『 Confusion of the Dead 』未知との遭遇による混乱…
ほぼ同時刻…
共に航行する…駆逐艦『若月』 『島風』 『沖波』の甲板、艦内でも、かつてない異常事態の直面に
『痛い!…押すなッ…バカヤロー!』
『おーい!誰か状況を教えろ!』
『マニラの路地でやられたのに…何故こんなトコに…』
『マニラ…アンタらはフィリピンか…俺たちゃ…サイパンだ…!』
と怒号と混乱の渦中にあった。
暗く沈んだ計器類、窓の外に広がる見たこともないほど澄んだ、しかし不気味なほどに静かな夜の海…
そんな中…
『アンタらは…何も覚えていないのか?…自分でも分からん感覚だが…長い間眠っていたような、すぐ目覚めたような、何かに呼ばれたような不思議な感覚だ…』
「い…いきなり、何を言いだすんだ…w 俺たちゃ靖國に行くんだよ…w」
別の艦でも…
『戻らなくては…どういう訳なのか分からんが…感じる…内地が、日本が危ない…!我らは今すぐに還らなくてはいけない…!大変な事になる…!』
「おい…気でもおかしくしたのか?w」
「教祖様じゃあるまいし…気味悪い…w 」
…というように、夥しい人数がひしめく中、奇妙な事を口走る者が現れます…
そんな中、防空駆逐艦『若月』では、艦橋に詰めかけた士官たち、水雷長や砲術長の顔は、驚愕と恐怖で青ざめていた。
「鈴木艦長……! 駄目です、やはり舵が全く効きません! どの艦も通信機能皆無…機関の減速すら受け付けない状態です!…唯一『金剛』から『ワレ傾斜十八度。速力二十節ナルモ、操舵全ク自由ナラズ。コノママ前方船団ニ合流セントス』と電文を受けましたが…視認出来ません…!」
航海長が、手応えのない舵輪を必死に回しながら絶叫した。テレグラフ(速力指示機)は「前進全速」を指したまま固着し、伝声管からは機関室の応答の代わりに、歓喜や不安が入り混じる多数の声が低い振動音が返ってくるのみだった。
「……鈴木艦長、手旗信号によるやり取りを確認しました。隣を行く『島風』 『沖波 (おきなみ) 』、そして二等輸送艦も、そして前方の輸送船団も同様です。全艦、制御を失っています…そして、先程通信を受け取った『金剛』と思しき艦も、機関故障及び制御不能のようです…我々は一体……何処へ向かっているというのでしょうか……!」
水雷長が窓の外を指差す。そこには、世界最速を誇った駆逐艦『島風』が、並走していた。本来、レイテ島多号作戦において、米軍機の猛攻を受け、共に炎上沈没したはずの僚艦。そして…まだ姿すら見えない南東から合流しようとする戦艦『金剛』と思しき艦…
「今は、天に召されている最中なのだろうか……我々は…米艦載機の攻撃で船団諸共壊滅した…確かに戦死した……」
鈴木艦長は、震える手で双眼鏡を握りしめた…
「空襲によって撃沈され……艦諸共、水に浸かったのを覚えているだろう! あの瞬間を……全員が経験したはずだ!」
その言葉に、砲術長が言葉を失い、自身の胸元を触った。破片で抉られたはずの軍服は新品同様で、痛みすら消えている。だが、その「生」の感覚こそが、この状況の異常さを際立たせていた…
さらに、彼らを戦慄させたのは艦の状態そのものだった…
「……それだけではありません。艦長、見てください、あの甲板を。」
砲術長が双眼鏡を向けた先――本来、機銃座や魚雷発射管が整然と並んでいるはずの駆逐艦の甲板が、夥しい数の「陸兵」で埋め尽くされていた。
「本来、我が艦にこれほどの陸戦隊や歩兵が乗っているはずがありません! 艦内も同じです。通路から居住区、果ては砲塔の隙間に至るまで、見知らぬ陸兵たちがひしめき合っていて、移動することさえ出来ません!」
駆逐艦の定員は約300名。しかし今、そこには千人を軽く超えると思われる兵士たちが、まるで何かに吸い寄せられるようにして甲板に立ち尽くしていた。彼らは互いの肩を掴み、泣き、笑い、再会を喜び合っている。
そうした空気であった次の瞬間…
AM 04:30 突然の遭遇…
「てッ、敵機発見ッ! 敵機来襲ッ!!」
『若月』では艦橋上部、見張り員の喉を引き裂くような叫びが響き渡った瞬間、艦内は爆発的なパニックに包まれた。
「対空戦闘用意ッ! 面舵いっぱい!回避に備えよ…!」
砲術長が怒号を飛ばすが、それは物理的に不可能な命令だった。制御が全く出来ず、甲板上には、本来の乗員を遥かに上回る数千人の陸兵が、身動きも取れぬほど密集している。
「押すな!」
「どけッ!」
「伏せろ!」
「出してくれッ!」
という悲鳴と怒号が重なり合い、将兵たちは右往左往しようとするが、一歩動くことさえままならない。
「艦長、駄目です! 兵員が多すぎて射界が取れません! 弾薬庫への通路も陸兵で塞がっていますッ!」
