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ハザマのふたり


 その世界には、二人の守護者がいた。片方は始まりを、もう片方は終わりを司る存在だった。だが相反する性質をもった二人は仲が悪くたびたび喧嘩になったので、いちばん偉い存在は二人に役目を与えた。そうして始まりと終わりのものはその世界に迷い込んできた人間を導くようになった。だが方向性の違いでまた対立し、結局喧嘩になってしまうのだった。


「......」


 ある日始まりを司る守護者は、その世界の小さな丘で一人池を覗いていた。生まれ、旅をし、争い、そして役目をもらっても、本当に望むものは何一つとして手に入らなった。心の安寧、終わりなき永遠への渇望。そうした欲求が尽きなかった。そんなことをいつものように考えていると、突然池の水面

が、周囲の木々が柔らかに揺れだした。風も吹いていないのに。


「......来る」


 だがそれが「迷い人」が来る合図であることを守護者は知っていた。そうして守護者は立ち上がり、左耳の飾りが外れていないことを確認すると、周りで寝ていた下働きのクモたちに呼びかけ始める。


「仕事の時間だよ」



 これは小さな巡礼の物語。




  ハザマのふたり




 柔らかな風が髪と頬を撫でる。いつもの額から汗が滝のように流れるような気温とは違い、今日の天気は珍しく穏やかだ。世間からは実に手厳しい意見を向けられるが、彼ーー川崎新之助は、この季節のことがなんだか嫌いになれなかった。そんなことを考えながら学校から家に帰っていると、電柱4つか5つ分くらい先、曲がり角を見覚えのある人影が通り過ぎた。


(......枯葉)


 彼の性格にピッタリな深緑の髪、鋭い才を表すかのようなつり目、そしてかつて憧れていたポニーテルの髪型。

 海端枯葉とはつい数か月前までの関係であった。二人の趣味は共に絵を描くことであった。お互い所謂親友と呼べる存在だっただろう。いや、それは一方的な想いだったかもしれない。明確に嫌いだと告白されたわけではないが、最近は何かと避けられている気がしていた。

 新之助はポケットからケータイをとり、待ち受け画面を開く。そこには一枚の絵が映されていた。それはかつて枯葉と一緒に描いた、宝物といえる作品だった。

 

 目を上げるとすでに枯葉はすでに視界から消えていた。自分の存在には気づかなかったのかと思ったが、最近の様子から考えて気づいたが無視されたという可能性も十二分にある。だが彼が行った方向は何とか視認できていた。あの道を通っていく場所といえば、昔二人でよく行っていたお寺が思い浮かんだーー



「......」

 

 彼の後をつけたことに決して悪意はなく、純粋な興味や期待から来るものだった。だが幸いなことに新之助の読みは正解だった。思い出の場所。ここではH寺とでもしておこう。枯葉は今賽銭箱の前に立っている。特に何をするでもないが、何か考え事をしている様子だ。草むらに隠れながら見ている状態ではこの程度の推測が精いっぱいである。こんな町はずれの寂れた場所に枯葉が来る理由など自分との未練以外考えようがないと新之助は考えたが、即座に考えを改め、自分の頭を軽く叩いた。もうあの頃には戻れない、そう自分に言い聞かせながら。自身の行動を反省した新之助は静かにその場を立ち去ろうとわずかに腰を上げた。だが、そこでミスをしてしまった。


カーンッ


(!!)


 静かな境内に軽い音が響いた。新之助が目を向けると、左足で空き缶を蹴ってしまっていた。レッドとシルバーのデザインが印刷されたコーラの缶。音と同時に、枯葉が少し驚いた様子で辺りを見渡す。これはまずい、と思い急いで立ち去ろうとしたが、その動きで逆に気づかれてしまった。


「......え?新之助?」

「あ......」


 ハンカチで拭きたくなるほど、全身から汗が流れだしてきた。どう言い訳すべきだろうか。いやそれともすぐに逃げ出すべきなのか。はたまた正直に話すべきなのか。普段の倍以上の速度で処理を始める新之助の脳みそ。だがその処理が終了するより先に、枯葉が口を開いた。


「......やっぱ新之助だよな......で、こんなところで何やってんの」

「......え~と......」


 左頬を指で描きながら、目に見えて慌てる新之助。少し警戒気味だった枯葉は一気に肩を落とし、呆れた様子で続ける。


「はぁ......まあ、よくわかんないけどあんま人に迷惑かけんなよ」


 言い終わると、枯葉はまるで逃げるようにその場から立ち去ろうとした。


「......」


 そうだ。昔から枯葉には迷惑ばかりかけていた。何かすると自分が失敗し、それを枯葉がフォローす る、というのがいつもの流れだと新之助は自覚していた。これでは枯葉に避けられても無理はない。

 今は枯葉の足音と、少しの風の音だけが聞こえる。だが離れていく足音が、全身の汗を乾かす風の音が、少しずつ小さくなっていく。


(枯葉......)


 彼を呼び止める勇気もない自分に絶望的なまでの無力感を感じて俯き、そして拳を握りしめた。意味がない、惨めな行為だとわかっていても。だがそのまま枯葉がお寺の門を潜り抜けようとしたとき、新之助は足元に何かピンクの花が咲いていることに気づいた。


「......お花?」



 ゴーン......


 直後、大きな鐘の音が響いた。耳だけではない、体全体で振動を感じるほどの。新之助だけでなく枯葉にも聞こえたらしく、突然の音に驚いていた。このH寺に釣鐘はない。太平洋戦争時不足した金属を補うため、国に回収されたためだった。地震が起きているのかと錯覚するほどの揺れ。だが異常現象は これだけでは収まらず、直後新之助の足元に咲いていたピンクの花が一瞬にしてH寺一面に広がった。同時にあたたかな風が一瞬にして吹き抜けた。


「な......!おい新之助!大丈夫か!?」


 ああやっぱり枯葉はやさしいな......などとのんきに思っている場合ではない。鐘の音は断続的に鳴り続け、ピンクの花畑は少しずつ金色の光を放ち始める。何が起きているかは完全に不明だが、このままでは何かまずい。そう直感的にふたりは感じていた。


「枯葉!!」


 直後、光が枯葉を包み始めた。同時に少しずつ体が宙に浮き始める。これには流石の枯葉もいつもの冷静さを失い焦っていた。


「なんだこれ!?体が浮いて......っておい新之助!近づくやつがあるか!!」


 枯葉を包む光はどんどん輝きを増していく。新之助も踏ん張りながら近づくが、その光は視界を遮るほどにまでなっていた。


「今助け......って言ってもどうすれば......」


 枯葉を助けられるのは自分だけ。それに間違いはないが、新之助はその方法が思いつかなかった。この光は?大量の花は?そもそもこの鐘の音は?何も分からなかった。枯葉が自分を避けるようになった理由も。


「新之助!!危なそうだから離れろ!!」


 非現実的な状況でも、何とか声を絞り出し新之助に呼びかける枯葉。だが光と共に音も大きくなり、その声もかき消されそうになる。

 直後、ついに真っ白な光が枯葉の体すべてを覆いこんだ。新之助は慌てて手を伸ばすが、指先が光に触れたのみでついに彼には届かなかった。そうして、視界のすべてが光で満たされた。


 

 暖かい、光だった。それは母の腕の中の様であり、父の背中の様でもあった。親友との思い出、親友を救えなかった後悔。一面に広がる花畑。悲しみの後に来る喜び。喜びの後に来る悲しみ。廃れた宗教観。依存と信頼。缶を踏んだ音。鐘の鳴る音。柔らかな川の流れる音。乾いた汗に、あと花の匂い。最後に一筋の涙。不思議と悲しくはない。

 無数の腕に抱かれた。

 永久なる探求心。それは、心の安寧ーー



 目を覚ますと、なぜか空が黄金色だった。先ほどまで小さな寺にいたはずだが、どういうわけかずっと広い、別の場所に来ていた。仰向けになった背中の感触から察するに、原っぱか何かであろうか。新之助は自分の体をゆっくりと起こした。軽い脳震盪で頭がくらっとした。隣を見ると枯葉が気を失っていた。おそらく先ほどまでの新之助と同じで気を失っているのだろう。一人ぼっちではなかったことに少し安堵すると、枯葉も目を覚ました。


「ん......たしか僕は......」


 少し目をこすった後、隣にいた新之助が少し可笑しそうに言った。


「......ねえ、俺たち死んじゃったのかな、枯葉」

「し......新之助......よくわかんないけどのん気すぎだろ」


 辺りを見渡すと、空だけでなく草木までもが黄金色に染まっていた。決して比喩ではなく、おそらく本物の金かあるいはそれに近い物質であろう。立ち上がった二人は、周囲の神秘的ながら得体のしれない様子に唖然とする。


「......綺麗」


 よく見ると周囲では赤や青、黄色に緑といった色とりどりの蝶が楽し気に舞っている。さらに遠くの方には川が流れており、光の反射が宝石のように輝いていた。


「......確かに、天国って言われても納得しちゃうな」


 枯葉は頭を掻きながら言う。現実味はないが、なぜか心の落ち着く場所だった。


「......とりあえず人がいるか探してみない?」

「......おん」


 新之助の提案に枯葉は少し間をおいてから返事を返すと、二人はとりあえず歩き出すことにした。広く、神秘的で、静かな世界。そこは冷たいコンクリートに囲まれた元の世界より、ずっと良い気さえした。--だが直後、二人を覆うほどの巨大な影が現れた。


「!!」


 その影は、巨大な緑色の虫の姿をしていた。特筆すべきはその顔から生えるおぞましい触手である。本体よりも長いその器官は、まるで像の鼻の様だった。加えて凶悪さを感じさせる真っ赤な複眼は、明らかに二人に向けられている。


「......おい新之助」


 枯葉は一筋の汗を流しながら新之助に言った。


「走るぞ!!」


「え」


 虫の怪物が顔の触手を伸ばした瞬間、枯葉は新之助の腕をつかんで思い切り地面を蹴りつけた。

触手の先についた口吻が地面に突き刺さる。間一髪だった。二人は顔を引きつらせながらも、足を止めずに走り続ける。怪物も仕留めていないことを確認すると、6本の足を不気味に動かして追いかけてきた。


(どこかに隠れるとこは......)


