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失恋の傷を抉るのはお得意芸

「いつものこれでいいのか?」

俺は近くのコンビニで買ってきたプリンとスプーンを幼馴染の春川琴葉に手渡した。いや、献上したと言うべきか。


琴葉は満足そうに頷き、「うむ苦しゅうない」とどこぞのお姫様気取りだ。顔がすこぶる良いので、これまた妙に決まっている。

だがそれ以上にプリン1つで喜ぶような、無邪気な子供らしさがそこに潜んでいた。


すっかり大人っぽくなってしまったこの女からそんな表情が出てきて、パシられた文句でも言おうかと思っていた俺の言葉は、喉の奥に引っ込んでしまう。

……ああ、実に。顔だけはいいからな。どうしてか、たまに俺は弱い。


ぺりり、とプリンの蓋を剥がして、プリンをスプーンで掬う琴葉。それを咥えて彼女は頰を落としながら、俺に対しては唇を尖らせた。


「それで雅。いきなり私にあんなことして反省はした?」

「……悪かった」


俺はバツの悪い顔を浮かべる他なかった。そんな弱腰の俺に、琴葉はニヤニヤしているが、甘んじて受け入れるしかなかった。


あんなこと、というのはつい10分ほど前のこと。


琴葉の姉である純恋ちゃんに長年想いを寄せていたものの、最近純恋ちゃんに彼氏が出来てあっさり失恋した俺。

今日の琴葉はその傷に容赦なく触れてくる上に、俺のデリケートな部分を揶揄ってきたので、つい反撃してしまった。


具体的には、ベッドに押し倒してしまった。


いや、断じてそういう色恋沙汰の雰囲気ではなかった。ただおしゃべりで口が減らないコイツに、俺の話をよく聞かせるために、そういう手法を取っただけだ。話の主導権を握りたかったとでも、言うべきか。


だが、それはただ今鑑みると、自分でも思う。ああ、やりすぎだった。衝動的な部分を否定できない。

冷静さに欠けた行動をしてしまった時点で、俺が完全に悪かった。


琴葉はプリンに夢中で、その蕩けるような舌触りにうっとりしていた。ゆえに、プリンのカップの底をつつきながら、まったく威厳のない顔で言った。


「雅、言っておくけど、私たち今は付き合ってないからね?」

「はい」

「付き合ってない男子から押し倒されたって、私が誰かに泣きついて問題になっても、雅は文句言えないんだからね?」

「まったくその通りで」


もちろん、琴葉以外にはあんなことをしようとは思わない。では何故琴葉にはしてしまったのかと言えば、ある種の楽観的な気楽さからだった。


幼馴染だから、元カノだから……

そういう「許された部分」に俺は甘えていたのだと思う、無意識のうちに。


「まあ、それはいいけど」


琴葉はどうでも良さそうに言って、食べ終わったプリンのカップをテーブルの上に置いた。

どうでも良くはないと思う……こうして問題にしない態度が、俺を増長させているのだとは思わないのだろうか、この幼馴染。


と思えば、いやはやそれは間違いだった。


ベッドに腰掛けている琴葉は、足の指で俺の膝をちょんちょんと攻撃して、誘うように自分の方へと向かせた。

床に座っている俺が見上げると、琴葉はスマホの埋まった手で、ひらひらとそれを揺らした。

この上なく、大変意地の悪い笑みだ。


「ねー、雅。一緒にお姉ちゃんと彼氏の旅行の写真でも見よ?」

「悪魔か」


何だ、この幼馴染は怒ってるのだろうかやっぱり。純恋ちゃんとその彼氏がきゃっきゃうふふしている写真をこの失恋したばかりの俺に見せるという、悪魔的所業を提案してくるあたり。


「……いや、見ない」


俺は眉根を寄せた。渋い顔をしていたことだろう。

さりとて、こちらも自らコイツのおもちゃになりに行くつもりはなかった。

どうせ分かっている。

仲が良さそうな純恋ちゃんと彼氏の写真を見て、微妙な表情になっている俺で琴葉は笑い転げる予定なんだろう。

さあ、誰がそんな無様な真似を晒すか。


「駄目でしょ雅、嫌なことから逃げてばかりの人生でいいの?」

「話が発展しすぎだろ!そんな壮大な話か!」


こ、コイツ……まるで俺が嫌なことから逃げてばかりの人生を送ってきたとでも言ってるのか。

そんなことはまったくないのに、酷い言われようだ。


そして、何て暴論な誘導なんだ。

「逃げて」などいない。純恋ちゃんに彼氏が出来たことで、コレは既に終わってしまったことなのだ。

そもそも俺の側に選択する余地も、必要もなくなってしまったことに対して、「逃げる」とは言わないだろう。

俺がその写真を見ない、は「逃げ」ではなく、ただの「選択」でしかない。


「雅ー。ダメダメ。ちゃんと自分の失恋を目に焼きつけなくちゃ」

「だから悪魔かお前は」


人の心とかないの?


