『Encounters with the dead』
05:20
鹿屋航空基地
海上自衛隊鹿屋航空基地の滑走路に、哨戒を終えたP-3Cが降り立った。タイヤがアスファルトを叩く鋭い音と共に、機体は誘導路へと滑り込む。プロペラが停止する間も惜しむように、機長はハッチを駆け下りた。
「機密情報扱いだ。解析班、急げ!」
機長の声は上ずっていた。彼が手渡した記録媒体には、歴史という名の墓場を掘り返したような「異形」が記録されていた。
05:40 防衛庁市ヶ谷地区
市ヶ谷の地下、防衛庁中央指揮所。
日本全国のレーダー網と通信を統括するこの場所で、大型スクリーンに数枚の画像が投影された。深夜勤務の幕僚たちが、一瞬で凍り付いた。
そこに映っていたのは、最新鋭の赤外線カメラが捉えた「現実」だ。
• 異常な船体構造: 現代の流線型とは無縁の、無骨で直線的なシルエット。
• 濃密な黒煙: 石炭か質の悪い重油を無理やり燃焼させているような、現代の環境規制を嘲笑うかのような濃厚な噴煙。
• 深緑と灰色の塗装: 海上自衛隊のヘイズグレーではない。深緑、あるいは冷たい濃灰色。
「……拡大しろ。船首だ」
防衛庁長官の指示により、画像が極限までデジタルズームされる。そこには、錆びた鉄板に白ペンキで誇らしげに書かれた文字が、はっきりと刻まれていた。
『金華丸』『能登丸』『大井川丸』『帝洋丸』『勝川丸』
「……馬鹿な。あり得ん。これは何かの冗談か?」
一人の幹部が声を震わせた。
「長官。データベース照合、終了しました……。勝川丸、昭和19年、マリアナ沖にて潜水艦の雷撃を受け沈没。金華丸、同年、マニラ湾にて空襲により沈没。能登丸…オルモック湾にて空襲で撃沈…大井川丸、帝洋丸…昭和18年…ビスマルク海にて爆撃により沈没。……全隻海没しているか、解体されております…これらはすべて、六十年前の海の底にあるべき『残骸』です」
解析官が震える手で次のスライドに切り替えた。
FLIR(赤外線前方監視装置)による熱源探知画像。それは、船団の「正体」をよりおぞましいものへと変貌させた。
「…それに…見てください。甲板でごった返す、この夥しい人員の数を…」
画面上の輸送船は、まるで生き物の体内のようだった。
本来の収容人数を遥かに超え、密集した熱源の塊。一隻につき二千から三千。十五隻の船団全体で、**およそ三万人規模の「人間」**が、身動きも取れぬほどに密集して乗っている。
「……三万人!? これだけの人数が、どこから、どうやって!?」
「しかも長官…… これほどまでに過密する人員が、皆武装しているとしたら…由々しき事態ですよ…!……」
指揮所に沈黙が降りた。
歴史の中で沈んでいるはずの船。そして、そこにひしめく正体不明の数万の「人員」
この船団は単なる領海侵犯ではない。日本の理解を根底から覆す、論理の通用しない「侵略」だった。
06:00 護衛艦出撃命令:
接触への秒読み
「これ以上の接近は許さん。……もしこれが偽装された武装工作船なら、九州は戦場になりかねない…!最悪戦闘状態も覚悟せよ…!」
防衛庁長官は、震えるペンで命令書に署名した。
「佐世保地方隊、および第2護衛隊群に通達…周辺海域に展開する護衛艦『いそゆき』、そしてイージス艦『こんごう』を現場へ。海保の巡視船と連携し、厳戒態勢を敷け」
指令は一気に海を渡った。
静まり返った佐世保の基地で、突如として戦闘配置を告げるベルが鳴り響く。
現場へ向かう護衛艦『いそゆき』艦内
「目標、南南西より接近。速力15ノット。……信じられない。レーダーに映る艦影は、駆逐艦『若月』『島風』と一致。……繰り返す、目標は旧日本海軍の駆逐艦と思われます!」