 周囲を確認したが、一面平らで逃走に使えそうな地形は近くに一つも見当たらなかった。体力のない新之助は早くも息切れを起こしてきている。だがかくいう枯葉も走るのが得意かと言われればそうではなく、このまま走るだけではあの怪物に追い付かれてしまうだろう。そうなればあの口吻に生えそろえられた無数の牙で全身の肉を引き裂かれ、体内の消化液で服も皮膚もドロドロに溶かされる。そんなグロテスクな想像をしてしまう。まさに絶体絶命。神様仏様お助けをーー二人とも同じように救いを求めた。そのときだった。


「救ってあげる」

「!?」


 突然少女の声が聞こえた。驚いた二人が後ろを振り向くと、衝撃波と共に怪物の体は真っ二つに引き裂かれていた。周囲の草むらに飛び散る体液。その先にいたのは、刀を持ったひとりの少女。一体どこから現れたというのか。まったくもって異質な状況だった。


「この子は”ナガバナゾウムシ”。あなた達みたいな死んでも生きてもいない半端者を襲う」

「ど......どちら様ですか」


 不思議な雰囲気の少女だった。肌も服も髪も全身真っ白で、それによって一部に身に着けた金の装飾と真っ赤な瞳が際立っていた。そうして新之助も枯葉もその雰囲気と急展開に圧倒されていると、白い少女は刀を服の中に収納しこう言った。


「私はアルファ。ここ”スカーヴァティー”からあなた達を元の世界へ返すのが仕事。ついてきて」


 新之助は腕についた緑色の血液を見て、改めてここが異質な世界であることを認識した。



 足を進めるたびに、”スカーヴァティー”の光景は変化を続ける。最初黄金の草原が広がっていたと思えば、時には光り輝く川に、時には広大なピンクの花畑に、またある時は鋭い岩が並ぶ山岳へと姿を変えた。しかもそれが短時間で起こっているのだ。非現実的で不思議な感覚だが、絶景と言って差し支えない地形ではあった。


「.....ねえ、アルファ......だっけ、もうちょっとゆっくり歩いてよ......」


 坂道を歩いてる途中、体力が限界に近いのか膝に手をついて立ち止まる新之助。枯葉も余裕というわけではなく、走った直後に休みなく歩き続けるのは正直体に響いた。


「十分ゆっくりだと思うけど......」


 “ゆっくり”の基準は人によって異なるが、どちらかというとアルファの歩く速度は”速い”に分類されるだろう。新之助の様子を見かねた枯葉は一瞬彼に手を貸そうとしたが、そうはせず代わりにアルファに尋ねた。


「......なあアルファさん!成り行きでついてきてしまったけど、よく考えたら僕らは何の説明も受けてない!」


 それまでずっと歩いていたアルファは歩みを止め、坂の上の方から枯葉を見つめる。


「説明......ね」


 アルファは無表情のまま、首を傾げて答えた。


「どうしてあなた達人間は、物事に理屈を求めるの?」

「え......」

「人間だけが事象に理由を求める。理由を知ったところで自分じゃ何も変えられないのに。別に説明な

んかしなくたって、黙って私についてくれば大丈夫だから」


 そう言うと、アルファは向きを直してまた歩き出した。あまりに冷たい少女、そう枯葉は感じた。


「で......でも、休憩ぐらいは欲しいな......」


 体力の限界を迎え、その場に足をついた新之助が言った。その汗かき具合から、一目見てわかるほどの疲労状態だった。


「......だってさ」 


 アルファは立ち止まり少し考えた後に言った。


「......はぁ、しょうがない」


 息を呑むほど、美しい滝だった。樹木で囲まれ草木が生い茂った空間に上から落ちる滝の水流は、光を反射し宝石のような輝きを放つ。今まで見たこともないような自然の芸術品だったが、同時にどこか懐かしい雰囲気も感じた。


「......ここなら、さっきみたいな暴れん坊も襲ってこない」


 そうアルファが言い終わる前に、新之助は真っ先に椅子にできそうな切り株に勢いよく腰かけた。


「っはぁー......疲れたぁ......」


 全身汗をかき、服もずぶ濡れになってしまっていた新之助。枯葉は一瞬だけそんな様子の彼に目をやるが、すぐにアルファのほうを向いて言った。


「......で、まずこの世界はなんなんだ?」

「なんなんだ......と言われても」


 アルファは全く興味なさそうな様子で答えるが、ずっとこちらを睨みつけている枯葉を見て少し不機嫌に答えた。


「......あなた達現代人にわかりやすく言うと、天国......かな」

「やっぱりな」


 枯葉が間髪入れずに言った。


「......まあ、天国って言ってもあなた達は死んでるわけじゃない」

「そういや”死んでも生きてもいない半端者”とか言われたな」

「記憶力がいいんだね」


 少し皮肉らしく、だがいつものような無表情でアルファは言った。あまりに掴みどころがなかった。


「......で、なんで俺達半端者はこの世界に来ちゃったんだよ?」


 枯葉も少し疲れたのか、木に寄りかかる。


「私もよくわからないけど......多分上のミス」


 アルファは空を指さしながら言った。


「上?ここにもそういう......階級みたいなのがあるのか」

「うん。私なんかよりずっとずっと偉い、絶対的な存在」


 アルファは少し物悲しそうに、黄金の空を見上げながら言った。


「......もちろんあなた達よりもね」

「余計なセリフを付け足す奴だ」


 二人が話している間、新之助は周囲の景色を見渡していた。間違いなく始めて来た場所ではあるが、どことなく見覚えのある景色。そう考えるとこの幻想的な雰囲気は記憶の海から作り出された曖昧なものだからであり、この美しさも過去に虚飾が加えられたあの感覚のような気さえしてきたーーだが一つだけ、考えているうちに思い当たるものが一つ浮かんだ。


「......ねえ枯葉、ここ昔探検した山に似てない?」

「......そうだっけ」

「ふたりとも、そろそろ行くよ。元の世界ーーマヌシャにつながる”扉”に」


 枯葉としっかり話す前に、アルファは我慢の限界のように歩き出した。真っ白なワンピースを揺らす後ろ姿。キラリと光る金色の耳飾り。彼女は何者なのか、枯葉は思い出の場所を覚えていないのか、そもそもこの過去自体が果たして真実なのか。何も分からないままだった。だがずっと座っているわけにもいかないので、ひとまず決心し歩き出そうとした瞬間、枯葉の足元に何かが落ちるのが見えた。手のひらに収まりそうな大きさの、多少凹凸のある黒い球体だった。


「ん...なんだコレ、玉?」

「......まずい」


 次の瞬間、突如として玉は光りだし大爆発を引き起こした。閃光と煙が少し離れた場所にいた新之助の視界を覆う。


「か......枯葉!大丈夫!?」


 先ほどまでの穏やかな空気から一転、緊張感が走る。周囲に漂う煙が晴れると、アルファが枯葉の体を掴んで爆心地から離れた場所にいるのが見えた。


「ちょ......何だ今の!?アルファさん!」

「......こんな危ない玩具は絶対あいつの仕業」


 直後、どこからともなく聞こえる謎の声。上を見上げると、謎の少女が空に浮かんでいた。


「チッ......やっぱダメだねコレ。爆発まで時間かかりすぎて使いづらい」


 その少女は空で足を組み空気に座っていたが、見た所かなり高身長の様だった。シンプルで真っ白な服装だったアルファとは対照的に、全身黒に染められた軍服に近い衣装を着ておりかなり派手な容姿だ。少し退屈そうにため息をした後、冷酷さを感じさせる青い目でアルファを見つめる。


「おいおいアルファさー......私いつも言ってんじゃん、迷い人なんてロクな存在じゃないって。しかも今回はちっこいおまけもついてるみたいだし」


 新之助は軍服の少女に指をさされ、”ちっこいおまけ”と呼ばれたのが自分であることに気づく。


「ちっこい......」


 ちっこいオマケがショックを受ける中、二人の少女はお互いに鋭い視線を向かせ合う。さらに高まる緊張感。心なしか水流の勢いも強くなっているような気がした。


「......忘れたのオメガ?私たちの仕事は迷い人をマヌシャへ帰すこと」

「ああ~もちろん忘れてなんかねえよ、でも”ニョライ”に言われたまんまの子とするなんて詰まんねえだ

ろ?いい子ちゃんにはわかんねえだろうけどさ」


 オメガと呼ばれた少女は地面に急降下で着地すると、その勢いでアルファとの距離を一気に詰めた。


「だからこうしてやんのさ!!」


 アルファが反応した瞬間、オメガは左腕をハンマーのような鈍器に変化させ、不敵な笑みを浮かべながら枯葉の顔めがけて振り上げた。とっさに体をかがませ、両目を瞼でふさぐ枯葉。


「...!!」


 だがその鈍器が彼に届くことはなかった。枯葉が目を開けると、アルファが右腕を鋼鉄の盾に変化させ攻撃を防いでいたのだ。


「......お前、昔っから変わんねえよなあ......その服も、髪も、頭ん中まで」


 オメガは不機嫌そうにそう言うと、腰についていた漆黒のリボルバーを右手で掴み引き金に指をかける。


「その脳みそ見せてくれよ♪」

「......させない」


 おそらく、オメガが引き金をひくのと同時だっただろうか。服の中から先ほど怪物駆除に使用した日本刀を引き抜いたアルファは、顔面に向かって進んでくる弾丸を高速ではじき返した。


「......そういうとこは流石だねえ」


「......」


 この一瞬で、一体何が起こったのだろうか。二人の戦いをみて唖然とする新之助は、自身の真横に当たった弾丸から発せられる煙の匂いでなんとか正気を維持する。

続けてオメガは後ろに跳び、アルファとの距離を離す。二人の間を隔てるように流れる小川。直後、枯葉が声を荒げて言った。


「い......いきなり出てきて、なんなんだアンタ!?」

「アルファから説明されなかったの?アタシの名前は”オメガ”。まあその子の相方みたいなものヨ」


 オメガが身振り手振りも交え少しふざけたように言うと、それまでずっと無表情で落ち着いていたアルファは一転してオメガを睨みつけた。


「......黙れ!」


 アルファの気迫に気圧される新之助と枯葉。反対に余裕の笑みを浮かべるオメガ。次の瞬間、走り出したアルファは巨人の姿へと形態を変えていた。大仏のような巨大さだったが、大型かつ鋭利な手と蜘蛛のような8本脚を備えた、神々しさと不気味さが融合した異形感も感じられた。


「......ええ!?」


 またもや驚愕する新之助。だが変身したアルファは瞬きする間もなく、右手に装備した巨大な鈍器をオメガに振り下ろす。


 ガキイイイン!!


