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第91話 彼女と親友がブチギレた

冬美(ふゆみ)先輩。どうしたんですか?」


 香奈(かな)が、吹き出している冬美を見て不思議そうに首を傾げた。


「何でもないわ……何、如月(きさらぎ)君」


 (たくみ)がまじまじと見ていると、冬美が(いぶか)しげに眉をひそめた。


「いや、久東(くとう)さんが吹き出すの珍しいなって思って」

「そうかしら?」

「うん。常に冷静なイメージだから」

「そう……」


 冬美は少し不満げな表情を浮かべた。


「……まあ、いいわ。それで、香奈は何をしにきたのかしら?」

「決まってるじゃないですかっ、先輩方をお迎えに馳せ参じたんですよ!」

「わざわざ教室まで?」

「はいっ」


 香奈が屈託のない笑みを浮かべてうなずいた。

 冬美が呆れたように、


「度胸あるわね」

「そうですか?」

「うん。先輩の教室に単身乗り込むのって、結構勇気いると思うよ」

「ふっふっふ、私と先輩の絆を前にはそんなものフーってやればヒュルルルル〜、ですよ」


 香奈が紙切れが飛んでいく様子を再現した。効果音付きの可愛らしい仕草に、周囲の男子が頬を染めた。


 相変わらずの範囲攻撃の威力に感心すると同時に、巧は少しだけ不快な気分にもなった。

 どうやら、自分は思っていたよりも独占欲が強いらしい。


「巧と香奈ちゃんは付き合ってんのか?」


 ようやく衝撃から立ち直ったらしく、正樹(まさき)が話しかけてくる。


「いや、付き合ってないよ」

「へえ……」


 正樹がニヤリと笑った。舌なめずりでも始めそうだ。


「じゃあ香奈ちゃんは今フリー?」

「そうですね」

「じゃあさ、今度の休みにどこか遊び行こうぜ。それか、バスケの試合観にくる? 俺は一軍でスタートから試合出てるし、ハイレベルで楽しいと思うぜ」

「お誘いは嬉しいのですが、遠慮させていただきます」

「なっ……!」


 香奈は理由を言わなかった。「あなたと遊ぶつもりはありません」という意思表示だろう。

 彼女は正樹が言葉を詰まらせた隙に、それ以上の会話を拒むように巧を振り向き、昨晩の八時半からやっていたサッカーの試合について語り始めた。


 巧も見ていたため、試合中もメッセージのやり取りはしていたが、各プレーについて細かく話し出せばキリがない。

 正樹は性懲りもなく香奈に話しかけようとしていたが、巧たちがすぐに支度を終わらせたこともあり、結局彼にチャンスは訪れなかった。




◇ ◇ ◇




 体育祭が近づいてくると、体育の授業もその練習に費やされる。


「やっぱり冬美ちゃん早いねー!」

「誠治もやべえっ」

「百メートル走とリレーはもらったな!」

「男女混合で最後が(かがり)君から冬美ちゃんだもんねー」


 スポーツテストでも男女でそれぞれ一番早かった幼馴染コンビは、練習でもその実力を遺憾なく発揮した。

 クラス中から、彼らに期待の眼差しが贈られていた。


 巧は体育係だった。

 用具を片すために倉庫に向かうと、冬美が中で一人ため息を吐いていた。


「あれだけ期待されるとプレッシャーもすごいよね」


 巧が声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。

 近くに人がいるとは思っていなかったらしい。


「覗きかしら?」

「違うよ。僕も体育係じゃん」


 体育係は男女一人ずつだ。


「……プレッシャーを感じないと言ったら嘘になるわ」


 用具の片付けを再開しながら、冬美がポツリといった。

 彼女が弱音じみた言葉を吐くのは珍しい。思った以上に重圧を感じているようだ。


「大丈夫だよ。みんな期待はしているけど、絶対に成功しろなんて思ってないから。メッシならいつでも点取ってくれるって思っても毎試合決めてるわけじゃないし、それでいちいち怒ったりもしないのと一緒だよ。そんなに深刻に考える必要はないと思う。普通に頑張ってれば、どんな結果であろうとみんな受け入れて(ねぎら)ってくれるって」

