⑥勝負の行方
眩しすぎる光が、剣先に反射して目を刺した。
レナードはまぶしさを振り払うように瞬きをし、息を吐いた。白砂の地面に、金属の音が乾いた空気を切り裂く。
「……公爵様。剣を握る前に、気持ちを落ち着かせな」
「指図は無用です」
「へぇ、そうかよ」
グレイは刃を潰した剣を片腕で軽く構え、肩を回す。その動作は無駄がなく、どこか余裕が滲んでいるように見えた。
その見下ろされているような感じが、レナードには癪で仕方がない。
(また……そうやって、私を子ども扱いする)
呼吸を整え、剣を構え直す。
刹那、空気が震えるような打ち合いが始まった。
金属が擦れ、火花が飛ぶ。
レナードの剣を、グレイは片腕で確実に受け止めた。腕にずしりと衝撃が響き、歯を食いしばる。間合いを詰め、切り上げ、突きを続ける。動きを止めたら押し負ける。
――読まれている。
グレイの体は微動だにせず、わずかな体重移動だけで刃をいなす。砂煙が舞い、足跡が重なり合うたび、視線と呼吸がぶつかり合った。
「本気、出してください」
「ハッ、出してんだろ」
「貴方は、その程度ではないでしょう」
「……へぇ」
その一言が、静かな導火線に火を点けた。
グレイの表情が変わり、彼の金色の瞳がより鋭く光る。口元からは笑みが消え、剣の角度が僅かに下がった。
瞬間、空気が張り詰め、風の音さえ止んだ。
レナードが瞬きひとつした時、捉えていたグレイの姿が目の前から掻き消えていた。
我に返った瞬間、構えた剣にグレイの剣が弾けるようにぶつかり、連続する金属音が訓練場に響き渡る。
レナードは必死に食い下がった。
刃が閃き、影が交錯する。
だが、グレイの動きは速すぎた。半歩退くたび、空を切る刃が頬をかすめた。その一撃一撃が、まるで別の生き物に攻撃してくるようだった。
「……これが、本気ですか」
「違ぇよ。まだ呼吸合わせてるだけだ」
その言葉と同時に、グレイの剣が淡い光を帯びた。
――オーラ。
それは、長年の鍛錬で身にまとう【戦気】だ。生命と魔力の流れをひとつに束ね、体の芯から刃先までを繋ぐ。
彼の呼吸に合わせ、空気が振動した。
刃の縁に光を走り、砂塵の中に残像を描く──その美しさに、目を奪われてしまう。直後、目では追いきれない一閃が走る。
見惚れていて、動けなかった。オーラを纏った剣に訓練用の剣が耐えられるはずもなく、レナードの手元で剣が粉々に砕け散った。
その衝撃で、刃の欠片がレナードの肩にぶつかる。
「痛っ……!」
「何やって……! おい、レナード!」
よろめく身体を、グレイの腕が受け止める。支えてくれた片腕は、驚くほど強かった。
荒々しい息が伝わるほどの距離に、レナードはわずかに息を呑んだ。
「──の、馬鹿! 何でオーラを使わねぇんだよ、お前!」
「……こうでもしないと、片腕になった貴方の実力が図れませんでしたから」
「俺は、お前の訓練相手にでもなってやろうかとしたんだよ!」
「いつもそうです。……貴方はそうやって、私を子供扱いしてばかりだ」
グレイの手が、レナードの血を拭った。
服の上から触れてくる指先が熱い。無言のまま、視線が絡まる。
その距離は、呼吸ひとつで崩れてしまいそうだった。
「……血、出てるな」
「平気です」
「嘘つけ。痛くて堪りません、手当てをお願いしますって顔に書いてあんぞ」
グレイの笑い声がそばで落ちる。戦場でも、その笑い声だけは呑まれることがなかった。おかげで、どんな状況に陥っても、暗い闇へ沈んでいくことはなかった。
こんなにも近くで、誰かの体温を感じることに――慣れていない。
胸の奥がざわつき、息が浅くなる。
「おい、公爵様。そんな物欲しそうな顔すんな。……俺まで変な気分になる」
なぜそんなことを言うのか。
なぜ、こんなふうに揺さぶってくるのか。
「──っ! 貴方という人は、どうして……」
「どうして、何だ?」
「……私を惑わせるんですか」
言ってしまった瞬間、顔が熱くなった。
自分でも、こんなことを口走ってしまうとは思わなかった。その言葉を聞いたグレイの目が、わずかに揺れた気がした。
理由まではわからない。
けれど、視線が絡んだ瞬間、胸の奥で何かが強く鳴った。
「……そりゃあ、お前が可愛いからだろ」
一瞬、世界が止まった。
鼓動が暴れ、呼吸ができない。
「……ふざけているのですか」
「ふざけちゃいねぇさ」
レナードの低い声がグレイを責め立てるも、軽く受け流される。
次の言葉を放とうとするが、何も出てこなかった。拒む理由がなかったからだ。その間に、近づいてくる気配がして心臓が跳ねた。
逃げたいのに、逃げられなかった。
「俺がふざけるときは、もっと……わかるだろ?」
「……っ、言わなくていいです!」
震えた声は、否定の形を取りながら、どこかで受け止めてしまっていることを自覚する。
レナードは悪態をついて、軽口を叩く唇を乱暴に塞ぐ。
それこそ子供じみた行動と分かっていても、どうすることもできない自分を隠すように、口づけで誤魔化すしかなかった。