 周囲に響く衝撃音。だがその音はオメガの体が破壊された音ではない。煙が晴れると、2体の巨人がお互いの武器でせめぎ合っていた。オメガも戦闘形態へ変身したのだ。

2体の巨人は一見同じような姿に見えたが細部が異なり、また色もアルファは赤、オメガは青と正反対のイメージを与えるものだった。


「近接戦闘特化金剛杵”怒琉是(ドルジェ)”......相変わらずこんなつまんない武器使ってんだ」


 言い終わると、オメガは肩の武装を展開する。同時に内部から強烈な光が放たれたかと思うと、光とともに青白いビームが発射された。中距離用砲撃型バックパック装備”亦復如是(ヤクブニョーゼー)”の強烈な一撃に、アルファは体勢を崩す。同時に周囲に飛び散る金属片。


「アルファさん!」


 混乱しながらも、おそらくは自分たちの味方であろうアルファを心配する枯葉。そんな彼をよそに、オメガは新之助にゆっくりと手を伸ばす。


「......そんじゃ、こっちのちっこい方に要はないしさっさと処分しちゃうか」

「......」


 体を震わせ、目に見えておびえる新之助。彼にこの状況を打破する力はないし、それは枯葉とて同じことだった。だが彼のこちらに助けを求めるような瞳が見えた瞬間、枯葉はあまりにわずかにためらいながらも、ほぼ無意識でこう言った。


「お......おい!!」


 ほぼ同時に声のした方に目を向ける新之助とオメガ。声の主は枯葉で、破損したアルファの破片と思われる鋭利な金属片をこちらに向けていた。彼も彼で体を震わせおびえていたが、まっすぐこちらに向けた腕だけは決して揺るがなかった。


「か......枯葉!!」


 オメガはまるで夏休みにカブトムシを発見した小学生男児の様な目つきで枯葉に目を向ける。


「へえ......お前、怖くないの?」


 オメガがその巨体な頭部をどんどん近づける。それに合わせ少しずつ後退してしまう枯葉。それでも多少高圧的な態度でオメガに言う。


「そ......そりゃ怖いよ。でも怖いのは新之助だって同じだ」

「へえ......」


 オメガは実に恍惚とした笑顔を浮かべると、巨大な両手をパンと叩いてこう行った。


「うん!面白いね君ぃ......やっぱアルファみたいな詰まんない奴とじゃなくて、アタシと一緒に楽しいトコ行こうぜ?」


 オメガはその8本足をクネクネと動かしながら枯葉に近づく。決意か恐怖か、枯葉はピクリとも震えなくなっていた。だがその鋭い眼光だけは、ずっとオメガの目に向けられている。


「枯葉......」


 心配するような、少し悲しそうな目つきで二人を見つめる新之助。だが直後、オメガとは別の巨大な影が動き出すのが見えた。


「......させない......!」


 オメガと枯葉の距離が石ころ一つ分も無くなろうとしたその時、アルファが我々には理解不能な言語で呪文のようなものを唱え始めた。それによって周囲の草木や石が震える。


「ケッ......やっぱまだくたばってなかったか、オマケにその経は......」


 その瞬間、オメガの足元から無数の青い小さな蜘蛛が飛び出した。


「逃がしゃしねえよ!!イトハキグモども......やっちまいなあ!!!」


 だが、アルファの方が速かった。イトハキグモと呼ばれた小さな軍勢がアルファに飛びかかる瞬間、彼女は煙を出しながら既にその場から消えていた。


「......」


 オメガは勢いよく地面に激突するクモたちを見ると、呆れたようにため息を吐いた。



「......いてて」

 一方、テレポートの様な技で逃走に成功したアルファたちはどこか谷のような場所に来ていた。新之助が上を見上げると空が僅かしか見れなかった辺り、かなり深い谷のようだ。周囲は暗くてよく見えなかったが、とりあえず3人揃っていることは分かった。だが2人とも気絶しているようだ。


「......!起きて枯葉、あとアルファ」

「......新之助か......どうなったんだ?」


 遅れて起き上がった枯葉も、先ほどの新之助と同じように辺りを見渡す。見たところ上に続くような道はなく、戻れるのかどうか少し不安になった。だがそれは同時に地上からは発見されづらいということも意味する為、ひとまず落ち着くことはできそうだ。


「瞬間転移は......無事成功みたいだね」


 どうやらアルファも目が覚めたらしい。いつの間にか変身も解け元の姿に戻っており、自身の手足を見ながら言った。


「......全く、迷惑な奴」

「......いやいや、ありゃ迷惑なんてもんじゃないだろ」


 枯葉が顔を近づけ、少し威圧的にアルファに言う。


「一体誰なんだよあいつは!?いきなり現れて襲い掛かってきて、僕も......新之助だって死ぬところだったんだぞ!?」


「......それは、ごめん」


 少し目をそらすアルファ。彼女の髪飾りが揺れるほどの勢いで詰める枯葉を、新之助は何とかなだめようとする。


「ま......まあ落ち着いて枯葉、アルファのせいじゃないよ」

「そ、それはそうだけど......てか、こんな移動手段があるならさっさと帰るための扉まで行けたんじゃないのか?」

「それは無理。そんなに長距離の移動はできないし、連続使用も厳しい」

「......そうかよ」


 3人の間に、険悪な空気が張り詰める。無表情のまま2人から目をそらし続けるアルファ。そんな彼女を睨み続ける枯葉。そしてその二人の空気感に押しつぶされそうになる新之助。谷の底という、狭く暗い空間もそれを助長させていた。少しの間流れる沈黙。だがその時、新之助があることに気づいた。


「......って、ケガしてるじゃんアルファ!」


 新之助の声を聴いて先の戦闘の様子を思い返した枯葉は、アルファの肩を見た。すると彼の言葉通り肩には大きな傷ができており、真っ赤な血も流れていた。息をあげながらアルファは返す。


「このくらい......少し休めば治る」

「ダメだよ!早く治療しないと......えっと、まず傷口を塞ぐんだっけ.......」


 慌てながらも、何か止血に使えそうな道具を探す新之助。最初にポケットの中から出てきたのは彼のスマートフォン。そして次に出てきたのは、運のいいことに一枚のハンカチだった。


「......よし!これで何とか......」


 アルファの後ろに立った新之助は、大きく広げたハンカチで傷口を覆う。不器用ながらも、最後は綺麗に結ぶことができていた。ひとまず出血を抑えることはできたようだ。


「新之助、お前......」

「へへ......昔枯葉によくやってもらってたやつ、今は俺もできるようになったよ」


 新之助は少し照れくさそうに笑った。そうだった。小学生の頃新之助はいつも転んだか何かで小さな怪 我をしていた。そしてそれの手当てをするのは大抵枯葉だったのだ。だが、新之助自身もいつの間にかそれができるようになっていた。


「......そうか」


 枯葉が少しだけ二人から目をそらしたあと、アルファも手当てされた傷口を気にしながら言った。


「......必要ないって言ったのに」


 少し不機嫌そうに新之助に目を向ける。新之助は一瞬だけ驚くが、すぐに微笑んでアルファに向き直す。


「でも、君は俺達を守ってくれたんだから......これくらいはさせてよ」


「......まあ、勝手にしたら」


 新之助がアルファの止血に使ったハンカチの柄は暗くてよく見えなかったが、可愛らしい真っ白な花があしらわれた模様であることは確認できた。



「さて......じゃあそろそろこっから出ないとな」


 枯葉は周囲の岩に気を付けながら立ち上がり、上を見上げる。この深い谷から地上に戻るのは一筋縄ではいかなそうだ。


「アルファ、この辺については何か知ってるのか?」

「いや......転移に必死で、ここがどこかまでは」

「なるほどな」


 軽くため息をつくが、すぐに立ち上がろうとするアルファに手を貸す。


「とりあえず歩いてみるしかないよね......」


 3人がいる場所は何とか地上からの光が届いているものの、遠くになるほど暗闇は濃くなり、先の様子は全くと言っていいほど分からなかった。


「一寸先は闇......か、ばらばらになるのも危険だし、3人で行くか」

「俺もそのほうがいいかな」

「......」


 少し不服そうな様子ではあるが、アルファはまだ痛む傷を抑えながら2人とともに歩き出した。


「流石にこの崖を上るのは無理、だよね......」


 自分たちを挟む壁を見ながら残念そうに言う新之助。枯葉も歩きながら返す。


「流石にな。でも上に戻る手段がないんじゃそうするしかないけど......なあアルファ、さっきオメガが読んでたあの大量の蜘蛛みたいなやつ、お前は呼べないのか?」


 オメガは横に首を振る。


「それが......私の下についてた子達もオメガは何らかの手段で自分の下に置いたみたい」

「何らかの手段?」


 新之助が言った。

「買収とか」

「この世界にもあるんだ」


 そんな具合で枯葉が先頭に立ち、アルファを新之助と挟み込む形で歩いていた3人。だが歩き始めて少し経ったとき、谷の向こうから不気味な音が聞こえてきた。


「ギィィィィ......」


「......ねえアルファ、何かすごい嫌な予感するんだけど......」


 奇怪な音は、生物の唸り声のようにも聞こえた。微かだが低い音で、背筋が凍るような感覚を覚える。


「この声は......ふたりとも、」

 

 何かを察知したアルファは二人の腕を掴むと、


「逃げるよ!」と叫び、先程まで進んでいた方向とは逆向きに勢いよく走りだした。突然の出来事に驚愕する新之助だったが、直後後方から刺々しい外見をした巨大な虫が壁を這いながら追いかけてきた。


「ギィィィィィィ!!」


 この暗闇のため体色はよくわからないが、おそらく黄色に近いと思われる。


「な、何あのキモイ虫!?」

「さっき僕等を追いかけたやつの仲間か......?ってかアルファ、傷は大丈夫なのかよ!?」

「ハァ、ハァ......うるさい......」


 目に見えて披露しているアルファだったが、そのスピードを落とすことはなく、ひとまず巨大虫との距離は開いている。


「あの子は”イモホリオケラ”。臆病な性格で常に巣に籠っているけど、餌が来ると豹変して襲い掛かってくる」

「その巣っていうのは......

「この谷」

「その餌っていうのは......」

「あなた達」

「だよな」


 ひたすらに走り続ける3人。距離は離しているものの、このまま走り続けてもいつか捕まり悲惨な結末を迎えることは間違いない。


「あ......アレ見て!」


 だが、どこの世界にも見捨てない仏はいるものだ。新之助が指さした先には、地上から金色に輝くツタが垂れていた。


「あれなら地上に上がれるかもな」

「でもアルファは......」


 ひとまず足を止めアルファの様子を見るが、怪我をしているのに無理したせいかかなり息が上がっており、一目で疲労状態だと分かる。だが心配するふたりなどお構いなしといった様子でアルファは口を開く。


「わ、私の傷はいいから......早く上に」

「でもその傷じゃ......」


 新之助の言う通り、今のアルファでは一人で上に上がることすら厳しいだろう。だが、今この瞬間もイモホリオケラはこちらとの距離をじわじわと縮めている。


「......分かった、俺が運ぶ」

「し......新之助!でもそれじゃお前は......!」


 アルファも枯葉も困惑する中、新之助は彼女に背を向けその場にしゃがんだ。


「......だってアルファは俺達ふたりを助けてくれたんだから。ほら、おんぶだよ。早く」

「......でも......」

「迷ってる暇ないでしょ!早く掴まって!」

「......!」


 新之助の勢いに押されたのか、慌てて彼の背中に掴まるアルファ。なんだか感じたことのない暖かさを感じた。


「じゃあ登るよ。枯葉も準備は良い?」

「......分かったよ」


 枯葉はあきらめたようにも、少し残念そうにも思える言い方で返した。新之助は光り輝くツタを両手でつかみ、一手一手確実に登っていく。枯葉も後に続くが、やはり自分とほぼ同じ体格の少女を背中に乗せて登っては速度は制限されているようだった。


