合わせた。聞き覚えのない元号に、一瞬の困惑が走る。小野寺たち自衛官はさらに続けた。
「昭和で言うと……そうですね、昭和85年にあたります。」
その言葉を聞いた瞬間、島崎艦長は目を見開いた。昭和85年。彼らが沈んだ昭和19年から、実に66年もの歳月が過ぎ去っている。
「そんなに…66年…も経ったのですか…内地は、日本、陛下…臣民である日本国民はご無事でしょうか…?」
「つい先程…島風、若月、沖波の駆逐艦3隻…能登丸などの輸送船12隻中…7隻の通信機能が復旧したが…こんな事…伝えられるはずがない…皆、極楽や靖國に向かっていると思っているのに…」
「部下たちになんと言えば…良いのか…家内も…皆んな、居ないのでしょうね…死に急いだつもりが、置いて行かれてしまうとは…」
幕僚たちは、歓喜する間もなく…悲しげな表情を浮かべた…
傾斜する戦艦金剛の甲板で沈黙した。彼らが命を懸けて護ろうとした人々は、もはや影も形もなく、彼らにとっては異世界のような未来にいることを、ここで完全に理解したからだ。
8:25
東京・市ヶ谷の防衛庁中央指揮所
巨大なメインスクリーンには、九州南西海域で停止した海上自衛隊の護衛艦『こんごう』『いそゆき』、そしてその周囲を囲む旧帝国海軍の戦艦『金剛』と輸送船団の衛星写真が、リアルタイムの熱源データと共に表示されていた。
指揮所内は、未曾有の事態に対する戦慄と、政治的な思惑が入り混じり、張り詰めた空気に包まれていた。防衛庁長官、統合幕僚長、そして各幕僚長の顔は一様に硬い。
「状況は?」
長官の声が、静まり返った指揮所に響いた。
「『こんごう』からの連絡将校によれば、島崎艦長以下幕僚たちは、明確に敵対の意思を示していないとのことです」
通信担当幕僚が報告する。
「『争う気は無い』、か……」
長官は皮肉げに呟いた。
「しかし、現実に三万人を超える、銃火器で武装した『人間』が、制御不能の船団で我々の海域に侵入している。このままだと、彼らは広島、あるいは呉へ到達する。都市に突然現れたら、パニックは避けられない。……」
議長が重々しく口を開いた。
「陸上自衛隊への派遣要請は必須です。ただちに沿岸部の警備を固める必要がある。しかし、最大の問題は『彼らをどこに上陸させるか』そして『武装解除した後にどこへ収容するか』です…」
指揮所の空気が一層重くなる。考えも価値観も違うであろう三万人の軍隊を、現代日本のどこへ収容できるのか…
「西日本、特に広島や山口の旧軍港施設を活用するのはどうだ」
海上幕僚長が提案する。
「呉や江田島であれば、彼らにとっても縁の深い場所だ。心理的抵抗も少ないだろう」
「しかし、一点集中は危険です」
陸上幕僚長がすかさず反論する。
「三万人もの旧帝国陸海軍が一度に同じ場所に集まれば、何かのきっかけで旧来の組織体系が復活し、自律的な軍事行動を取りかねない。武装解除したとしても、その結束力は脅威になり得ます…!」
沈黙が流れ、長官が顎を擦る。
「一点集中を避ける。……ならば、上陸後は速やかに分散させるしかないな」
「案を挙げます」
統合幕僚監部の幕僚が、スクリーンに映した。
「広島、呉で上陸をさせた後、直ちに陸上自衛隊が管轄する輸送トラック部隊を用いて、数日に分けて分散移動させる。一部は西日本の駐屯地へ。そして一部は、関東地方へ移動させ、首都圏の自衛隊支配下に置く。これにより、彼らの組織的な結束を分断し、監視を容易にする」
「関東へ移動……だと?」
長官が驚きの表情を見せる。
「三万人の旧軍兵士を関東へ?……市民の動揺をどう鎮める」
「国民の安全を最優先にし、彼らを武装解除した上で、自衛隊の厳重な監視下にある施設に収容するならば、彼らもその命令に従う可能性があります。何より、彼らを地方に隔離するよりも、政府の目が届く場所に置く方が、安全保障上は好ましいのではないでしょうか…」
幕僚の意見は割れた。三万人を分散させるか、あるいは監視下にある特定の場所に閉じ込めるか。
「……決定する」
長官の声に、指揮所内の全員の視線が集まる。
「三万人の将兵は、まず呉にて上陸させ、武装を解除。その後、陸上自衛隊の監視下で西日本各駐屯地、および関東地方の関連施設へ分散収容する。……この件は秘密事項だ…国民には隠し通さねばならない、彼らの抵抗も予想されるが鎮圧するしかないだろう…」
世界の終焉が迫る前日、早くも混乱状態になる自衛隊…
突如現れた旧日本陸海軍は何の為に…時を超えて現れたのか…!
・海上護衛隊…
日本海軍が太平洋戦争中の1943年11月に設置した、商船の安全航行と対潜作戦を専門に行う、連合艦隊の指揮下から独立し、南方資源地帯からの物資輸送船団を米潜水艦から守るため、構成された部隊です。
※作中…戦艦金剛の幕僚たちは…『海上自衛隊』と名称を間違えて認識します…
・統合幕僚長…
陸・海・空自衛隊(制服組)のトップであり、防衛大臣の軍事専門的な補佐を一元的に行う最先任の自衛官です。