水雷長が顔を歪めて報告する。船倉にいた陸兵たちは、空襲という死の恐怖に突き動かされ、狭いハッチから一斉に這い出そうと狂乱状態に陥っていた。
そんな混乱の最中、各駆逐艦で臨機応変に動いたのは、乗組員ではなく…偶然にも九六式二十五粍三連装機銃の傍らに座り込んでいた海軍陸戦隊や陸軍の兵士たちだった。
「どけッ!道を開けろ… 邪魔をするなッ!」
彼らは混乱する他の陸兵を突き飛ばし、手慣れた手つきで機銃座に飛び乗った。本来の機銃員ではないが、戦地で叩き込まれた身体が勝手に動く。
「旋回ハンドル、回せ! 急げッ! 敵機を見失うな!」
上空約350メートル。その「不明機」が、翼を大きく傾けながら『若月』の真上を旋回した。
現代の対潜哨戒機P-3C。プロペラ機でありながら、ジェットエンジンの出力を併せ持つその速度と静粛性は、将兵たちの想像を絶する代物だった。
「……なんだアレは。B-17じゃないぞ……」
25ミリ機銃が、今まさに射撃を開始しようとしたその瞬間。
「待てッ!! 撃つなッ!! 中止だ、射撃中止ッ!!」
双眼鏡を覗き込んでいた見張り員の、先ほどとは正反対の、震えるような叫びが甲板に響き渡った。
「日の丸だッ……! 主翼に、日の丸が見える! 味方だぞッ! 友軍の新型機だッ!!」
その一言が、各艦に乗り合わせる数万を超える将兵たちを安堵させた…
全員が空を仰ぐ。眩いばかりの純白の機体、その尾翼には、確かに「日の丸」が描かれていた。
「本当だっ!……でも、あんなの見た事ない…本当に、日本の飛行機なのか……?」
「でも…見ろ! 確かに…日の丸がある! 敵じゃない、友軍機だッ!助かった…w」
『皆んな呼ばれ…還ってきたんだ…日本があぶ…』
「この野郎!いい加減にしろッ!黙らんかッ!」
しかし、艦橋でP-3Cを見つめ続けていた鈴木艦長の顔だけは、険しく強張っていた。
「あの音……あの速度……。あれは本当に、我が軍の技術で作られた機体なのか?……海軍でも陸軍機でも見たことない上、陸攻や銀河とはえらい違いだ…」
「……艦長、様子が変です。」
水雷長が苦しげに呟いた。
旋回を続けるP-3Cは、将兵たちが期待する「友軍の儀礼」を一切見せなかった。かつての空で見上げた陸海軍の航空機ならば、地上や海上の友軍に対し、翼を左右に振る「バンク」で応答し、健闘を称え合ったはずだ。
だが、頭上の白銀の機体は、ただ、機首の横にある黒い窓が、冷徹な瞳のようにこちらを観察しているだけだった。
やがて、P-3Cのエンジン音が一段と高く響き渡った。
機体は大きくバンクを切ると、船団を追い越すように加速し、彼らが目指しているはずの北北東の方角へと機首を向けた。
「あ……っ! 帰っていくぞ!」
「待て! 行かないでくれ! 俺たちを置いていくのかッ!?」
甲板から、悲痛な叫びが上がる。
翼を振ることも、通信筒を落とすこともなく、その新型機は圧倒的な速度で遠ざかっていく。プロペラ機とは思えない加速力で、白銀の尾翼に刻まれた日の丸が、みるみるうちに小さくなっていき、
見えなくなっていく…
「……何故だ。何故、一言の合図も、一通の激励もない……。」
砲術長が、力なく双眼鏡を下ろした。彼らの記憶にある「日本陸海軍」のパイロットならば、友軍の船団を前にして、これほど冷淡に背を向けるはずがなかった…
しかし…それ以上に艦橋内の艦長たち、甲板、船内の兵たちが疑問に思ったのは…「陸海、様々な場で斃れたはずの自分達が此処にいる事…果たして…自分らは生きているのか、それとも魂だけの存在なのか…一体何処に向かっているのか…」という事であった…
・日本海軍陸戦隊…
日本海軍が編成した、海軍でありながら陸軍兵のような陸上戦闘を行う…海軍の兵科のこと…
・96式25粍単連装及び、三連装機銃…
日本海軍の艦艇に最も多く搭載された主力対空機銃で、
25mm口径の銃身を3本束ねたもので、飛来する敵機を迎え撃ちます。
・バンク…
翼を大きく振って合図を送る行為…
・B17…
アメリカのボーイング社が開発した大型の四発重爆撃機で、非常に頑丈で、多数の機銃を備えていました。日本海軍の戦闘機乗りにとっては、落とすのが非常に困難な強敵でした…※今作中では、同じく四発である事からP-3をこの機と誤認します…
・陸攻…
「陸上攻撃機」の略称です。航空母艦からではなく、陸上の基地から発進する海軍の爆撃機を指し…九六式陸攻や一式陸攻の事…
・銀河…
海軍の爆撃機「銀河」のこと…
爆撃機でありながら、当時の戦闘機に匹敵するほどの高速(時速500km以上)を誇り陸攻よりも小型でスリムな機体で、急降下爆撃や魚雷攻撃もこなせる万能機として期待された…