「……そうね」


 冬美が少し考え込むそぶりを見せた後、うなずいた。


「あなたの言う通りだわ。ありがとう」

「うん」

「それより、あなたこそ大丈夫なの?」


 巧にもサッカー部で一軍に昇格したこと、そして誠治の親友であるというバイアスがかかっているためか、決して小さくない期待が寄せられていた。

 彼はそのことだろうと思った。


「僕は全然。本気は出すけど、自分の運動神経はわかってるから気楽だよ」

「そうじゃないわ。部活の話よ」

「あっ、そっちね」


 巧が昇格してから、一軍はまだ一度も試合形式の練習を行なっていない。

 実力を示す機会が訪れていないため、今のところ巧はただのお荷物になっている場合がほとんどだった。


 そして一軍には素人の見物人が多い。

 経験者と違って細かいプレーを見て判断することができない彼らからすれば、自分たちが応援しているチームに混ざった足手まといのように感じられるのだろう。

 巧に対する批判の声や野次は、日を追うごとに多くなっていた。


「うん、自分でも思ってた以上に大丈夫だよ」


 嘘ではなかった。相手が素人だということもあり、そりゃそうだよね、という程度の感想しか浮かばないのだ。


「でも、確かに一つ心配事はあるね」

「何かしら?」


 冬美が食い気味に尋ねた。


「なんか二人、もとい二匹ほど、そろそろ爆発しそうな予感がするんだ」

「あー……そうね」


 冬美がなんとも言えない表情を浮かべた。


 ——彼らの予感は当たっていた。


「いい加減にしてください!」

「いい加減にしろよ!」


 巧と冬美が脳裏に思い浮かべていた二匹——香奈と誠治の怒鳴り声がグラウンドに響き渡った。


 ——さっさと落ちればいいのに。

 ——取り行って一軍入ったやつの末路だわ〜。

 ——下手くそがしゃしゃんな!


 わざと巧に聞こえるように放たれる批判の声に、とうとう耐えきれなくなったのだ。


(おぉ、二人同時か)


「てめえらここに何しに——」

「誠治ストップ。白雪(しらゆき)さんもね」


 巧は二人を群衆から隠すように、そして群衆から二人を隠すようにその前に立った。


「みなさんのおっしゃりたいことはよくわかります」


 巧は気圧されている様子の群衆に向かって、静かな口調で語り始めた。


「今のところ、僕はただの足手まといにしかなっていません。でも、一軍に昇格するだけのモノは持っていると自負しています。言い訳に聞こえるかもしれませんが、僕への批判は試合形式の練習を見てからにしていただけませんか? そこで証明します」


 巧の堂々たる宣言にざわめきが広まる。

 決して好意的な視線が多く向けられたわけではない。それでも、表立った批判はピタリと止んだ。


「二人とも(さえぎ)っちゃってごめんね。ありがと」


 巧が消化不良な様子の香奈と誠治を(なだ)めていると、一軍キャプテンの飛鳥(あすか)(みなと)が近づいてきた。


「意外だな。二人を止めるだけならまだしも、あそこまで言うとは」


 飛鳥は面白がっているようだった。


二瓶(にへい)先輩に、上に行きたいなら過剰なくらいの自信を持って自分を主張する必要があると言われたので」

「なるほどな。いい心がけだ」


 飛鳥がニヤリと笑った。


「——それなら、早速証明してみるか?」


 その挑発的な笑みを見て、巧は悟った。

 これまで紅白戦をやってこなかったのは意図的なのだと。


 おそらく、特殊なプレースタイルの巧はこれからも同様の批判を受ける。

 どれだけ耐性があるのか見ておきたかったのだろう。


 全国常連のチームのキャプテンが、ただ(さわ)やかなだけのはずがないか——。

 巧は試されていたことに不快感を覚えるどころか、ワクワクしていた。


「——はい」


 飛鳥と同じような表情を浮かべ、彼はうなずいた。

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