勇者とペテン師
とある国に的外れな予言ばかりをする占い師が居た。
彼女は頭に黄金色のサークレットをつけて、純白のローブを身に纏い、まるで歌うように心地良い声で言うのだ。
「私の目は遥か未来を視ることが出来るのです」
黄金色の髪の毛に翆色の目、そして歌うように心地良い声を聞いて人々の多くは彼女が『本物』であると信じるが、実の所、彼女の語る予言が当たったことは一度たりともない。
おまけに彼女がする予言はいつだって不吉なものばかりだ。
「恐ろしき疫病が世界を覆い、多くの人々が死ぬことになるでしょう」
人々を震え上がらせたこの予言は、ある薬師が造り上げた薬により成就することはなかった。
「雷が天から落ちて地獄の炎が燃え上がり、この王国は完全に消滅することになるでしょう」
人々が絶望し故郷から逃げようとさえしたこの予言は、ある魔法使いが唱えた豪雨を降らせる魔法により成就することはなかった。
「大いなる魔力を身に宿し、魔王と呼ばれることになる蛮族の男が遥か西の彼方よりやって来るでしょう」
人々が魔王とさえ形容される存在に眠ることさえ出来なくなったこの予言は、ある騎士団による掃討により成就することはなかった。
幾つもの不吉な予言をし、その度に予言が外す。
やがて、占い師は迷惑なペテン師呼ばわりされて人々から疎まれるようになった。
しかし、それでも占い師は予言をするのを止めはしなかった。
人々からの嘲笑を受けながらも占い師は言葉を語るのを決して止めはしなかった。
あくる日、占い師の下に一人の青年がやって来た。
「近々、何か災いは起こるか?」
その言葉を聞いて占い師は頷き答えた。
「大飢饉が訪れ、多くの人が死に絶えるでしょう」
「それはいつだ?」
「三年後です。故に今から十分な蓄えをご用意ください」
「分かった。ありがとう」
青年は占い師に深々と頭を下げると、やや迷った後に何度も断られている提案をする。
「やはり王宮には来ないのか?」
そう、青年は変装をしているが王国の王子だったのだ。
彼は父である王の命を受けて、この占い師からもう何年も予言を受け取る役目をしていた。
そして、王も王子もこの占い師のする予言が本物であると知っていた。
何せ、彼女からの予言を受けて予め十分な準備を整えることで恐ろしき未来を回避してたのだから。
人々はそんな簡単なことにも気づかずに占い師を馬鹿にしている。
それを王も王子もいつも歯がゆく感じているのだ。
しかし、占い師は微笑んで答えた。
「ありがとうございます。しかし、王宮に行けば私はたちまち命を失うことになるでしょう」
いつもと同じ断り文句。
故に王子は項垂れて苦笑いをするしかなかった。
「それも君の見た未来か」
「ええ」
「どれだけの備えをしてもか?」
「はい。必ず命を落とします」
王子は大きくため息をつき、そして微かに歯ぎしりをして声を落とす。
「世界を真に守っている君がこんな形でしか生きられないなんて、本当にやるせない気持ちだよ」
占い師は微笑んで答えた。
「真実を知っている者が居る。それだけで私は十分です」
占い師の屈託のない笑みを受け取り王子は諦めたように薄い笑みを浮かべて彼女を称えた。
「偉大なる占い師にして、名も無き英雄よ。我が王家が続く限り君の名を遺し続けると約束しよう」
「身に余る光栄です」
後年。
多くの神話や物語に無名の占い師が登場するが。
その存在がどこから現れたものなのか、そして元となった人物は存在するのかどうか。
いずれの答えも出ないまま、その占い師は多くの物語の中で強い存在感を放ち続けている。