「......早く......あの虫が来る前に登りきらないと......」


 枯葉たちが登るよりも早く、イモホリオケラの足音は大きくなっていく。この状態で追いつかれたら逃げようがない。新之助は大量の汗を流しつつも、全力で腕に力を込めた。


「はあぁ......!」

「......!まずい」


 だが、ついにその時は来てしまった。イモホリオケラが暗闇の中からその姿を現す。追いつかれたことに最初に気づいたのはアルファだった。


「ギィィィィ......!!」


 イモホリオケラと3人、間は距離にしておよそ5メートル。イモホリオケラは黄色に光る複眼でこちらに狙いを定めると、両手を刀のような形状に変形させた。


「ど、どうしよう!?このままだと食べられちゃうよ!」

「あの子は強い光を嫌う......何か光を発するものがあれば」

「光を発するもの.....そうだ!新之助!ちょっと悪いな」

「え」


 片手でツタに捕まりながら、枯葉は鮎立で新之助のポケットに手を突っ込む。


「ひゃんっ」


 新之助は少しくすぐったそうな様子を見せる。

 だがイモホリオケラはお構いなしといった様子で刀を構え、3人目掛けて勢いよく飛びかかってきた。両手がふさがった状況でも、できる限りアルファを庇うような体勢をとる新之助。しかし刀が目の前まで迫った瞬間、枯葉が新之助のポケットから何かを取り出した。


「よし......喰らえ!!」


 直後、枯葉が取り出した物体は強い光を放つ。イモホリオケラの視界は光で満たされ、その体は激しく悶え始める。


「や......やったか!?」


「多分しばらくは動けない......今のうちに上へ」

「わ、分かった!」


 イモホリオケラが追ってこないことを確認すると、新之助と枯葉は急いでツタを上り始める。


「よし!これで......!」


 新之助は力いっぱい手を伸ばし、ついに地上を掴んだ。眩しいほどに明るい空が心地よかったのと同時に、しばらくの間暗闇と閉塞空間はごめんだと感じた。3人全員が地上に登りきった後、新之助が枯葉に尋ねる。


「......そういえば、さっき何を出したの?」

「これだよ」


 枯葉はそう言って、黒く薄いプレート状の物体を見せてきた。


「......あ、俺のスマートフォン。ライト結構明るいもんね」

「突然ポケットに手を入れたことは謝るよ」

「あれは......ちょっとびっくりした」


 新之助の背中から降りたアルファは、文明の利器をまじまじと見つめる。


「これ......小さいテレビみたいなもの?」

「いやなんでテレビは知ってるんだよ」


 枯葉が呆れ顔でアルファに言う。


「たまにこの世界に落ちてくる......人間が山に捨てたものとか」

「そ......それは気の毒に......」

「いや、一応動くし結構面白いの見れるから私は好き」


 そこで、アルファは始めてふたりに笑顔を見せた。といっても我々の基準では精々微笑といった程度だが、ずっと無表情だったことを考えればずいぶん魅力的に映るものである。


「ぷっ......ははは」

「......何かおかしい?」

「いや......ずっとっ仏頂面だったアルファがテレビの話で笑顔になるなんて、意外だと思って」


 新之助につられたのか、枯葉も笑い出す。


「はは......確かに、何か珍しく人間臭いな」


 ふたりの言葉に、少し悔しそうな照れるような顔を見せるアルファ。だがスカーヴァティーに来てから始めて、3人一緒に笑うことができた気がした。




「......見つからねえ」


 スカーヴァティーのある場所。そこの崖にある漆器のような光沢を放つほど真っ黒な糸で、大木の上に張られた繭のような球体。その中は小さな部屋となっていた。人間の世界から落ちてきた多種多様な装飾品で飾られ、乱雑ながらもどこか強いこだわりと一定の秩序で保たれた不思議な空間。そしてそこの椅子に座っていたのはオメガ。彼女は机を人差し指でトントン叩きながら不満を口にしていた。その目線の先にいるのは、困った様子で身を寄せ合う数匹の蜘蛛。それを見かねたオメガは指を止め、蜘蛛たちに言う。


「全く頼むよ......あんだけ大量の褒美をくれてやったんだからさ」


 辺りを見渡すと徐々に暗くなってきており、更に運の悪いことに雨雲まで近づいていた。そうなれば捜索は困難を極めるだろう。このままではアルファに人間をとられかねないーーそう嫌な考えが頭によぎったとき、一体の蜘蛛が上空から勢いよくオメガの足元へ転がり落ちてきた。彼女はその蜘蛛を自身の目線まで持ち上げて尋ねる。


「んー......どうしたの慌てて」


 蜘蛛は慌てながらも少々大げさな身振り手振りでオメガに伝える。我々にとっては意味のない動きに見えるが、オメガはその報告を理解に気分を良くしたのかにやりと怪しげな笑みを浮かべる。


「なるほど......あいつらそんなとこに......♪」


 言い終わると、オメガは机に置いてあった帽子をかぶり、待機していた大勢の蜘蛛たちに呼びかける。


「さあお前らぁ!!アルファたちが見つかったよ!!」


 彼女の呼びかけに反応し、一斉に目を覚ます蜘蛛たち。オメガは更に邪悪な笑みを浮かべて続ける。


「人間風情を奈落送りにしてやろうぜぇ......♪」


 オメガのシルエットが、月の光に照らされていた。




「......あれ、雨?」


 一方その頃、新之助達3人は頭上にぽつぽつと弱い雨粒が当たり始めたのを感じた。どうやらスカーヴァティーにも雨という現象は存在するようだ。


「このままじゃ風邪ひいちゃうな、どこか雨宿りできるとこはないか?」

「......それなら、あそこにちょうどいいとこが」


 アルファが指さした先には、少し広めの洞穴があった。


「よし、とりあえずあそこに避難だ」


 両手で頭を多いながら、洞穴の中に入る3人。中は比較的綺麗で、もし全員が座ったり寝転んだりしても十分くつろげそうなほどの広さがあった。これなら多少の湿気と薄暗さにも目を瞑れる。


「......なんか暗くもなってきたし、明日になるまでここで休むか?」

「......さんせーい、もうヘトヘト」


 そういうと、新之助は一気に全身の力を抜いて座り込む。


「ふぅ......まさかこんなことになるなんてな」


 次に新之助から少しだけ離れた場所に、枯葉は腰を下ろした。


「......」


 最後に、新之助の隣にアルファが座った。一息ついた後、アルファが少し目をそらしながら言う。


「......新之助、さっきはありがと」


 雨音にかき消されない、ギリギリの音量だろうか。暗くて顔はよく見えなかったが、どちらにせよ彼女から感謝の言葉が出たのは初めてだった。


「......こちらこそ、アルファには助けてもらったし」


「......」


 そんな二人を、少し不満そうに枯葉が見つめる。そんな彼の様子を見かねたのか、新之助が四つん這いに近い体勢で近づく。


「......ねえ枯葉」


 新之助は枯葉に顔を寄せて言った。


「枯葉も、さっきはありがとね。オメガから守ってくれて......」


 新之助も新之助で、少し目をそらしているのが分かった。


「......なに、いつものことだろ」


 枯葉は頭を搔きながら言った。少し目が泳いでいる気がしたが、枯葉に限ってそんなことがあるだろうか、と新之助は思った。


「それにしても、不思議な世界だな。ここは」


 枯葉が目を閉じて地べたに寝そべる。と言ってもまだ眠る気ではないらしい。


「綺麗な景色が続いて平和な場所だと思ったら、突然変な女に襲われて。今度は暗闇でデカい虫に襲われる」


 枯葉は乾いた笑い声を出しながら続ける。


「おまけに雨まで降るしな」


 新之助も同じように苦笑いしながら返す。


「......でも、よく考えたら来たときもいきなり虫に襲われたよね」

「確かに、それもそうだな」


 なんだか昔の関係に戻ったかのような会話だった。そう考えれば、この奇想天外な世界に来てしまったのもそこまで不幸なことではないのかもしれない。最も、もうあんな怪物に襲われる様な目には二度と会いたくないが。そう、偶然か必然かふたりは同じようなことを考えていた。


「......ねえアルファ」


 新之助はアルファに声をかける。それに合わせて、枯葉も体を起こした。


「......何?」

「さっきテレビ見てるって言ってたよね。どんな番組見てるの?」

「いや、てかそもそもなんで見れるんだよ」

「......残留思念みたいなもの、かな」


 アルファはぽつぽつと語りだした。


「残留思念?」

「そう。物には持ち主によって何かしらの思いが残されてる。良い思いであれ悪い思いであれね。その

残った思いをもとにいくつかの番組がたまに画面に映るの」

「......ってことは好きな番組は見れないし、それも昔のだけってこと?」


 新之助が少し大げさに言った。


「まあ、そういうこと。でも退屈なスカーヴァティーでは結構楽しい娯楽になるよ」


 アルファは少し微笑みながら言った。


「例えば?」

「例えば......動物が出てくるやつとか」

「動物!犬とか猫とか?」

「あとハムスターとか」


 新之助とアルファは実に嬉しそうに、意気投合したかのように話し始めた。


「だいぶ俗的だな」


 そんな二人の様子を見ていた枯葉は、少し皮肉っぽく言った。


「でも枯葉だって可愛い動物は好きでしょ?」

「いやまあ......そりゃそうだけど」


 枯葉は不満気にこちらを見つめる新之助を見ながら言った。



 そうして、話は洞穴の外が真っ暗になる時間まで続いた。話題は主にアルファの視聴するテレビについてのものだった。雨の音で満たされた夜だったが、3人で話したから寂しくはなかった。


「......」

「アルファ、何か眠そうだけど大丈夫?」

「......ごめん、ちょっと疲れたみたい」


 そういうと、アルファはゆっくりを体を横にした。柔らかな雨音が、彼女に向けた子守歌の様に聞こえた。


「......大分暗くなってきたな」


 枯葉は外の様子を確認しながら、先ほどより少し音量を下げて言った。依然雨も降り続けるままだった。


「なんか明かりがあると良いけど」

「あっ......それなら」


 そう言いながら、新之助はポケットから携帯電話を取り出す。


「ああ、それを明かり代わりにするか」


 新之助は軽く頷くと、携帯電話の電源ボタンを押した。するとそこに映し出されたのは、昔ふたりで描いた思い出の絵だった。待ち受けにしていたものだった。


「......!それ......」


 枯葉が画面に向かって指を指す。


「......まだ待ち受けにしてくれてたんだな」

「あっ!?ええっと......」


 新之助は一気に顔を赤く染め、慌てて携帯を隠した。


「おいおい、なんで隠すんだよ......暗くなっちゃうだろ」

「ご、ごめん......」


 そう言うと、彼は携帯を地面に置き直す。体育座りして、赤面する顔を隠す新之助。そのあと少しの間は雨音以外誰も喋らなかったが、再び口を開いたのも新之助だった。


「......ねえ、枯葉」


「......なんだよ」


 少しだけ考えるようなそぶりを見せるが、すぐに枯葉の方を向き直して言う。


「また......ふたりで絵描けないかな」

「......そうだな」


 意外にも、返答は即座に帰ってきた。新之助の顔は明るい笑顔へと変化するが、直後枯葉の口から予想外の言葉が出た。


「......でも、やっぱり今の僕にその資格はない」

 

 枯葉はそう言いながら、ゆっくりとその場に横たわる。表情が硬直する新之助。


「......か、枯葉......?」


「新之助もとりあえず寝とけよ。疲れたって自分で言ってたろ」

「寝とけって......」


 汗が一筋流れた。新之助は僅かに口角を上げながら、横たわっている枯葉に手を伸ばすが、隣で眠っているアルファの存在を思い出すと即座に手を戻す。

 

 先程まで優しい子守歌に聞こえた雨音が、だんだんと自らの胸を撃つ銃弾の音に変化した。


「......」



 それから、少しだけ雨の音が小さくなるまで。眠っている二人を見つめてぼーっとしていた新之助。だがスマートフォンに充電低下の報告が映った瞬間、なんだか自分だけ起きているのもバカらしくなってきた。そして二人を起こさないようゆっくりと電源を切り、静かに横たわって眠りにつくことにした。できる限り枯葉から離れて。


「......」


 外にあふれだしそうな未練を瞼でせき止める。布団をかけないで寝るのは肌寒い。





 ドオオオン!!