「でもね、今日は雅に拒否権ないでしょ?ちゃーんと、私の言うこと聞かなくちゃ……」

「ぐっ……」


ニヤリ。琴葉は口の端を釣り上げて、勝ちを確信した笑みだ。

そうだ。既に色々とやらかしてしまった俺にそもそも選択の余地などなかったのだ。琴葉は俺に提案をしていたのではなく、写真を見ることは、彼女の中では恐らく決定事項だったのだろう。


……そこまでして俺の傷を抉りたいのか。


「はあ、分かった。ならいっそ一思いにやってくれ」

「いや。じっくり見よ?」

「鬼か」


すぐに終わらせてくれ、と暗に言ったのだが、それはあっけなく拒否された模様。

まさかじっくりことこと、俺に純恋ちゃんと彼氏の写真を網膜に焼き付けさせるつもりなのだろうか。嘘だよな。俺のこと嫌いだろもうコレ。


「ほら、来て?」

「分かったよ」


自分の隣をぽんぽんと叩いて、俺を呼ぶ琴葉。俺は観念して、その指定された場所に収まった。


ベッドの沈んだ感触とともに、幼馴染の横顔がぐっと近付いた。これで何とも思わないほど、俺はこの幼馴染に対して捻くれすぎてはいないし、自分の気持ちにわざわざ嘘をつこうとはならない。


つまり何が言いたいかというと……まあ、そうだな。こうも顔が良いと、こちらの感情を振り回してくるから、厄介だ。


俺が幼馴染の横顔を観察していると、琴葉がちょっと肩を揺らした。チラリ、と俺を見て、2人の目が合った。


しかしすぐに琴葉がそらした。何でもないふうを装って、スマホに目線を落とした。

が、少し目が泳いでいた。


「ねぇ、ち、近くない……?」

「……そうか?」


俺は琴葉が指定した位置に素直に座ったのだが、何やら琴葉の方はそれに不満があるらしい。なら、最初から俺のことなどベッドの端にでも座らせておけばいいのに。わざわざすぐ隣に呼ぶから。


ああ、違うな。不満というか、あれだな……。


なんというか、今更すぎる。


「……幼馴染の俺相手に未だに緊張する琴ちゃん、うける」

「なっ、だから、琴ちゃん言うな!あと自意識過剰だし!は、はあっ?何で私が雅相手に緊張しなきゃいけないのよ」

「おう。じゃあ、俺はこのままでいいのか」

「…………」


俺が大人げなくそんなことを言うと、琴葉には無言で睨まれた。耳が赤くなってるせいで、その戦闘力は激落ちしているというのは、うん黙っておこう。

揶揄いと喧嘩の火種は、きちんと区別しなくてはならない。長年の勘がそう告げている。


彼女が、幼馴染であり元カレでもある俺にですら緊張してしまうほどの、男慣れしていない女子だと言うのは、彼女の名誉のために黙っておこう。


……その反応自体は、俺とて可愛いと思うのだ。いくら普段は嫌味の応酬ばかりしている相手とは言え。


ただそのせいで生まれる妙な空気感の扱いには、困るのだ。どうしたらいいのか、分からなくなる。

彼女がどうしたいのかも分からないし、俺自身がどうしたいのかも分からなくなる。


結果、彼女を揶揄うことでしか解消されなくなるのだから、またこれが困ったことになるのだ。


俺は彼女に言われた通り、元々空いていた消しゴム1つ分くらいの距離を2つ分にした。

彼女が俺との距離が気になるというなら、別に俺としては離れたって構わない。


「……はいよ、分かってるから。これくらいか」

「………別に、雅相手になんか緊張しない」

「分かってる」

「本当に違うもんっ」


俺は琴葉の言葉を否定したつもりではなく、どちらでもいいと思っていたのに、彼女は違う意味に捉えたらしい。慣れ親しんだ俺なんか相手に緊張していると、俺にまだ思われているのだと解釈して、むきになっていた。


ベッドの沈みが、一瞬ふわりと消えた。

俺が離れた分の距離よりも、さらに多いだけの距離。

ぽんっ、とベッドの沈みが元に戻って、彼女は俺のすぐ隣に飛び移っていた。


俺の顔を覗き込むようにして、琴葉の髪がぱさりと何房か揺れ、彼女の腕を流れた。

ふん、と鼻を鳴らすように、得意気な顔。


「ね?私、ぜーんぜん平気だから」

「負けず嫌いだな……」


俺は苦笑した。そんなことを言いつつ、さきほどよりも彼女の耳が赤くなっているというのは、黙っておこう。


しかし、俺のターンもここで終わりのようだ。

琴葉はスマホをさっとスクロールして、俺の鼻先に突きつけた。ほら見ろこの紋所が目に入らぬか、と強硬な姿勢だ。


「じゃあ、雅。可哀想に。心の準備はできてる?」

「可哀想と思うなら、今すぐやめてくれるか」

「えへへ、やーだ」


こんなときだけ、ちろっと舌を出して可愛らしい声を出してくる堕天使こと俺の幼馴染。

慰めてくれるどころか、追い打ちをかけてくる無慈悲なこの幼馴染を持ってしまったのが、運の尽きだ。


「じゃあ、1枚目!まずは浴衣姿で旅館の部屋をイチャついてるお姉ちゃんと彼氏を見てみよっか!」

「お前は鬼畜か」


飛ばしすぎだろ、ふざけるな?



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