オペレーターの絶叫が艦橋に響く。
現代の最新鋭兵器を身に纏った自衛官たちは、自分たちの「ルーツ」とも言える伝説の軍艦たちが、真正面から突っ込んでくるという悪夢に直面していた。
「……砲術長、対水上戦闘用意。ただし、発砲は私の命令を待て」
艦長は冷汗を拭った。
「相手は、我々の祖父の世代かもしれないんだ。……あるいは、それ以上の『何か』か…」
07:25 九州南西海域
水平線から覗く黎明の光が、海面に銀色の筋を引く。
海上自衛隊の護衛艦**『いそゆき』、そしてイージス艦『こんごう』**のブリッジでは、全乗員が余りの光景に言葉を失っていた。
P-3Cからの報告、解析された写真。それらで覚悟していたはずの「異常」は、実物を前にして脆くも崩れ去る。
「艦長! 前方船団の右翼、濃霧の中から巨大な熱源が急速接近! ……報告にありません、16隻目です!」
『いそゆき』のCIC(戦闘指揮所)に、悲鳴に近い報告が響いた。
光学カメラがその巨影を捉えた瞬間、モニターを見ていた幹部たちが一斉に立ち上がった。
「……嘘だろ。あり得ん……あんなものが、浮いているはずがない」
そこにいたのは、輸送船を護衛するように現れた、二つの巨大なパゴダ・マストを持つ超弩級戦艦――『金剛』――だった。
かつてサマール沖海戦を駆け抜け、台湾海峡の藻屑となったはずの巨艦が、四基の主砲塔を誇示するように波を蹴立てている。ボイラーからは黒い煙が立ち昇り、その喫水線は兵員と物資の重みで限界まで沈み込んでいた。
「『いそゆき』より各艦! 16隻目を確認! 艦種、戦艦『金剛』級! 繰り返す、目標は戦艦だ!」
現代のイージス艦『こんごう』と同名を持つ、かつての武勲艦。
六十年の時を超えて「名前」が並び立つという狂気的な状況に、イージス艦側のオペレーターたちは、引き金にかける指を震わせた。
一方、旧陸海軍軍船団の甲板では、さらに凄まじい動揺が走っていた。
三万人を超える、黄泉還った日本兵たちの目に飛び込んできたのは、自分たちが知る「軍艦」の概念を根底から覆す**「異形の艦」**だった。
「なんだアレは……。新型駆逐艦か? 敵の欺瞞工作か!?」
駆逐艦『若月』の甲板で、陸兵たちが三八式歩兵銃を構え、震える手で『こんごう』を指差す。
彼らの目には、艦橋に巨大な「八角形の板」を貼り付け、煙突もマストも洗練されすぎたイージス艦は、同じ国のものとは思えない異形に見えていた。
『こんごう』のメインマストに翻る十六条の旭日旗。
それを見た兵士たちは、歓喜よりも先に、激しい混乱に陥った。
「軍艦旗だ! 間違いない、我が海軍の旗だ! だが、あんな艦は見たこともないぞ! 帝国海軍に、あんなのっぺらした艦があるものか!」
「……待て、あいつら……大砲がないぞ!? 艦橋の前に一本、申し訳程度に付いているだけだ……。あんなものでどうやって戦うんだ?」
『還らなくては…早く…還らなくちゃ…!』
「テメェは黙っていろ…!」
彼らは知らない。目の前の「灰色の城」が、一隻でかつての連合艦隊全軍を壊滅させうる火力を秘めていることを。
ただ、自分たちが護ろうとした「日本」の旗を掲げながら、見たこともない異形の姿で立ち塞がる『こんごう』『いそゆき』 に対し、兵士たちは本能的な恐怖と、同胞への猜疑心、動揺に揺れます…
現代側の苦悶:撃つべきか、救うべきか
『こんごう』の艦橋では、艦長が苦渋に満ちた表情で双眼鏡を覗き込んでいた。
レンズ越しに見えるのは、錆び付いた甲板にひしめき合う、自分たちと同じ顔をした、若き日本人たちの姿だ。
「これは…幻か…一体我々はどうするべきなんだろうか…」