「!?」


 おそらく人生史上最悪の目覚ましであろう。突然の爆発音に3人は一斉に目を覚ました。洞穴の外を見ると、そこにいたのは大量の青い蜘蛛の軍勢と、1体の赤くて巨大な虫と、それに乗ってこちらを見下ろす一人の少女だった。


「......オメガ、なんでここが」


 煙が晴れたあと、アルファがオメガを睨みつける。


「よう......良い夢見てたとこ悪いね」


 起き上がったアルファは、瞬時に戦闘形態へ変身しようとする。だがその瞬間肩の傷が痛み、その場に倒れこんでしまう。


「......アルファ!まだケガしてるのに!」

「......これくらい、どうってことない......」


 多少睡眠で回復したとはいえ、肩の傷はまだ完全には治っていない。息をあげ苦痛の表情を浮かべるアルファを、オメガは憐れむような目つきで見る。


「あらら、カワイソウに......」


 口に手を当て、わざとらしく笑いだすオメガ。だが次の瞬間、彼女は枯葉に目を向けた。


「ま、アタシのお目当てはこっち♡」


 背筋に悪寒が走るような感覚を覚える枯葉。そんな様子にさらに興奮したのかは不明だが、オメガは上機嫌で続ける。


「やっと見つけたよ人間......枯葉クンだっけ?」


 オメガが話す間、彼女を乗せた巨大虫はじりじりと枯葉に近づく。


「まあそんなに怖がらなくていいからさ、お姉さんと”楽しいとこ”行こうぜ?」


 巨大虫と枯葉、それぞれの顔面が衝突する寸前まで近づく。巨大虫の特性だろうか、すさまじい熱気を感じる枯葉。その額からいくつもの汗が流れた。


「枯葉、そいつの話は聞かないで。ロクな奴じゃない」


 傷の痛みに顔を歪めながらも、アルファは枯葉に言う。


「......こんな大量に手下連れて来て、脅しのつもりかよ」


 枯葉は声を震わせつつも、何とか強気に返す。そしてこの絶望的な状況でもそんな態度を保ち続ける彼に、オメガは嬉しそうに言った。


「アハッ!いいねいいねぇ!そのナマイキさ嫌いじゃない......」


 それから少しだけ、オメガの笑い声だけが響いた。ただ笑うだけで動き出さないオメガに、アルファは警戒し続ける。だが満足のいくまで笑い終えた瞬間、オメガは目を見開いて言った。


「でも」


 その鋭い視線は新之助に向けられていた。


「こいつが君の弱さだ!!」


 次の瞬間、オメガは戦闘形態へと変身し新之助に巨大な鈍器を振り上げた。


「......!!」


 それに反応したアルファも変身しようとするが、エネルギーが不足しているためか直前で元の姿に戻ってしまう。


「や.......」


 瞬間枯葉の視界に映ったのは、狂気の表情で染められたオメガと、それを静かに見つめる虫の軍勢と、苦痛の顔でその場に座り込むアルファ。


 そして目に涙を浮ながらこちらを見つめる、友の姿だった。


「やめろっ!!」


 枯葉の声が響いた瞬間、周囲の空気が停止する。


「目的は僕なんだろ?......だったらそいつには手を出すな」


 その瞬間、それまでに見たことないほどの笑みを浮かべるオメガ。彼女は武器を新之助の頭上で止めたまま、枯葉に向かって叫ぶ。


「アッ......ハハハハハ!!そうそう!枯葉くん、やっぱり君はどうしてもこの人間を守ろうとするんだ

ね!」


 そうしてオメガとアイコンタクトを交わした蜘蛛たちは、あっという間に枯葉を取り囲んでしまう。逃げ道はどこにもない。


「枯葉......!」

「安心しろ、騒がなければオイタはしねえよ」


 蜘蛛たちに身を任せ、されるがままに体を掴まれる枯葉。その細い8本足で彼をしっかり掴んだことを全員で確認すると、わしゃわしゃと動きながらオメガの元へ運ぶ。


「アルファ!なんとかできないの!?」


 新之助は涙ぐみながらアルファに向かって叫ぶ。だがアルファはその場に倒れ込んだまま、一言も返事をしなかった。


「アルファ......」

「アハハッ、良いザマだぜ」


 オメガは実に嬉しそうな様子で物言わぬアルファを眺めた。


「へへッ......近くで見るとますますかわいい顔してんなあ」

「なっ......」


 枯葉の体を巨大な手でつかみ、その全身を舐め回すかの様に見つめるオメガ。


「さてと」


 枯葉の鑑賞に満足したのか、オメガ変身を解除し蜘蛛達に呼びかける。


「欲しいものは手に入った!アルファたちのことはしっかり見張っておくんだよ!」


 蜘蛛達はほぼ一斉にうなずくと、またわしゃわしゃと集まってアルファと新之助を取り囲んだ。


「そんじゃ、そろそろ行こっか♡」


 次の瞬間、二人を乗せた巨大な赤い虫の全身から光が放たれたかと思うと、まるでロケットのように大空へと飛び立った。周囲を包む風が新之助の髪を揺らし、涙を空へ飛ばす。最後に目を開いたときに見えたのは、はるか上空からこちらを見下ろすオメガの顔だった。


「......」


 涙を流しながら呆然と立ち尽くす新之助を、無数の青い蜘蛛が囲いじりじりと追い詰める。倒れて動かないアルファをよそに、蜘蛛達はその真っ黒な目を光らせ新之助に狙いをつける。そして次の瞬間ーー


 言語化しがたい効果音とともに、蜘蛛達の口から勢いよく白い液体が発射された。それは新之助の体を包むと、瞬く間に硬化しその体を拘束する。そして新之助は無表情のまま、それを受け入れた。





「......」


 枯葉がいなくなってから少し後。新之助とアルファは、蜘蛛達の糸によって二人並んで木に縛り付けられていた。その間にアルファも目を覚ましており、掠れるような声で隣の新之助に話しかける。


「......ごめん、私のせいで」

「アルファのせいじゃないよ」


 新之助は無表情のまま続ける。


「全部オレのせいなんだ」


 独り言のように淡々と。


「オレが枯葉に甘え続けたから」

「新之助......」


 それはまるで当然の結果であるように新之助は話していた。昨夜、僅かな時間ではあるが枯葉とは昔の関係に戻れた気がした。だがそれは結局のところ幻想でしかなかった。そもそもこの世界事態が幻想のようなものであり、その特異な状況だからこそ成立しただけなのであろう。そしてきっともう2度と彼に出会うことはできない。

 そうやって新之助が悲しみに暮れる中、蜘蛛達は何かに気づき新之助の体を探り始める。口を止め、少しくすぐったそうな様子を見せる新之助。そして蜘蛛が彼の体から取り出したものは、昨夜明かり代わりとして使っていた携帯電話だった。蜘蛛達は初めて見る電子機器に興味と動揺を見せるながらも、協力してゆっくりと運びだす。だが途中で一体が大きくバランスを崩し、携帯電話を地面に落としてしまう。それによって画面に光が灯り、新之助の目にはその待ち受け画面が移った。


「あ......」


 そう。それは昔新之助と枯葉の二人で描いた、思い出の絵。お互いの個性を活かし合い、多様な色で染め上げ、お互いの絆を確かめ合った一枚。


「......」


 新之助はまた、涙を流した。だが直後の表情は悲しみではなく、何か決意をしたようなものだった。



「......みんな!!」


 次の瞬間、彼の上げた大声は、遠くの蜘蛛達にも十分に響いた。それらは各々の作業を止め、ほぼ一斉に新之助の方を向く。


「......俺を......オメガの、枯葉の所に行かせて!!」

「な......」


 驚愕の表情を見せるアルファ。勿論それは蜘蛛達も同様であった。新之助は必死に続ける。


「勿論無理な願いなのは分かってる......でも、こんな終わり方は嫌なんだ!!」

「し......新之助」


 新之助はもがいて糸を引きちぎろうとする。だがびくともしなかった。蜘蛛達による拘束は恐ろしいほどに頑丈だった。


「......無駄だよ新之助。蜘蛛達の体色は陣営を意味する。今は青いから、基本的にオメガの命令にしか従わない」


「......くっそぉ......」


 しばらくもがき続けたが、結局拘束から逃れることはできなかった。目からあふれ出た涙が地面にぽつぽつと落ちる。


「......枯葉......」


 俯いて泣き続ける新之助を、アルファは静かに見つめる。彼女は何も言わなかった。


 ーーだがその時だった。一匹の蜘蛛が、新之助の携帯電話に注目した。もっと言えば、それに映っていた一枚の絵に。


「あ......」


 その蜘蛛は絵に夢中になっていた。他の蜘蛛も気が付いたのか、ぞろぞろと集まって絵の鑑賞を始める。やがて蜘蛛達はそれに心を奪われたような様子を見せ、新之助に尋ねる素振りをした。


「......それ、枯葉とふたりで描いたんだ」


 新之助は微かに微笑みながら言った。


「もう......一緒には描けないけど」


 新之助が言い終わると、蜘蛛達は一斉に頷き合うような動きを見せた。するとその体は冷たい青から、徐々に徐々に暖かい金色へと色を変えていった。


「な......なにこれ、こんな色見たことない」


 アルファは自身の目を疑うが、確かに蜘蛛達は金色の光を放っていた。


「あ......糸が」


 いつの間にか糸も光を放ちながら、ぼろぼろと崩れていった。こちらを見つめる蜘蛛達の視線は優し気だった。


「みんな......ありがとう」

「待って」


 だが、新之助の行く手を阻むもう一人の存在がいた。アルファだった。彼女も蜘蛛達の糸から解放され ていたが、未だ体の傷は癒えていなかった。


「私はまだ変身できない......あなただけじゃ無理」


 彼女の声は震え、その顔はいつもの無表情から一変して険しいものだった。


「で......でも」

「あなた場所も分からないでしょ」

「そ、それは......でも、アルファもまだ傷残ってるんだから無理だよ」


 新之助の言う通りだった。彼の応急処置で大分マシになったとはいえ、まだ傷は痛む。戦闘はおそらく厳しいだろう。だがそれでも、彼を一人で行かせたくなかった。


 ーーだがそこで、蜘蛛達がアルファの足元に集まった。ぞろぞろと足音を立てながら。そして辺りは眩いばかりの光に包まれ、一気にアルファの元へと集まる。思わず両目を手で覆う新之助。そして目を開くと、蜘蛛達の姿はなく、そこにいたのはアルファ一人だけだった。


