第72話 ささやかな恩返し
「晴弘。サッカー部に紫髪の童顔のやついるか? 白雪と交流のある」
(あぁ。なるほどな)
クラスメートのその問いかけだけで、晴弘は彼らが誰のことを言っているのかのみならず、何が起こったのかも理解した。
「そりゃ間違いなく巧さんだな。俺と白雪と同じ二軍所属の二年生だ。巧さんがどうかしたのか?」
「いや、それがさ——」
一応事情を聞いてみると、思った通りだった。
彼らはまるで巧が香奈を横取りしたような言い方をしたが、事実のみを抽出すれば、香奈が彼らよりも巧を選んだというだけの話だった。
「あいつ、マジでムカつくんだけど」
「気持ちはわかるけど、巧さんに当たるのは違うだろ。あの人は何も悪くないし」
「そ、そうかもしれねえけど……」
晴弘と香奈のクラスメートは一様に言葉を濁した。
彼らも、巧が悪くないのは頭ではわかっていた。巧はただ香奈に声をかけられ、彼女に誘われて行動を共にしただけなのだから、当然だろう。
「それに、やめといたほうがいいと思うぞ。多分、巧さんには勝てないから」
「はっ? あんなナヨナヨしたやつよか、絶対俺らのほうが釣り合ってるだろ」
「見た目だけなら、そうかもな」
晴弘は少し前までの俺もこんな考えだったな、と苦笑した。
「おい、なんだよその言い方」
「だってお前ら、巧先輩のこと知らないだろ。なのにどっちが釣り合ってるとかわかるわけないじゃん」
「「「ぐっ……!」」」
また、彼らは言葉を詰まらせた。
「ちなみに言っとくと、あの人はマジですごいぞ。俺も白雪のこと狙ってたけど、もう諦めた。絶対勝てないからな」
「マジ? お前が?」
大小の違いはあれど、クラスメートの三人はそれぞれ驚きの表情を浮かべた。
晴弘の顔立ちはクラスで頭ひとつ抜けているし、実際これまで多くの女子から告白されている。
そんな彼が諦めたというのは、香奈を狙っていた彼らからすれば衝撃だった。
そして同時に、巧に対する認識を改めた。
「……そんなにすげえのか?」
「あぁ」
「何がすげえんだ?」
「シンプルにプレーもすごいが、それ以上にサッカーに対する情熱とか何気ない気遣いとかだな。俺も最初はなんだこのナヨナヨしたやつって見下してたけど、一回完全に論破されてさ。それ以降冷静になって観察してたら、他にもすごいところはいっぱいあったぞ。それに、白雪が巧さんのこと好きなのは確実だしな。別に正攻法で勝負するなら止めはしないけど、勝算は低いと思ったほうがいいぞ」
「……お前がそこまで言うなら、ちょっと考えるわ」
「おう。んじゃ、また学校でな」
「あぁ」
「じゃあな」
「また」
晴弘に別れの挨拶をするクラスメートの表情は、出会ったときよりもいくぶんマシになっていた。
(これで、あいつらが変な気を起こすことはないだろ)
晴弘は安堵の息を吐いた。
「……少しだけ、恩返しできたかな」
そうつぶやいて、晴弘は頭を掻きつつ足早にその場を立ち去った。
それから数日間、晴弘は巧と香奈の観察を続けた。
しかし、特段変化はなかった。もしやクラスメートたちが何かやらかしていないかと危惧していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
ちなみに、巧と香奈に直接聞かなかったのは、事情を知られてもし自分がクラスメートに話した内容が彼らに、特に巧に聞かれたら恥ずかしかったからである。
——そんな晴弘の事情はもちろん知らなかったが、何やら観察されていることは、香奈も巧も気づいていた。
「先輩。また新島が見てましたけど、本当に何もないんですよね?」
「うん、大丈夫だよ」
巧は苦笑しつつうなずいた。
香奈の中では、晴弘は未だに危険人物に指定されているようだ。
「白雪さんも何もないよね?」
「はい。ほとんど話してすらいないです。まさかあいつ、諭されて先輩のこと好きになっちゃったんじゃないでしょうね?」
「それはないでしょ」
晴弘が巧に絡んできた大きな要因は、彼が香奈に好意を寄せていたからこそだ。
「いいえ、人生なにがあるかわからないものです。先輩、後ろは任せてください。開発責任者である私が、必ず先輩の純潔をお守りしますから」
「安心して。生涯開発する予定はないから」
「それはよかった」
他にもいくつかボケは思いついていたが、香奈はその一個だけに留めた。
試合開始が刻一刻と近づいているからだ。
今日はプリンスリーグ、プロリーグでいうところの二部リーグの試合がある。
咲麗二軍は関東地区に属しており、相手は首位を争う桐海高校の二軍だ。
ちなみに、咲麗が夏のインターハイで負けた相手も桐海であり、高校サッカーの一番上のカテゴリーであるプレミアリーグでも、両校の一軍が一位と二位につけている。
何かと因縁のある相手だ。
そんな相手との試合で、巧はスタメンに抜擢された。
これまでにも三試合、二軍の選手として対外試合を経験しているが、公式戦はこれが初めてだ。
やはり緊張はしていたし、香奈も当然それに気づいていた。
先程ふざけたのも、少しでも彼がリラックスできればと思ってのことだ。
——そんな香奈の気遣いは、巧にもちゃんと伝わっていた。
「ありがとね」
「何の話ですか?」
巧のお礼に対し、香奈がすっとぼけた表情を浮かべる。
二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
——なんでお前ら付き合ってねえんだよ、と周囲の人間は心の中で一斉にツッコミを入れた。
(おっ)
二軍キャプテンの二瓶は、対桐海戦ということで必要以上に高まっていた緊張感がいい具合にほぐれたのを感じた。
さすがは巧やな、と彼は感心した。
——巧は、自分が呆れと称賛の目を向けられているのはわかっていたが、その理由はまったく理解していなかった。
彼には、自分が香奈と甘い雰囲気をかもし出している自覚などなかったからだ。
それは香奈も同様だった。
二人にとって、先程のやり取りは日常の一部に過ぎなかった。
しかし、結果として彼らのおかげで程よい緊張感で試合に臨むことができた咲麗は、後半終了間際の巧のアシストからの晴弘の決勝ゴールで四対三と勝ち越し、見事シーソーゲームを制してプリンスリーグ関東地区首位に浮上した。
「巧、白雪。ちょっと来てくれ」
試合後、巧と香奈は二軍の監督に呼び出された。
「僕たち何かやらかした?」
「えっ、アラバスタ?」
「アシスト王に俺はなるっ……じゃなくてさ」
「先輩が俺っていうの初めて聞きました。ちょっとキュンとしちゃいました」
などと話していた彼らの前に現れたのは、ラガーマンのような強靭な体躯の中年の男と、高身長で爽やかな顔立ちの少年だった。
「「……えっ?」」
巧と香奈は、一様に驚きの表情を浮かべた。
「飛鳥先輩と、京極監督……⁉︎」
そう。
二人の正体は、一軍キャプテンの飛鳥湊と、同じく一軍の監督である京極大吾だったのだ。
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