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それは唐突なことだった

「私、彼氏出来たんだぁ」


「え」


2つ上の幼馴染。

純恋(すみれ)ちゃんは、衝撃の言葉をなんてことないように、ふらっと軽い口調で口にした。


声を上げたのは、俺ではない。

俺のもう一人の幼馴染であり、純恋ちゃんの妹である琴葉の声だった。

俺が思わず声を漏らしかけた前に、コイツが割と大きな声で驚きを露わにしたので、代わりに俺は冷静になって、喉奥に引っ込めた。


ああ、じゃあ俺はなんて返そう。黙っているのは、あまり自然ではないだろう。


だけど自分の感情の整理が追いつかずに、俺は適当な言葉がなかなか浮かんでこない。


「それは、えっと……おめでとう、」


「えへへ。ありがとう、みーくん」


純恋ちゃんは、おっとりと上品に笑う。

俺は上手く笑えていただろうか。


「お姉ちゃん、ちょっとっ、どういうこと?」


琴葉はまだ冷静になれない様子で、純恋ちゃんに詰め寄っている。そんな妹の様子にも臆さず、というよりは気にせず、純恋ちゃんはいつものペースで微笑むだけ。


「誰?」


「真柴くん」


「真柴センパイ?」


「うんっ」


純恋ちゃんがこくんと頷いた。


真柴先輩……ああ、なるほど。

純恋ちゃんと同級生だ。


あまり目立つタイプではないが、物腰柔らかで優しく温厚な人。今は卒業してしまったが、俺は生徒会で真柴先輩と一緒だった。

多分、あの人を悪く言う人は居ないだろうなという、ぽかぽかしたお日様みたいな人だった。


おっとりしている純恋ちゃんとは、相性が良いんだろう。

いつかこうなる気はしていた。


2人を見送った高校の卒業式の翌日に、純恋ちゃんの口からそんな報告を聞くとは、予想していなかったけれど。

卒業式、だからか。

もう会えなくなると思ったからなのか。


「真柴先輩の方から?」


「……うん」


思った通りだ。

いつか来ると思っていて待っていた日は、結局2人が高校在学中には無くて。

だからもう無いのかと思って少しホッとしていたら、最後の最後で決定打をかまされてしまった。


俺は自覚した痛みに、知らないフリをした。


純恋ちゃんが真柴先輩と付き合い始めたせいで知った自分の気持ちに、俺は知らないフリをしたんだ。


「…やるな、真柴先輩。かっけぇ」


それは、紛れもなく本心だった。

2人を祝福しているのも、本当だった。


所詮、俺はハッキリしない男だった。

ずっと臆病風に吹かれていた。


俺には出来ないままだった……、

誰かに告白するという行為をしたこと自体、俺は真柴先輩を心から尊敬した。


「うん、ありがとうみーくん」


俺の祝福の言葉に、純恋ちゃんは微笑んだ。

カスミソウのように、控えめながらかわいらしいと思わせる笑みだった。

清純な白のそれが、純恋ちゃんにはよく似合うだろう。


電車が来た。

純恋ちゃんは、手にスーツケースを持っている。


高校の卒業式の翌日、それは純恋ちゃんが遠くの大学で新生活を始める日でもあった。


だからこそ、驚いた。


地元に残る真柴先輩とは遠距離になるのに、すぐに純恋ちゃんが決断できたというのも。


しかも、それを、こんな俺たちとの別れの際で言い出した純恋ちゃんだ。真柴先輩と付き合い出したことを、大した報告だと捉えていないことも。


真柴先輩との付き合いを軽く捉えているからではない。俺たちへの報告を、重要なことと思っていないからだ。


最初から、俺は意識すらされていなかった。

この人にとって、弟なのだ。


高校に入って、同じ学校に1年一緒に居て、何か変わるだろうかと思ったが、やはり変わらなかった。


でも、それは俺の問題なのだ。

中学を経て、俺は自分の気持ちの変化に戸惑った。

それが宙ぶらりんなまま、ここまで来てしまったのだから。


これは、必然だったのかもしれない。



「じゃあね、2人とも。見送りありがとう。また夏に帰ってくるからね」


バイバイと。雪肌の白い手が、群青の広大なキャンバスで大きく揺れた。雲1つない晴天で、眩しかった。


純恋ちゃんの背を見送る。

ゴロゴロと転がるアスファルトの上。スーツケースの車輪。

やがて遠ざかって、プシュ、と空気の抜けるような音ともに、純恋ちゃんを乗せた電車は動き出した。


「……み、雅」


「何だよ」


俺の腐れ縁は、わたわたと俺から視線を外したり、かと思ったら、見つめたり。

大体は勝気で殊勝なコイツが、珍しく狼狽えていた。


どうして俺より動揺してんだと思ったが、俺のせいなのは分かっているので、何も言えなかった。


「………あの、さ。私も、今知ったんだよ、黙ってたりしてないよ……」


「知ってる」


そんな器用なヤツじゃないんだ、コイツ。


「………雅、……わたし、」


「今日は」


俺は、笑った。


ああ、何でだろうか。

俺は本日をもって失恋したわけだが、その分少し気持ちが軽くなっていた。


軽くなったのは、コイツのおかげで。


でもやっぱり、まだ痛むままなのは、コイツのせいなのだ。


俺は、もう一度笑った。

いいや、今日は。

純恋ちゃんへの失恋に甘んじて、今日くらいは楽になろう。


「ラーメンが食いたいな。……チャーシューたっぷりの」


「は、はぁ…?私、女子なんだけど。女子にラーメン付き合わせるとか、ちょっとどうなの」


「チャーハンも食いてぇわ」


「ちょっと!私の懐がまた寂しくなるじゃない!」


「ははっ」


奢る前提なのが、コイツらしいと思った。

ちなみに彼女の懐がすぐに寂しくなるのは、服やらコスメならで散財しているからであって、俺のせいであったことは未だかつてない。

いつも寄ってたかられるのは、俺の方なんだ。


たまには返してもらわないと、割に合わない。


「アイスも食いたい」


「太るわよ」


「お前はな」


「死ね」


はは、と微かに笑う。


結局は嫌味の応酬に落ち着くのだが、まあ今日は。


それも悪くないと思った。












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