「く......蜘蛛達は?」

「......これ」


アルファは肩のハンカチを解く。するとそこにあったはずの傷はなく、アルファ自身の疲れも取れているように見えた。


「......私もまだ、この子達のことよく知らないみたい」


 アルファは傷口だった場所を撫でながら言った。





 スカーヴァティーの底の底。そしてさらにその下の場所。色とりどりの美しい自然が徐々に、徐々に暗く冷たく、そしてグロテスクな空間へと変貌していく。最初の方は上から差し込む光で暖かかったがもうそれも届かず、下から助けを求めるかのようなうめき声が聞こえるばかりになった。


「なかなかいい場所だろ?スカーヴァティーも悪くはないけど、アタシ的にはこっちの方が居心地がいい」


「......ここはどこなんだ?」

「”ナラカ”さ。罪深き愚者が最後に行き着く、真なる地の底。イカした響きだろ?」


 こんなおどろおどろしい場所に惹かれるのは如何なものか、と枯葉は考えたが、人の姿に戻ったオメガのファッションとナラカの景色の一致ぶりを見れば理解は早かった。まあ好みは人それぞれということか。


「......ねえ、もしかして怖がってる?」

「当たり前だろ!こんな気持ち悪い場所に、デカい虫に乗った不気味な女に誘拐されてるんだから」

「にしては饒舌だねえ」


 オメガはまるで枯葉の反応を楽しんでいるようだった。その証拠に頭をポンポン叩いてくる。実に楽しそうに。


「......ねえ、そういえば君とあの友達ってもしかしてケンカ中?」

「......逆に聞くけど、なんでお前とアルファはあんなに仲悪いんだ?特に争う理由もないように見えるけど」

「質問を質問で返さないでよ......ま、君が知りたいなら教えてあげる」


 周りの景色に気を取られて気づかなかったが、オメガの口調はいつもより優しげだった。


「アタシとアルファはこの世界を守る役目を与えられてんだけど、ほら、あいつってちょっと古臭いとこあるだろ?」

「古臭い......ま、まあ」


 思い出すと、確かにアルファの服装はオメガに比べて幾分地味な気がした。


「規律に厳しすぎるっつーのかな......君みたいな迷い人の処遇を巡って、言い争いも殴り合いもいっぱいあった」


 殴り合いというレベルだっただろうか。というか、迷い人側からすればいい迷惑である。


「.......ま、あいつなんかよりアタシの方が一緒にいて楽しいだろ?」


 オメガは少し目を泳がせながら言った。初めて見る表情だった。


「なんなら......あの友人よりも」


 彼女がその言葉を言った瞬間、枯葉はそれまで虚ろだった目を見開く。


「お、思った通りいい反応♪」


 いつもの様子に戻って顔を近づけてくるオメガ。


「やっぱりアイツのせいなんだね、君がアタシのものにならないのは」


 気づけば辺りの様子にスカーヴァティーの面影は残っていなかった。枯葉の顎を指で持ち上げ彼女は続ける。


「君はあの友人に縛り付けられているんだ。自分が守ってやらなきゃいけないとかいう君自身の美しい精神によってね」


 オメガは瞬きをしていなかった。


「でも君は気づいたんだ。このままじゃダメだ、お互いのためにならないって」


 オメガは吐息が聞こえる位置まで近づいていた。


「だから彼から身を引いた......でも大丈夫さ。アタシは強いから、君に心配なんてかけない......」


 オメガは枯葉に手を伸ばす。まるで縄で縛るかのような手つきだった。


「......」


 視界がオメガで満たされていく。だがこれも当然の結果なのだろうと枯葉は思った。むしろこのままオメガという存在に溺れてしまった方がずっとずっと楽であるとも。


 それからどれほどの時間が経っただろうか。その間、枯葉はずっとオメガに抱かれていた。暖かい様で、冷たい体だった。やがてゆっくりと下に降りていた巨大虫の動きが止まる。最深部についたのか、オメガは枯葉を放し、目の前に聳え立つ恐ろしく巨大な門を見せてきた。


「......さあ、ついたよ。これが”奈落門(ゲートオブナラカ)”。ここを潜れば、晴れて君もアタシの仲間入りだ」


「......」


 ”あれ”を潜れば、オメガの仲間入り。それはすなわち死者に近い存在になることを、もっと言えば人間でなくなることを意味するのではないか。思わず背筋が凍るような感覚を覚える。


「さ、それじゃ......行こっか♡」


 オメガの言われるがまま、巨大虫から降りて奈落門へ歩き出す枯葉。もう抵抗すら無駄なことは分かっていた。何かのミスで自分はこの世界に来てしまい、何らかの理由があってこの不気味な女に好かれ、その所為で人間を辞めようとしている。ただそれだけのことだ。何も怖がる必要はない。ひたすら、ひたすら、そう自分に言い聞かせた。


 だが最後に一つだけ、後悔が残っていた。


(最後に一回、一回でいいんだ)


 新之助の顔が頭に浮かんだ。


(お前と、本音で話したかったよーー)




 次の瞬間、真っ暗な空間にいくつもの光が差し込んだ。


「枯葉!!」

「!?」


 眩い光の先に見えたのは、戦闘形態へと変身しこちらに急降下してくるアルファ。そしてーー


「新之助!お前......」


 正直なところ来てほしくはなかった。もうこれ以上彼を危険な目に合わせたくない、というのが枯葉の本音だった。だが新之助はその意志に反した。


「助けに来たよ!」

 

 新之助は振り落とされないよう、必死にアルファに掴まっているようだった。そしてオメガを射程圏内に迎えたアルファは武器を天高く構える。だがそこでオメガも見るからに苛立ちを見せながら、それまで移動手段としていた巨大虫に命令を出した。


「チッ、せっかく良いムードだったのによお......どうやって抜け出したか知らねえけど、おい"ヤブダキヒアリ"!!あいつらを燃やしつくしちまいなぁ!!」


 ヤブダキヒアリと呼ばれたそれは、肩から二門の巨大なキャノン砲を展開し、エネルギーの充填を始めた。だがそれももう遅く、すでにアルファの武器は目の前まで迫っていた。


「ここで決着をーーつけてやる!!」


 そしてそこから放たれるのは、地上まで響くほどの衝撃。オメガが枯葉を抱えて跳んだ瞬間、ヤブダキヒアリはすでに原型を留めていなかった。


「クソッ、どうやって逃げ出したかは知らねえがよお......」


 オメガは歯を食いしばりながらアルファを睨みつける。


「アタシ達二人の時間を邪魔すんじゃねえよ!!」


 枯葉を背に乗せ、彼女は戦闘形態へと変身する。そしてその勢いで武器を構えながらアルファに突っ込む。そして始まったのはすさまじい鍔迫り合いであった。


「オメガ、枯葉を開放して」

「相も変わらずうるせえ野郎だなあ.......またお得意の”ニョライ”の意志かよ?」

「......これは私自身の意志」

「なっ......」


 決意の表情とともに、アルファは力強くオメガを押し返す。そして武器を彼女に向かって大きく振りかざした。だがそこでオメガは不敵な笑みを浮かべる。


「オイオイ忘れたのかよ?アタシにあってお前にない武器、圧倒的アドバンテージをよお......」


 次の瞬間、オメガは肩に取り付けられたビームキャノン”亦復如是(ヤクブニョーゼー)”の照準をアルファに定める。そこから漏れ出す青白い光が凄まじいエネルギー量を感じさせた。


