心の半分 *アデリー
初回、二話投稿します((*_ _))ペコリ
「へえ、婚約。それはおめでとう」
「ああー、やだやだ。縛られるのはまっぴらなんだよ」
木目の壁に麻のカーテン。薄いカーテンの向こうはぼんやりと明るくなっており、すでに朝の活動を始めた人々のざわめきが聞こえる。
質素な狭い部屋のベッドでごろごろしている半裸の男を横目に、私は髪を櫛で梳く。ふわふわとしたくせ毛はもつれやすいので、毛先から櫛を入れていき、最後にポニーテールに結んだ。
仰向けになって大袈裟に嘆いている男は鍛えられた体躯に豪華な金髪と夏の空のような青い瞳を持つ、どこからどう見ても貴族さま。平民の住まう集合住宅にいていい人じゃない。
「兄貴が悪いんだよぅ。侍女となんか心中するから……」
「それは、初耳」
「そうだっけ? 兄貴は文官として王宮に出仕していて、そこで知り合った侍女と恋仲になったんだよ。で、自分の侍女にすべく引き抜いてきてさ。でも相手は下級貴族の娘でウチの親から猛反対されてね。……最後は追い詰められて」
声がだんだん小くなる。彼にとっても兄の死は深い傷になっているようだ。
「そういうことならキリアンは早く帰ったら? 私は仕事に行くのよ」
「アデリーは冷たいなあ。だから俺は意に沿わない結婚をだね……」
「貴族ならよくあることでしょう? それに私は面倒ごとに巻き込まれたくはないわ。というわけで、会うのは今日で最後ね。ばいばい」
「えっ」
*
私には恋人がいた。ミルクティー色の髪の毛にアンバーの瞳。お日さまのような笑顔の愛しい人。
明るく働き者のオーウェンは誰からも愛された人だった。
アディントン侯爵家の一族が治めている北部の地。その中でも私たちが住むのは一番北に位置する小さな国境の町。農業と牧畜を生業にしており、大きな森に接している。そしてその森には盗賊の根城がある。
森には隣国と通じる街道が通っており、そこを通る旅人や商人が盗賊たちの獲物だ。そのためアディントン侯爵家や国から軍が派遣されてくるが、雪に閉ざされる冬には通行も減り軍は最低限の配備となる。
だから冬になると盗賊たちは町を襲撃してくる。それは町の男たちで結成された自警団と傭兵たちが防いでいた。
いつもなら盗賊たちは腹を満たす分だけを略奪していくが、昨冬はかつてなく雪が降り続き襲撃も頻繁に起こった。町周辺を纏めるマートン子爵が主家であるアディントン侯爵家に助けを求めたものの雪のためか遅れ被害が広がっていく中、ほかの若者たちと同じくオーウェンも武器を取った。
しかしその奮闘も虚しく、盗賊たちも長い冬に苛立っていたのか略奪と破壊を繰り返しながら町の中心に迫ってきた。町のシンボルである子爵家の館にも火が放たれた。
町の外れにある、マートン子爵の弟である一代士爵の小さな館と礼拝堂に潜んでいた年寄りや女子ども、それからそれを守っていた男たちがかろうじて生き残った。
そこから出て見た町の光景は惨憺たる有様だった。盗賊は鬱憤を晴らすが如く町を破壊し奪い尽くし、焼け残った子爵家の館は一部を残して瓦礫の山になっていた。
オーウェンは、帰ってこなかった。
しかし、生きているかもしれないという希望や、駄目かもしれないという哀しみを飲み込み、私は町のために動かなければならなかった。
町人の避難と防衛に努めていたマートン子爵と父が怪我を負い動けなくなっていたため、私がアディントン侯爵家に助けを求めに行った。けれど、縁戚関係にあるとはいえ関係は良くない。特に侯爵夫人が借金を重ねる子爵を良く思っていないのだ。その借金も自警団や傭兵の費用だったり、略奪された作物の補填に使うためだったのだが。
「たしかあなたオブリル士爵の……。相変わらずみすぼらしいわね。マートン子爵と士爵はどうしたの?」
「先日の襲撃で深傷を負い……」
「そうなの。本当に役立たずよね。子爵たちがさっさと盗賊を殲滅しなかったから、こちらも対策で余裕がないのよ。多少は蓄えがあるはずでしょう? それともあなたの姉のように出稼ぎに行ったら?」
「けれど、今までマートンの地が盗賊を防いでいたのです。お願いします。どうか……」
「それはそちらの義務であり責任でしょう。国から軍も派遣されているのに、いつまでも盗賊を根絶やしにできないあなた方の咎です。さあ、お帰りはあちらよ」
侯爵本人には会うことすらでなかった。私は唇を噛み締め、侯爵家の大きな門を出た。
詳しくは聞いていないが、過去にアディントン侯爵家とマートン子爵家の間に見解の相違があって、あの土地を押し付けられたと聞いた。そこから一族の中でも待遇が悪いのだとも。
その後もあちこちから援助を断られた。やはり士爵家の次女ごときでは相手にもされない。
万策尽きた私は王都へと向かうことに決めた。父には心配されたが、王都で働く姉を頼り町への援助を募る。限りなく望みがないとしても、それしか手がなかった。
雪が溶け始めた頃、出発することに決めた。
オーウェンは未だ見つかっていない。誰もが諦めた。探しに行くより優先するのは町の復興と食べ物の確保。私は心の半分をこの町に置いていく。
領都の馬車乗り場まで老兵士が送ってくれた。領都も、夫人が言っていた通り盗賊たちの襲撃に怯え、よそ者に対する目は厳しい。が、若い女と老人という組み合わせで問題なく馬車乗り場までたどり着くことができた。
「わしが王都までご一緒できればいいのですが……」
「いいのよ、あなたは貴重な男手だもの。みんなを守ってあげて」
「どうか、ご無事で、アデリーさま」
「ありがとう。子爵とマルスをよろしくね」
そう、伯父のマートン子爵夫妻とその子息のマルスさえ生き残れば町は復興できる。二人はみんなの心の拠り所だ。
王都へ向かう馬車の中、思い出すのは姉とオーウェンのこと。
『じゃあね、アデリー。みんなを頼むわね』
二年前、まだなんの役にも立てない子どもの私に、姉は優しい笑顔を残して王都へ旅立った。
『君と町を守るために行ってくるよ、アデリー。ちゃんと士爵邸に避難するんだよ』
止められなかった。止めなかった。オーウェンと私が守りたいのは同じ物だったから。




