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第7話 美少女後輩マネージャーを泣かせてしまった

 完成した料理を並べて、(たくみ)香奈(かな)はダイニングテーブルで向かい合った。

 彼女は本当に怒っていたというよりはそう見せていただけのようで、食事をよそうころには「うまそうですっ!」と瞳を輝かせていた。


「いただきます」

「いただきまーす! ……んー、うまいっ!」


 トマトスープを飲み、香奈がへにゃりと目元をほころばせた。

 その幸せそうな笑顔に、巧も自然と頬を緩めた。


「良かった。ありがとね、手伝ってくれて」

「こちらこそ、お邪魔して料理までご馳走になっちゃってすみません。ありがとうございます」


 香奈が箸とスプーンを置き、ペコリと頭を下げた。

 お調子者の一面はあるが、こういうところはきちんと礼儀正しいのがこの少女の特徴だ。


 料理の感想などを言い合いながら食事を終え、洗い物も共同で手早く済ませた後、香奈はふと真剣な表情になった。


「先輩——」

「ん?」


 巧が振り返ると、香奈は緊張をほぐすように一度小さく息を吐き、唇を舐めた。


「本当に……辞めちゃうんですか?」

「……そのつもりだけど」

「っ……」


 巧が一呼吸おいて肯定すると、香奈は瞬きを繰り返しながら、ぎゅっと拳を握りしめた。今にも泣き出しそうな表情だ。

 それでも彼女は唇を噛みしめ、言葉を探すように視線をテーブルの上にさまよわせる。


「あの……先輩が辞めようと思ったのって、あくまで技術的なものですか? 居づらくなった、とかではなく」

「うん。みんなくらいの実力があれば、何があろうと辞めようなんて思わないよ」


 巧は断言した。

 香奈は考え込むように視線を落とし、膝の上でそっと指を組んだ。小さな声で問いかける。


「……あの、これからすごく失礼なことを聞いてもいいですか?」

「もちろん」

「っ……ありがとうございます」


 巧が即答すると、香奈が驚いたように目を見開いた後、安心したように小さく微笑んだ。

 そして、一呼吸おいてから、静かに切り出す。


「先輩は、自分のやりたい形を貫き通して結果が出ないのと、一番やりたいことではないけど自分の得意分野を極めて結果が出るのだったら、どっちのほうがいいですか?」

「後者……かな。ある程度は結果が出ないと、嫌になっちゃうし」


 だからこそ、巧も大好きなサッカーを辞めようとしているのだ。


「確かにそうですよね」


 香奈はひとつうなずき、少しだけ表情を和らげた。


「なら、サッカーでも同じじゃないですか?」

「え?」


 巧はパチパチと目を(しばた)かせた。


「みんなと同じプレースタイルで戦っても、先輩は思うように結果が出せなかった。でも、それは先輩がサッカーに向いていないからじゃなくて、自分の本当に得意な形を見つけられていなかったからかもしれません」

「あっ……」


 巧が思わずといった様子で、声を漏らした。

 香奈は真剣な眼差しで巧を見つめて、続ける。


「もしそうであるなら、みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから。それを最大限活かすようなプレーを探してみてもいいんじゃないかなって思うんです。金子みみずじゃないですけど、みんな違ってみんないい。何かに特化した選手でもいいじゃないですか。サッカーは個人競技じゃありませんし」

「金子みみずじゃなくて金子みすずだけど……その考え方は頭になかったな」


 目から(うろこ)とは、まさにこのことだろう。

 巧はこれまで、せめて周囲と同じレベルに到達できるように頑張ってきた。そうでなければ、個性を出すどころの話ではないと思っていたから。


 香奈がふっと眼差しを和らげて、笑みをこぼす。


「先輩はサッカーIQが高いですし、周囲の状況も瞬時に把握しちゃいますから、色々やりたいプレーが浮かんできちゃいますもんね」

「うん……でも結局、理想に体と技術が追いつかなくてミスるんだけどね」


 巧が肩をすくめると、香奈がうんうんとうなずく。


「はい。やりたいことはわかるなぁって場面が多かったですもん。でも、そんな先輩なら他の人が考えつかないような、あっと驚くようなプレーだって見つけられると思うんです」

「なるほど……」


 巧はあごに手を当てた。

 香奈が申し訳なさそうにポリポリと頬を掻いて、


「すみません。具体的な案も浮かんでいないのに、偉そうに言っちゃって」

「いや……」


 巧は瞳を伏せて考え込んだ。

 今の数秒、数十秒で、自分にしかできないプレー像が浮かび始めていた。


(いけるかも……!)


