結奈瑞穂、卒倒する
「終わったぞ」
「ありがとう、そこまでしなくてもいいのに」
千宙は茶碗や皿を洗うと、ソファで雑誌を広げる瑞穂の横に座った。
「お昼寝タイム取った方がいいじゃねえのか?」
「眠くなったらね」
「そうかい。じゃ、俺、家に戻るわ」
「うん。分かった」
「夕方また来る」
「え? なんで?」
「来ちゃ悪いかよ」
「そうじゃないけど。だったら今帰んなくても」
「いろいろあんだよ」
勢いよく起立し、千宙は床に寝そべっている自分の鞄を手に取った。立とうとする瑞穂を制止し、
「じゃまたな」
そう言ってリビングを出た。
が、その数秒後である。床に何かがぶつかる大きな音が起こった。玄関前から取って返して、リビングに入った。
「おい! 瑞穂!」
彼が目視したのは床に卒倒した瑞穂であった。駆け寄り、身を抱え起こす。が、それは単なる貧血によるつまずきでないことが、彼の目には明らかであった。瑞穂の首元や肩口からは白煙が立ち上り、額は高熱という言葉では足りないほどに熱かった。まるで今の時期に数時間太陽の下に置いておいた自転車のサドルを触った時のような、条件反射で手を離してしまうくらいの熱だった。
「おい! 瑞穂、どうした? 瑞穂!」
大声で呼びかける。虚ろな彼女はたどたどしく口を開く。
「ちょ……ちょっと……つまずいて……」
「しゃべんな」
床に彼女を静かに寝替え、携帯電話を取り出した。救急車を呼ぶためにボタンをプッシュする。が、うんともすんとも反応しない。それを三度したところで、彼は見切りをつけ、瑞穂の自宅の電話の受話器を取り上げた。が、耳元からは無音しか聞こえなかった。
「どうなってんだよ!」
どうにもならない道具を投げ、瑞穂に寄り添った。
「ち、千宙……?」
「なんだ?」
「あ、明日の……ち、千宙のた……誕生日……」
「それよりも今はお前の体調だ! 待ってろ、そこいらでタクシー呼んでくる」
「だ、ダメだよ……お祝いはするんだよ……」
千宙は頭をもたげた。
――それを言うなら、今日はお前の誕生日だろ。お前がそんなんでどうすんだよ
その心の叫びをぐっとこらえ、立ち上がった。助けを求めなければならない。そのために家の外へ出ようとしたのだ。
「ち、千宙……?」
が、その時だった。