「危ない!」


 新之助が言った。だが直後アルファは予想外の行動に出る。


「同じ手は喰らわない!!」


 なんとアルファは、両手に持っていた武器を地面に投げ捨てる。そしてその鋭利な頭部を前にし、オメガの胴体向かって強烈な刺突にも近い頭突きを喰らわせた。


「ぐおぉっ......!?」


 それによって大きく体勢を崩すオメガ。アルファはその隙を逃さず、亦復如是に手を伸ばし、力いっぱい胴体から引きちぎった。周囲にオメガの金属片と体液が飛び散る。


「なっ......!?てめえ......!!」

「これでもう、アドバンテージとやらはないね」


 地面に落とした武器を拾いながら、少し得意げに微笑むアルファ。



 睨み合うふたりの巨人。その間にはピンと張り詰めた冷たい空気が流れていた。


「ケッ、めんどくせえことになっちまったな......」


 オメガは引きちぎられた部分を痒そうにいじりながら言う。


「......お、おい!!」


 だがそこで、オメガの背に掴まる枯葉が大声で言った。


「新之助!!お前なんで来たんだよ!?」


 新之助は微笑みながら答えた。


「なんでって、枯葉を見捨てるわけないでしょ」

「で、でも......僕はお前を危ない目に合わせたくなくて......」


 今度は、枯葉の方が涙ぐんでいるように見えた。下を向き、乗っていたオメガの背中を軽く拳でたたく。


「いてっ」


「新之助......僕はもうお前とは......」

「いつも枯葉に助けられてばっかだから。これからがどうあれ、今度は俺が枯葉を助ける番。それにーー」


 新之助はオメガの方を指さして言った。


「こんな奴に枯葉を任せるわけに行かないからね」

「なっ......」


 新之助の強気な発言にプライドが傷つけられたのか、オメガの表情はみるみるうちに怒りに染まる。それとは対照に、どこかアルファは得意気に見えた。


「いっ......言うようになったじゃねえかクソ人間......だが状況はアタシが優勢ってこと分かってんのかよ?」


 オメガは、後ろの巨大な門を指さして言った。


「......あれが奈落門(ゲートオブナラカ)?」

「そう。あそこを枯葉に通らせたらだめ」


 移動中にアルファが話したのか、新之助は既に奈落門について知っているようだった。


「おお、もう知ってんのか。なら話が早いね」


 そう言うと、オメガは背に乗っていた枯葉を巨大な指でつかむ。


「お......おい!」


「ちょっと手荒だけど......ごめんね♪」

「え」


 次の瞬間、オメガは掴んだ枯葉を奈落門に向かって思い切り放り投げた。アルファは止めようとするが、惜しくもオメガが投げる方が早かった。


「枯葉!!」


 直後、奈落門が開きそこから一気に無数の腕が飛び出る。人間の腕とは程遠い、グロテスクな造形と色をした生気のない腕だった。


「う、うおっ......!」


 そしてそれらの腕は、あっという間に枯葉の全身を包み込む。そしてゆっくりと、奈落門の奥へ枯葉を引きずり込むのだった。


「......!!オメガ!」


 アルファは背中のブースターを吹かせ凄まじい加速をつけながら、オメガに突進する。だが彼女も負けじと自身の武器で応戦した。


「そんなにカッカなさんな、お前はそっちの人間の方がお気に入りなんだろ?」


 オメガは新之助を見ながら言った。


「そういう問題じゃ......ないっ!!」


 アルファはオメガを力いっぱい押し切る。だがそれでも奈落門と枯葉の所までは届きそうにない。アルファは一瞬だけ考えるが、すぐに新之助の方を向いて言った。


「......新之助、よく聞いて」

「......アルファ」


 彼女の顔つきから、事態の深刻さが伺える。新之助はゴクリと唾を飲んで彼女の話に耳を傾けた。


「枯葉が完全に奈落門(ゲートオブナラカ)に取り込まれるまでにはまだ時間がある。だからそれまでに救出すれば枯葉は助

かるけど、オメガはそれを全力で阻止してくる。私はそれの相手をしなきゃいけない、だからーー」


「枯葉は俺が助けなきゃいけない、でしょ?」

「そう」


新之助は全く物怖じせずに続ける。


「それぐらいの覚悟はできてたよ。じゃなきゃこんな場所来てない」

「なら良かった......それじゃあ、これを持っておいて」


 そう言うと、アルファは新之助に小さなネックレスを渡した。金色に光る糸と、真っ赤に輝く結晶でできていた実に美しい一品だった。


「......これは?」

「私の糸と、体の破片でできたネックレス。それがあれば奈落門の手を少しは退けられる」

「......分かった、ありがとう」


 新之助がネックレスを首にかけると、二人は奈落門へと目を向ける。



「なぁにこそこそ話してんだよ!!」


 だが次の瞬間、オメガが堪忍袋の緒が切れたかの如き勢いで迫ってきた。その青い瞳には殺意にも近い感情が込められている。


「新之助、行って!」

「うん!」


 アルファが動き出したとほぼ同時に、新之助が彼女の背中化から飛び降りる。落下の衝撃で一瞬その場に足をつくも、すぐに体勢を立て直し奈落門の、そしてそこに囚われた枯葉の元へ走り出した。



「オメガ......!!」


 激しくぶつかり合うふたりの巨人。オメガの遠距離攻撃手段が失われた今、その力量はほぼ互角であった。


「ケッ、やるじゃねえの......」


 だが単純なパワーではアルファの方が上に見えた。徐々にオメガは後ろにへと押されている。


「っだがよお......!」


 なんとかアルファをはじき返し、武器を前方に構えたオメガが言う。


「もうアタシの攻撃手段は全部出し尽くしたとでも思ってんのか?」

「......?」


オメガは続ける。


「この武器の名前は”罵儒羅(バジュラ)”。正式名称を”近接遠距離両対応型特殊金剛杵罵儒羅”。この意味が分かるか?」


「まさか......!」

「そのまさかさ」


 アルファが止めようと武器を振りかざした瞬間、オメガは罵儒羅を頭上に掲げる。すると金属の部分が一斉に展開し、中から無数の光が炎を伴って飛び出した。


「新之助!危ない!!」

「!!」


 放たれた光は少しの間空中を踊るが、新之助を捕らえた瞬間一気に地面へと急降下をはじめる。そしてそれらが地面に触れた瞬間、大爆発が巻き起こった。それは我々人類の武器で言うところのミサイルに近い機能を有していた。凶悪な誘導弾が新之助を襲う。


「っ......!」


 予想外の事態にアルファは新之助へと視線を向ける。だが速度自体はそこまででもなかったおかげか、新之助でも何とか避けることができていたようだった。それをみたアルファは安堵するが、その隙をオメガに突かれてしまう。


「......おっとぉ!その人間のことがそんなに大事かよ!?」

「......!!」


 アルファとの距離を一気に縮めたオメガは、超至近距離で罵儒羅を構える。そして間髪入れずに、再び光が放たれた。


 ズガアアアン!!


 アルファの体液と金属片が周囲に激しく飛び散る。爆音に気づいた新之助が振り返ると、アルファの胴体は大きくえぐられていた。


「アルファ!!」

「私のことはいいから......!」


 アルファはギリギリの所で意識を保ち、声を絞り出しながら新之助に呼びかける。彼もその思いに応えるように、枯葉の方へと再び走り出した。



「うああぁ......!!」


 新之助が全力で駆ける中、枯葉は今まさに奈落門から飛び出した手に飲み込まれかけていた。無数の手の隙間からわずかに枯葉の苦悶の表情が見える。


「枯葉!!」


 凸凹とした悪路の中、必死に走り続けついに奈落門の正面までたどり着く。近くで見るとより一層巨大に、そして何より言いようのない恐怖を感じた。


「......枯葉、今助けるから!」


 一瞬だけうろたえてしまうが、すぐに奈落門の方へ手を伸ばす。しかし枯葉に届く前に、無数の手がこちらにも伸びてきた。


「うっ......」


 それらの力はすさまじかった。どんどん奈落門の奥へと引きずり込まれそうになる。だがそれは単純な力の強さというよりかは生気を吸われているような感覚で、新之助が全力で振りほどこうとしてもぴくりとも動かなかった。しかし枯葉と同じように奈落門の奥へ引きずり込まれそうになった時、アルファにもらったネックレスが光りだす。


「......!」


 するとまるでその光を避けるように、まとわりついていた手が離れていく。これなら行ける、と確信した新之助は、光で前を照らしながら囚われの枯葉に近づく。


「......新之助」


 新之助に気づきゆっくりと顔をあげた枯葉が、乾いた笑みを浮かべながら弱弱しい声で言った。


「助けに来たよ!さ......帰ろう」


 奈落門の手がどんどん離れていく中、新之助は枯葉に手を伸ばす。だがふたりの手と手が触れ合おうと した瞬間、それまで離れていた手が再び枯葉を包んだ。


「なっ、なんで......!」


 枯葉はまた下を向きながら言う。


「......言っただろ、僕にまたお前と前みたいな関係に戻る資格なんてない」


 手の拘束がさらに強くなるのを感じた。あきらめたような顔をする枯葉に、新之助は必死に呼びかける。


「ま......待って枯葉!」


 枯葉が顔をあげる。新之助は周囲の手を払いのけ、枯葉に顔を近づけて言った。


「......俺、君に伝えなきゃならないことがあるんだ」


「......」


枯葉は何も言わず、新之助の話に耳を傾けた。


「......俺、ずっと枯葉に甘えてた。最初小学校で出会った時から俺は背も小さくて泣き虫で、でもいつも枯葉が助けてくれてた」


 新之助の言葉に、思わず枯葉も過去を振り返る。出会った時からずっと、新之助のことは守ってやらな ければいけないと、なぜか自分に呪縛にも近い使命を抱かせていた。


「中学に入ってからも、俺は枯葉に頼ってばっかで.......でも他の奴らも君のすごさに気づいて、色んな奴らに頼られるようになってた」


 確かに、中学に入ってから部活やら委員会やらで、新之助と関わる機会も減っていた。勿論それだけではなく、自分自身彼を避けてしまっている部分はあった。気づけば、新之助は涙を流していた。


「......だから、君に嫌われても仕方がないと思った。そりゃそうだよ。何の取り柄もない俺なんかと一緒にいるより、たくさんの友達や部活の仲間と過ごした方が君にとって何倍も、いや何百倍もいいに決まってる」


 この言葉の後、新之助は少しだけ無言になった。枯葉にとって新之助の涙はもう見慣れたものだが、こんな静かに泣くのを見るのは初めてだった。だが次の瞬間、新之助は顔をあげ一層大きな声で言った。


「......でも!だからこそ、君はこんなとこにいちゃだめだよ!!俺との関係を戻さなくたっていい、でも元の世界には帰ろう!!」


 そして新之助は、枯葉の腕を掴む。だがそれでも彼の体はびくともしなかった。


「枯葉......!」


「......新之助」


 枯葉が口を開く。


「甘えてたのは......依存してたのはお前だけじゃない、僕もなんだ」


 新之助は涙を流しながら彼の話を聞いた。


「お前と一緒にいることで......そしてお前を守ることで、僕はきっと自尊心を保っていたんだ。でもお前はどんどん身長も大きくなって、声変わりもして、絵もどんどん上手くなって、でも僕の描く絵とは少し方向性が変わってた」


 直後、枯葉が顔をあげる。気づけば、彼も同じように涙を流していた。


「......怖かったんだ、お前が僕の手から離れてくのが。それが嫌だから、自分にもお前にも嘘をついて距

離をとった。そんで今回の旅でお前は思ってたよりずっと成長してて......もう俺に価値なんてないんじゃないかと思って、それでオメガの誘いに乗ったんだ」


 枯葉が話し終わった途端、周囲の手の締め付けがさらに強くなる。思えば、それは枯葉の心の波と比例しているかのようだった。視界が暗闇で包まれる。だが直に、そこに光が差し込んだ。


「......ありがとう、本音を話してくれて」


 新之助のネックレスが、より一層強い光を放つ。すると無数の手は苦悶の様子を見せるとともに、金色の粒子となって次々と消滅していった。


「......新之助」


 見つめ合うふたり。お互い涙を流しているのがなんだか可笑しかった。


「じゃあ......帰ろうよ。いろんなアレコレは置いといてとりあえず、さ」


 そういいながら、新之助は枯葉の腕を引っ張る。するとスポン、という子気味よい効果音とともに、枯葉の体は完全に奈落門から抜けていた。


「新之助......」


「......何?」


新之助が少し嬉しそうに返す。


「ありがとな」


 お互い真っ黒に汚れて、傷だらけで、涙も流して。でもなんだか少しだけ、照れくさい気がした。







「......さァ、これで終わりにしようか」

「っ......!」


 一方その頃、長きにわたるアルファとオメガの戦いに終止符が打たれようとしていた。武器である怒琉 是を破壊され、全身に損傷を負ったアルファがその場に膝をつく。地面がドシンと揺れた。


「あぁ、このときをどれほど待ち望んだことか......」


 オメガは、それまでに経験がないほどの笑みを浮かべながら罵儒羅(バジュラ)を天高く掲げる。


「それじゃあ......さよなら」


 次の瞬間、アルファの頭部目掛けて罵儒羅が振り下ろされた。それと同時に、スカーヴァティー全土に響くほどの金属音。そしてオメガの笑い声。これで遥かなる因縁も、壮絶な喧嘩も、ふたりの関係も、全て終わった。