 胸の奥が熱くなる。湧き上がるこの高揚感——こんな感覚は久しぶりだった。

 巧は顔を上げると、香奈の目を見つめて挑戦的に笑った。


「ありがとう、白雪さん。僕にサッカーを続ける理由をくれて」

「……えっ?」


 香奈は一瞬キョトンとした後、目を大きく見開いた。

 そして、何かを確かめるように息をのむと——勢いよく身を乗り出した。


「せ、先輩! それって——!」

「うん。もう少しだけ続けてみるよ。できるかわからないけど、僕だけのプレーを探してみる」

「っ……良かった……!」


 彼女の深みのあるルビー色の瞳から、再び涙があふれ出した。

 巧は狼狽した。


「えっ、ちょ、何で白雪さんが泣くのっ⁉︎」

「す、すみませんっ、安心しちゃって……だって先輩、部活辞めるって言ったとき、すごく辛そうな顔してたから……!」

「ちょ、こすっちゃダメだよ!」


 手の甲で目をゴシゴシこする香奈に、巧はハンカチを押し付けた。

 しかし、えぐえぐと泣きじゃくる彼女の涙は、なかなか止まってくれなかった。


(どうすればいいんだろう……?)


 女の子に泣かれた経験は、これまでの人生でほとんどない。

 対処法など、わかるはずもなかった。


「えっと……白雪さん。大丈夫?」

「大丈夫じゃないですっ……誰のせいでっ、こ、こうなってると思ってるんですかっ……!」

「ご、ごめん」


 鼻をすすりながら、香奈が巧の腕を掴んだ。

 そのまま自らの頭に持っていく。


(これ……撫でろってこと……だよね?)


 心の中で自問自答するが、正解がわからない。

 香奈の手は、巧の手を彼女の頭の上へと導いたままだ。


(……やるしかないよね)


 巧はゆっくりと手を動かしてみた。

 香奈は何も言わずに身を委ねている。どうやら正解だったようだ。


(すごっ、本当にサラサラだな……じゃなくて、この状況はなんなんだろう……)


 巧は戸惑いを覚えつつも、泣き止むまで香奈の頭を撫で続けていた。




◇ ◇ ◇




 ギャン泣きしたことが恥ずかしかったのだろう。

 ちょうど親も帰ってきたようで、香奈は発熱を疑いたくなるほど頬を紅潮させて「ありがとうございましたっ!」と勢いよく頭を下げると、そのまま逃げるように出ていった。


 謝ったほうがいいのか、でも具体的に何をどう謝ればいいのか——。

 巧が頭を悩ませていると、香奈からメッセージが来た。


『すみません。お世話になったのに逃げ帰ってしまって……。料理もおいしかったし、先輩が辞めないって言ってくれて本当に嬉しかったです! 色々わがまま言ったり、ご迷惑をおかけしました……』


 メッセージの途中にはハートマークが、最後には汗をかいた顔文字が付けられている。

 ハートマークがただの彩りのためで、愛情表現でないことは知っているが、どうやら怒ってはいないようだ。

 ならば、謝罪だけでなく謝意も送っておくべきだろう。


『こっちこそ、色々面倒見てもらっちゃってごめんね。白雪さんのおかげで、また前向きに考えることができるようになったよ。ありがとう!』


 送信すると、少し経ってから既読がついた。


『お役に立てたのなら良かったです! 先輩なら絶対できるって信じてますから、頑張ってください!』

『ありがとう! ぼんやりと思いついてはいるから、明日オフだし色々考えてみるよ』

『さすがです! ところで先輩。今朝のお話、途中だったじゃないですか。続きしてもいいですか?』


 巧が即座に返すと、香奈からもすぐに返信が来た。


 今朝の話とは、部活前に話したことだろう。

 たしかに、少し中途半端なところで終わっていた記憶がある。


『もちろん、いいよ』

『やったー! マンチェスター・ダービーの前半途中の——』


 それから、巧と香奈はまるで隣同士で話しているくらいの速度で、まさしく「会話」をしていた。


 これならもはや電話したほうが効率が良いのではないか——。

 そんな考えが巧の脳裏をよぎったが、向こうは親もいるし、泣いた後に携帯越しとはいえ直接話すのは恥ずかしいかと思い直した。




『そういえば、補習の宿題はやったの?』


 時刻が二十三時を回ったころの巧が送ったそのメッセージを最後に、二人の「会話」は終了した。

 正確にいうと、香奈は『あとでやります!』と返してきたのだが、巧が『まずは宿題やっちゃいな』と(さと)したのだ。


 泣きスタンプを連打してくる香奈に対して『また今度話そうね。おやすみ』と返して、巧はスマホを置き、ノートに思いついたことを殴り書きしていった。

 アイデアや思ったことなどを脈絡もなく書き起こした後、あとは明日やろうと自分に言い聞かせて、床についた。




◇ ◇ ◇




 そうして、オフを挟んで迎えた二日後の朝。

 巧が地元の友達のいない高校に進学した新入生のような——というにはいささか不安の色が強いが——心持ちで支度をしていると、インターフォンが鳴った。


(誰だろう。何も頼んでないはずだけど……ん?)


 真っ先に目に飛び込んできたのは、画面いっぱいの赤い鬼の顔だった。

 もちろん本物ではない。紙で作られたお面だとすぐにわかった。


 巧はその鬼の顔——ではなく、お面からはみ出した、鮮やかな赤色の髪を見つめながら、


「おはよう、白雪さん。どうしたの?」

『……おはようございます』


 一拍置いて、とても不満そうな香奈の声が、インターホンから聞こえてきた。

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