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【BL】泥酔している間に愛人契約されていたんだが  作者: 暮田呉子


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6/7

⑤嫉妬の残り香

 翌朝――静かな光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしていた。昨夜の雨は上がり、窓にはいくつもの水滴がガラス玉のように輝いていた。

 グレイは枕元で伸びをしながら、ぼんやりと天井を見つめていた。

 体の節々が痛い。

 寝具が柔らかすぎるせいか、それとも――久しぶりだったせいか。


「……やっちまった」


 かすれた声が、余韻の残った室内に溶けていく。記憶はところどころ飛んでいる。

 だが、あの雨音の中で触れた温もりだけは、やけに鮮明に残っていた。


「……まあ、そういう契約なわけだし」


 頭をかきながら立ち上がり、上着を羽織る。窓を開けると、朝の冷たい風が頬を撫でた。

 ――そのとき、背後からノックの音。


「──入れ」


 今までとは違う声色が部屋に沈む。

 ドアが静かに開き、メイドがいつものように朝食をトレーに載せて運んできた。


「閣下から伝言です。本日は朝の稽古が終わりましたら、食堂で昼食を共に、とのことです」

「……共に、ねぇ」


 グレイは片眉を上げる。

 どうやら昨夜の嫉妬は、まだ冷めていないらしい。

 そう言うと、メイドは一歩だけ近づき、トレーに添えるように小さな封筒をそっと滑らせた。

 その動作はあまりに自然で、気づかない者なら見落とすだろう。

 だが、グレイは目を細めた。


「……わかった。行くって伝えておいてくれ」


 短く返し、彼女が去るのを待ってから、グレイは静かに封筒を指先でつまみ上げた。

 それから中の手紙を取り出して一瞥。ほんの短い報告だというのに、一瞬にして体の奥が冷えていく。


「……なるほどな」


 低く漏れた声は、笑っているのか怒っているのか判別できない。


「――やっぱり権力者ってやつは嫌いだ」


 紙が、くしゃりと音を立てる。

 グレイはそれを無造作にポケットへ押し込み、深く息を吐く。

 温かさの残るスープを啜れば、さっきまで胸の底に沈んでいたものが、少しだけ和らいだ気がした。


 ★★


 屋敷の庭園。

 陽光の中、笑い声が響いた。


「師匠、もう一回! もう一回!」


 無邪気な声が庭に響き渡る。

 木剣を握った少年が、銀髪の男に向かって突進した。


「おうおう、こいつは手強ぇぞ!」


 片腕の傭兵――グレイが軽く腰を落とし、少年の攻撃をひらりと避ける。

 すると、少年アレックスの木剣は空を切り、勢い余って転びそうになったところを、グレイの腕がすかさず支えた。


「っと。あぶねぇな、アレックス」

「グレイ師匠、ありがとう!」

「このぐらい朝飯前よ! この国で三番目くらいに強ぇからな」

「え、一番じゃないの?」

「一番は、公爵様だからな」

「この間は、叔父上より強いって言ったのにー!」

「あはは! そうだったな、じゃあ俺が一番だ! お前の師匠が国で一番強かったら、自慢できるもんな!」


 アレックスが笑い、木剣を振り上げる。その笑顔に釣られて、グレイも目尻を下げた。

 穏やかな声とともに、アレックスの頭をくしゃりと撫でる。陽気な日差しがふたりの間を照らし、笑い声が風に流れていった。



 そのやり取りを、遠くのバルコニーから見下ろしている者がいた。

 黒髪の青年――公爵レナード。

 涼しい顔をしているようで、手すりを握る指先には微かな力がこもっている。

 子どもの頃から誰に対しても冷静だった。

 怒りも嫉妬も無縁だと思っていたのに、グレイが屋敷に来てからというもの、感情の制御がまるでできていない。


「公爵閣下、何か心配ごとでも……?」


 傍らに控える侍従が小声で尋ねてくる。


「いえ、少し風に当たりたかっただけです」


 そう言い残し、バルコニーを離れる。

(どうして、あんなふうに笑うんですか。……私には見せてくれないくせに)

 気づけば、庭園の入り口に立っていた。

 木陰で、アレックスがグレイの横に座り込み、談笑している。

 そのとき、視界の端でグレイがこちらを見上げてきた。


「……おや、公爵様。朝っぱらからそんな顔してどうした?」

「何でもありません」

「また機嫌悪ぃな。何か嫌なことでもあったか?」

「いいえ。……貴方はずいぶんと楽しそうですね」


 自分でも信じられないほど、子どもじみた台詞だった。

 グレイが一瞬、目を瞬かせたあと、ふっと笑う。


「なんだよ、それ。拗ねてんのか?」

「拗ねてなど……いません」

「へぇ。じゃあなんだ、この眉の寄り方は」

「……見ないでください」

「ははっ! うちの公爵様は成長しても可愛いねぇ~」


 次の瞬間、レナードは顔を逸らした。

 頬が熱い、耳が熱い、何より胸の奥がぎゅっと締めつけられる。また子供扱いされたことが悔しくて、昨晩の出来事すら消えてしまいそうだ。


「……訓練場で、手合わせをお願いします」

「ん、今か?」

「ええ。手加減は不要です」


 静かに言い残して歩き出す背に、「ったく……素直じゃねぇな」というグレイの苦笑が追いかけてきた。


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