 かに、見えた。


「なっ......」


 戦いは、まだ終わってはいなかった。アルファはその手で、罵儒羅を掴み頭部への直撃を防いでいた。そして徐々に、徐々にオメガの方へと押し返す。


「このやろ......どっからそんな力が......!」


 オメガが再びアルファに目を向けると、彼女は赤い瞳でこちらをまっすぐに見ていた。


「......あなたに勝たないと、私は......進めない!!」

「......チィッ!!」


 オメガはアルファを振り払い、一旦後ろに距離をとる。そして地面に着地すると、指を指してきながら言った。


「......持ちこたえたようだけど、武器もなしにどう戦うつもりだよ?結局のところ、アタシが優勢なのは変わんねえんだよ!!」


 確かに彼女の言う通りだった。オメガも決して無傷とは言えないが、アルファの損傷は激しく、加えて武器の有無による差もある。だがアルファは物怖じせずに返した。


「......武器なら、まだある」

「なんだと?」


 意外な返答に警戒するオメガ。彼女の様子からは、決して嘘を言っているようには見えなかったからだ。


「これは本当に最後の最後の切り札ーー」


 アルファは一瞬だけ目を閉じ、小さな巡礼の旅を振り返った。最初はいつも通り迷い人をマヌシャに返すだけだと思っていたこと、オメガとの闘いで撤退の選択をしたこと、新之助に怪我の手当てをしてもらったこと、枯葉の機転に助けられたこと、好きなものについて話したこと、蜘蛛達の知らない一面について知れたこと。そして、新之助と心を一つにしてオメガに立ち向かったこと。あのふたりを、オメガの好きにさせてはならない。その思いを胸に、彼女は目を見開いた。


「だけど、今この場で使わせてもらう!」


 直後、アルファの背中に装備されていた2つのブースターが飛び出し、本体から分離した。さらにそれらはガチャガチャと金属音を鳴らしながらどんどん形状を変化させていく。


「な......」


 完全に予想外の事態に狼狽えるオメガをよそに、アルファは変形を完了させた2つのブースターを掴み、それらを合体させ、両手で構えた。


「......対魂特化型超長身決戦守護刀”還陀・真言(カンダ・マントラ)”」


 それはアルファやオメガよりも巨大な、黄金の刀だった。神々しいまでの光を放ち、このスカーヴァティーのナラカのハザマという地の底を明るく照らす。宝刀という言葉が最適だろうか。

「......だから何だってんだよぉ!!」

だがオメガは、激昂した様子でアルファに罵儒羅を向け、それまでで間違いなく最大量の光を発射する。


 ドドドドドド!!


 幾つもの光がアルファを襲う。すさまじい閃光が視界を奪うものの、アルファの姿はもうそこにはなかった。


「ハァッ!!これでさすがのアルファもおしまい......」

「遅い」

「なっ......」


 アルファの攻撃を認識する暇もなく、オメガの首と体は離れ離れとなっていた。オメガは罵儒羅(バジュラ)の光がアルファに直撃したとばかり思っていたが、実際にはそうではなかった。閃光は還陀・真言(カンダ・マントラ)の一閃によるものであり、アルファは爆発四散したのではなくすでに動き出していただけだった。まさに神速であった。


 オメガの生首がごろん、と地面に転がる。アルファは僅かに寂しそうにそれを見つめるが、すぐに新之助と枯葉の方に目を向けた。


「新之助!枯葉!」

「アルファ!」


 少し疲弊した様子の枯葉の手を引き、新之助がこちらへ駆けてくる。ふたりとも無事戻ってきたことにアルファは安堵するも、直後激しく地面が揺れだした。


「な、何!?」


 どうやら、アルファとオメガの激しい戦闘により周囲が崩壊を始めているようだった。上からいくつ

もの小石が落ち始める。


「......ふたりとも、乗って!」

「う、うん!」


 アルファは身を屈ませ、急いで新之助と枯葉を背に乗せる。オメガに喰らった傷が痛むが、ぐっと堪えて足に力を込めた。


「跳ぶよ!掴まって......!」


 次の瞬間、アルファは飛び上がる。更に糸を飛ばし、それを伝って壁から壁へと、軽々と飛び回りながら上へ向かった。


「うおっ......」


 激しい揺れに僅かな吐き気を覚える枯葉。それとは対照に新之助はいたって平気そうだった。

 

「......」


 途中、岩に飲み込まれていくオメガの残骸が見えた。だが、過去はもう振り返らず、心の奥へ封じ込めてしまうことにした。少しだけ寂しい気もしたが。



 それからはあっという間だった。幸いなことに元の世界に繋がる扉までの位置はそう遠くなく、激闘の余韻など感じられないほどにすぐついてしまった。それでも、最後にまた3人で話せたのは楽しかった。


「......さ、ついたよ」


 アルファは地面に着地し、ゆっくりとふたりを下ろす。新之助が周囲を見渡すと、そこは元の世界に近い雰囲気のある緑色の草原だった。そしてーー


「......あれが人道門(ゲートオブマヌシャ)。あそこを通れば、元の世界に帰れる」


 それは非常にシンプルな外見をしており、ごくごく一般的なお寺などにもあるいたって普通の門だった。軽く触ってみた感触から、おそらく木造である。


「......いよいよ、帰れるんだね」


 新之助は門に触れながら言った。


「......思えば、短い旅だったな」


 続けて枯葉が言う。


「......それじゃあ、ふたりを帰すのが私の本来の仕事だから」


 そう言うと、アルファは指をパチンと鳴らす。すると人道門(ゲートオブマヌシャ)は低く大きな音を鳴らしながらゆっくりと開いた。そして開ききった門の向こうからは、元の世界の懐かしい匂いを感じた。


「......さあ、これで帰れるよ」


 門の先から柔らかな風が吹く。咄嗟に髪を抑える新之助。


「......それじゃ、行こっか。枯葉」

「ああ」


 そう言うと、ふたりは横に並んでゆっくりと歩み始める。一歩一歩、スカーヴァティーの大地を踏みしめながら。


「......はは、なんだかちょっと怖いな」


 門の真正面まで歩いてようやく潜り抜けるというところで、枯葉は足を止めこう言った。足を止めたのは新之助も同じだった。


「俺も」

「......」


 そんなふたりを、静かに見つめるアルファ。彼女はふたりの気持ちをなんとなくだが分かっていた。このスカーヴァティーでの旅路は短いものだったとはいえ、その密度は経験のないほど遥かなものであったことは間違いない。しかし最初このスカーヴァティーに転送されたときや、オメガに奈落門を通らされかけた時とは訳が違う。自分自身の意志で、その一歩を踏み出す必要があったーーだが、そのひと押しを手伝うのがきっと彼女最後の仕事なのである。


「大丈夫だよ」


 ふたりは振り返る。


「新之助と枯葉なら......ふたりならきっと」


 これがアルファからふたりへと送る、最後のひと押しであった。ふたりは頷き、再び門の方へ歩き始める。そしていよいよ門をくぐるというとき、新之助は最後にもう一度だけ振り返って言った。


「......アルファ!!いろいろありがとう!!」


 枯葉も顔だけ振り返り、ふたりで一緒に手を振ってきた。アルファも微笑みながら手を振り返す。


「......私こそ、ありがとう。久々楽しかった」


 やがてふたりの体は白く輝きだし、その輪郭が曖昧になっていく。そしてその肉体はハザマに溶け合い、最後には光の粒子となった。こうして新之助と枯葉、ふたりの少年はスカーヴァティーから消えていった。


「......さよなら」


 彼女は隠し持っていたハンカチを握りしめながら、小さくつぶやいた。彼女は涙を流していた。熱く、溢れ、せき止めようのない涙を。





「......おい」


 それから少しあと。涙を収まっていた頃、後ろから突然声がした。振り返ると、その声の主はーー


「アタシだよ」


 オメガだった。


「......あ、生きてたんだ」


 先程までの涙が嘘だったかのように、いつもの無表情に顔を戻してオメガに言う。涙でびしょ濡れになったハンカチを隠しながら。


「生きてるも何も、アタシらの傷はほっとけば再生すんだろ......」


 オメガの首と体は、糸で繋がれているようだった。その他の部位も、糸で縫合されているのが見える。


「まあそれはそうだけど......で、何の用?」

「決着をつけに来たんだよ」


 オメガは普段とは違う、明らかに真面目な顔で言い放った。


「決着?それならもうついたでしょ、私の勝ちであなたの負け。まさかもう一回やるつもり?」

「......いや、そうじゃない」


 オメガはアルファの横に腰かけて続ける。


「自分でも驚くことに......アタシは枯葉君を手に入れることより、お前との決着をつけることに集中していた。今思えばな」


 オメガは目を逸らしながら言う。


「......だから何だっていうの?」

「......アタシはまだ、お前を諦めきれない」


 オメガは一呼吸置いた後、まっすぐアルファを見ながら言った。


「だから、アタシにもう一度チャンスをくれ。でも今度はケンカじゃなく、対話でな」

「......ホントに、しょうがのない奴」


 新之助も枯葉もいない世界。スカーヴァティーに、そしてアルファとオメガのふたりに、新たな風が吹いたーーかもしれない。







 数週間後


 あれから、新之助と枯葉は普通の学校生活に戻っていた。特に体に異常もなく、門を潜った瞬間自室のベッドの上で夢から覚めたように起き上がっていた。特に大きく生活にも変化があるわけではなかった。寝て、起きて、食事をして、学校に行って、また寝て。その繰り返しである。だが、ふたりの関係には明確な変化があった。


 それはとある日の放課後。授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、多くの学生は帰路につくか、部活の準備を始める。新之助も同じようにカバンに荷物を詰め始めるが、そこに細目で長身、かつ柔和そうな雰囲気を持った少年がカバンを肩にかけながら新之助に話しかける。


「川崎、今日の放課後部活来れるー?」

「あっ......忘れてた。お母さんに連絡しないと」

「じゃあ俺先行ってるね~」


 そんな二人を、ドアを挟んだ遠くからちらりと覗く枯葉。あれから新之助は美術部に入り、自身の得意な絵をさらに伸ばそうと努力していた。何人かの友人もできた。あの少年はその1人である。


「......」


 枯葉はカバンを片手で持ちながら、ゆっくりとその場を立ち去る。新之助の新たな友人に嫉妬する気持ちもあったが、それは新之助も同じことだっただろうし、そんなものにいちいち反応していてはキリがない。人間関係というのは変化していくものなのだ。スカーヴァティーでの旅は、何よりそれを教えてくれた。


「......」


 廊下に寂しく、一人歩く音が響き渡った。夕日に差し掛かった空の色が廊下に差し込む。まだ人はいるはずなのに、怖いくらいに静かだった。聞こえるのは風とカラスの声ぐらい。だが今は、それが心地よかった。


 ガラッ


 ドアの鳴る音がした。振り返ると、教室から新之助が慌てた様子で出てきていた。


(......新之助)


 彼の性格にお似合いな茶色の髪、穏やかで優しげな瞳、そしてずっと傍で見て来たショートヘアー。夕日に照らされて眩しいその姿に、枯葉は思わず目を伏せる。



 だが涙が零れそうになったので、すぐに顔をあげてしまった。すると、こちらに気づいた新之助は手を振っていた。あの頃のままの笑顔で。


 思わず枯葉も笑顔が溢れ、彼に手を振り返す。新之助のカバンにつけられた赤いネックレスが、スカーヴァティーでの小さな旅を思い出させた。



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