着信
パソコンの起動音に似たデジタル音がリビングに広がった。自然、その音源を探してしまう。そういう音は連絡ツールの呼び出し音に聞こえてもおかしくはないのだ。彼はリビングのあちこちに視線を送った。天井にもソファの下にも。その音源に足る物はなかった。が、一か所だけ見ていなかった所があった。
「瑞穂、ちょっと我慢してくれ」
彼は瑞穂の上半身を起こした。彼女の背と床との間に、その音源らしい物体があった。タブレット端末があった。それを取出し、彼女を再び床に寝かせる。
「これ……?」
瑞穂に何なのかを尋ねるわけにもいかない。そんな体力の消耗をさせるようなことを彼女に強いることなど、彼には思いもつかないことだった。
画面が仄明るくなった。
――やっぱりこれか
その白色の照りが次に何を告げるのか、待っていると、またしてもデジタル音が聞こえた。それに彼はびくつく。ある一点に集中している時に、突発的に驚かされたようなものである。しかし、よく聞けばそれは馴染みのないものではなかった。瑞穂の携帯電話の着信音だった。
「瑞穂、悪いが携帯出させてもらうぞ」
彼女は同意の首肯をわずかに見せた。
「もしもし」
「え?」
受話器の向こうからは困惑の色が強かった。女子の声だった。慌てて出たため、誰からかけて来たのか、千宙は見逃していたが、その声に聞き覚えがあった。
「篠原か?」
「え? はい。もしかして、塚本君?」
クラスメートの篠原碧だった。
「あれ? 私間違ったのかな?」
「いや、瑞穂に掛けたんなら合っている」
「結奈さんの電話? あ、ごめんなさい。本当に間違えてしまったみたい。あれ? でも、結奈さんは?」
「いや、ちょっとのっぴきならないことがあってな……」
「そうなんだ。じゃ、結奈さんにも謝っておいてくれる? 明日私からも謝るからって」
そう言って篠原は電話を切ろうとした。が、そこで千宙がそれを制した。一つの着想が浮かんだのだった。
「待ってくれ。篠原、お前確か、何だかの発明で賞取ったよな、去年。てことは、パソコンとかに詳しいか?」
「何言って……」
「いいから!」
「……」
電話口で男子から強い口調で詰められれば、女子は引いてしまう。
「すまない。ちょっと訊きたいんだ」
「ええ、それなりには知っているけど。それがどうしたの?」
「今からお前暇か? ていうより、ちょっと来てほしいんだ。瑞穂の家に」
「時間はあるけど、どうしたの? 何かあったの?」
「ああ、ちょっと調べてほしいんだ。俺にはさっぱりだから」
「でも、私結奈さんの家知らないけど」
「瑞穂の電話を知ってたってことは、この携帯にはお前のメールアドレスは入っているよな?」
「ええ、交換したから」
「じゃあ、お前宛に住所と地図を添付して送る。それで来てくれ。できるだけ早く。頼む」
「分かったわ」
携帯が切られた。ぐったりとしている瑞穂に視線を送った。瑞穂の電話から救急車の呼び出し番号をかけた。しかし、「おかけになったお電話番号は現在使われておりません」と言われるだけだった。
「だろうな」
彼は先ほどまでの動揺を落ち着かせた。今瑞穂が倒れた原因も起きている状況も尋常なことではない、ということは通常なことは通じないと彼は瞬間的に理解したのだった。