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訪問

 呼び鈴が鳴り、千宙が行ってみると、玄関には篠原碧が「ここで本当にいいのか」といった居心地に不安を見せるような感じで立っていた。身長も髪の長さ・色もどこにでもいそうな標準的な女子高校生という姿の篠原碧は、学校では物静かに文庫を読むから地味な文系女子に見えた。が、実のところは千宙の言葉にあったように発明で表彰されるくらいの理系であった。

 千宙の先導で、瑞穂の部屋に入った篠原碧は、横たわる瑞穂の眉間の様子に、口元を押さえて絶句した。

「こ、これは……? 結奈さん、どうなっているの?」

 青ざめた表情が千宙に問うた。が、

「どうなっているかが分からない。瑞穂が倒れて、身体から煙を出して、異常なくらいの熱が出て、その後は冷たくなった。まるで機械が壊れるみたいに……」

 篠原碧から視線を外して、言いにくいことをきちんと伝えようという姿勢を見せた。

「それで救急車は? どうして私を……?」

「医療じゃない気がする。それにこれだ」

 ベッドからあのタブレットを取り、篠原碧に渡す。

「瑞穂が倒れた時にどこからともなく現れた。そして起動音がしたきり動いてない。何か気になるんだよ。そこへちょうどお前から電話があった。お前ならこれが何なのか、ちゃんと動くようにしてくれるじゃないかって」

「それで私を」

 そう言いながら、タブレットの画面をタッチする。が、白色に光るそこが反応することはなかった。

「机使ってもいいかな」

 千宙の首肯を待って、篠原碧は瑞穂の机の上に鞄からノートパソコンを置き、起動させた。待ち受けの画面になるまでの時間で、篠原碧はタブレットを裏表、上下逆さまなどに全体像を凝視した。鞄からUSBケーブルを取り出して、パソコンとタブレットをつないだ。千宙にはわからない、何かしらのタイピングをしていく。

「何してんだ?」

「タブレットが見えないから、パソコン上で操作して中身が見えるようにしているの」

 エンターキーを何度か押すと、パソコンの画面が暗くなり、次の瞬間文字が現れた。「Integral」の文字が見えた。

「最初にこれが出て来たってことは、恐らくこれがこのタブレットのオペレーション・システムの名前みたいね」

 千宙に気がかりなのは名前などよりも、このタブレットがいったい何なのかということであった。ファイルを展開しては閉じるという作業を指折りでは数えられないほど繰り返していった。

「はっきりしたことは言えないけれど、このタブレットはすでに実施されているシステムを補完して、アップデートするブログラムを、そのシステムに送信するためのツールみたい」

 パソコンを操作している篠原碧は、教室の大人しさからは想像できないほどの一流エンジニアの顔を見せた。

「そのシステムってのは何だ? 何をアップデートするんだ?」

「どうやら……」

 歯切れが悪くなる篠原碧に、気にせず話すように促す。

「人間みたい……」

「んな……」

 さすがに言葉が続かない。その時であった。画面が一瞬暗転した後、次の文字が浮かび上がった。

「これを見ている、塚本千宙と篠原碧に告ぐ」

 画面を覗き込む二人。

「何だ? これ?」

「分からない。まるでプログラムが私達の会話に参加しているみたい」

「その通り」

 画面に浮かぶ言葉に、千宙と篠原碧は顔を見合わせた。

「人間にこれ以上いじられるのは本意ではない。君たちが知りたいと思われる状況を説明しよう」

 二人は黙り込んで、その文字を追った。文末まで呼んだ後、篠原碧がエンターキーを押す。

「このノート型のパソコンに接続されたタブレットは、結奈瑞穂が再起動するために必要なツールである。ここには、バックアップとデータがある。人間システムに不具合が生じた場合にデフラグとアップデートを取る必要がある。それは睡眠という形式で君らの生きている〈ゲンジツ〉では行われ、特に十七の誕生日の睡眠がそれまでのデータとそれ以降の起動条件の拡大になるのが通常である。が、結奈瑞穂の今回の件は補正プログラムの完成がされたのが今日になってしまった。その作業中に塚本千宙に目撃された。故に、これ以降の展開は二通りある。一つはこのまま結奈瑞穂が機能停止すること。もう一つが結奈瑞穂を再起動させること」

「おい! 好き勝手言ってんじゃねえぞ。瑞穂を死なせてなるかよ」

「機能停止したところでそれは〈ゲンジツ〉の君たちが言うような死には相当しない。結奈瑞穂という実存自体を抹消するプログラムを作って上書きをする。そうすれば、そもそも結奈瑞穂という人間はいない 〈ゲンジツ〉が構成される」

「だから、んなこと言ってんじゃねえよ! この世から瑞穂がいねえなんてのが普通だとかぬかしてんじゃねえよ!」

「塚本千宙の選択は結奈瑞穂の再起動ということで間違いはないな」

「当たり前だ」

「それならば、次の場所に来ると良い。〈ゲンジツ〉の結奈瑞穂を再起動のために必要なツールがある」

 篠原碧がエンターキーを押すと、次の画面には「北緯○度△分、東経×度□分」という表示があった。

「ちょっと待って」

 篠原碧はスマートフォンを取り出して、パソコン画面を何度か見ながら、スマホをタッチしていた。

「ここ……みたい」

 千宙にスマホの画面を提示した。それを見て、千宙は息を呑んだ。

「ここって……なんで?」

「分からないけれど、この指示の場所はここだから……」

「分かった。行ってくる。篠原、すまないが、誰にも言わないでくれ。誰にも知られずに瑞穂が元気になればそれでOKだし。こんなこと話が突飛過ぎている。だから、誰も信じてもらえないかもしれないし」

「分かってる。私はここにいて、解析を続けてみるわ。このメッセージ以外に分かることがあるかもしれないし」

「そうしてくれるか。じゃ行ってくる」

 千宙は、部屋を出て行く前瑞穂の顔を覗いた。

 ――絶対に助ける。絶対に

 瑞穂の家を出て自宅までダッシュした。玄関脇の駐車場に置かれていた自分の自転車に跨った。ペダルを勢い良く回し続けた。バスを待っていられない。それにバスだと乗継をしなくてはならない。渋滞にでも巻き込まれたら、居ても立っても居られない。ならば、彼がその体力の続く限りにすることは自転車を滑走させることだった。


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