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ホームルーム

 もう梅雨明けをしたのではないかと思うくらいに、夏日を示す七月に入ったばかりの日。高校二年になって二回目の定期テスト、その最終日。朝のホームルームの時間よりわずか前、

「おーい、ちと早いが、ホームルーム始めるぞ」

 チャイムが鳴ってもいないのに担任が入室してきた。その担任の話に塚本千宙は、耳を傾けることなく、窓際の自席から外の景色を見やっていた。

 ほどなくして一限目が始まった。テストが前の席から回って来た。担当教師の合図とともに教室の中には、シャープペンが紙を叩く音が広がっていった。

 が、彼は他の生徒に比べてそのペンの走りはゆったりとしたものだった。

 ――しみったれてるな

 そんな心境が示す通り、彼はこうしたことに有意味を見いだせないでいた。

 高校受験をした二年前。部活からの引退が決まった途端に親も教師も毎日々々勉強々々のことしか言わなくなった。高校に行かなければどうのこうのと。彼には予復習の習慣があったから、それなりの成績だった。が、もっと良い点数が取れるはずだとか、努力をすればもっとレベルの高い高校へ行けるだのと聞かされることに、そういうものなのかと最初は思っていたものの、それが日を追うたびに耳障りこの上なくなった。自分のペースでノートを開く。本を読むといったことが否定され、与えられた問題集をこなすというのが苦痛になっていった。が、彼を机に向かわせていたのは、それが受験だという認識であり、高校生というのはそういう風にしなければなれないものという漠然とした感心だった。

 受験校の選択くらいは自分の意思を反映されるもののはずが、その決定の祭にも担任からは説得が長時間された。後から聞けば、他のクラスの教員とどっちがレベルの上の高校にどれだけの人数を送ったかの賭けをしていたらしい。

 そして入学した、今の高校。彼がその学生生活を始めて思ったことは、

 ――あんなに大騒ぎするものだったのか

 ということであった。関係代名詞を理解していない、三平方の定理を使いこなせない、質量保存の法則を覚えていない、卑弥呼を弥卑子と間違えていることに気付かない。そういう例を挙げたらきりがないくらいの周辺だった。しかもそれを全く気にかけることもなしに。のんびりとしている、と言えば良な言い方であり、ただそれが知識として正しいのかということとは別のことであった。しかし、彼にはそれが取り立てて気に触れるようなことではなく、むしろ気を楽にして生活できると思わせるものであった。

 それが生徒側からだとすれば、学校側の態度が彼を冒頭の心境に徐々に浸食した根源であった。入学して早々から大学受験があるからという名の勉強の日々が始まった。定期テスト以外の実力テストや模擬試験。点数が上がればおだてられ、下がれば叱咤激励される。数字が先行される高校生活。けれども、世の中の風潮がそういうものである以外にも、なんだかんだ言っても大学には行こうとは思っていたし、両親からも勧められていた。その点に関して彼に異論はなかった。それでも湧き出る言葉があった。しみったれた日々。そうは言っていても、やる気がないというわけではなかった。友人もいる。雑談したり、遊んだり、学校行事にもそれなりに参加する。部活や委員会には入っていないが、それは取り立てて興味をそそるものがないからだけであり、そこに生活の不毛さを求めるのは筋違いであると、彼は十分に理解できていた。

 ただ彼には、押し付けられて行うことに意味が見いだせなかった。その象徴的なものが彼の今目前に広がっているのだった。

 ――こんなものをやったって……

 自分にわからない設問がある。けれど、それにはすでに答えが出ていて、にもかかわらずそこに自分はたどり着けない。その解を導き出した人の達成感を自分は追体験もできなければ、その人自身ではないから導こうという意欲さえも持ちえない。それでも閃きが襲ってくる。こちらに来れば答えが見えると手招きしていた。彼はただそれに従ってシャープペンを滑らせた。

ペンを置いた途端、チャイムが鳴り、担当教師が終了と回収の号令をかけた。


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