第68話 美少女後輩マネージャーとホラー映画を見た
「そう言えば、僕がお邪魔してるってご両親にはちゃんと言っておいた?」
食事中、巧はふと気になって尋ねた。
「あっ、忘れてました」
えへへ、と香奈が頭を掻いた。
彼女は立ち上がり、携帯を操作しながら巧のそばまでやってきた。
「どうしたの?」
「せっかくなので、写メを撮って送ろうかと思って。いいですか?」
「うん、まあいいよ」
文章だけで充分ではないか、と巧は思ったが、香奈が撮りたそうにしていたので口には出さなかった。
「はい、チーズ!」
香奈が携帯を構える。
巧はとりあえず、手元のご飯茶碗を胸の辺りで抱えてカメラのほうに向けた。
「巧先輩。もっと笑ってくださいよー!」
などと言いながら、香奈が次々とシャッターを切っていく。
彼女自身もいろいろ動きをつけて携帯の角度も変えているのに、二人が画角からはみ出すことはない。
JKの技術すごいな、と巧は思った。
「巧先輩」
香奈が携帯を差し出してくる。
「私ちょっと本気出すので、代わってもらっていいですか?」
「う、うん。いいよ」
何やらスイッチが入ってしまった様子の香奈に困惑しつつ、巧はシャッターを切った。
何枚か撮った後に、
「いいですねぇ。じゃあラスト、私のカウントに合わせて撮ってもらっていいですか?」
「わかった」
「行きますよ? はいワン、ツー——」
香奈が次々とポーズを決めていく。
一瞬頭に顎チョップされたのは気のせいだろうか。
「セブン、エイト——ぬんっ!」
可愛らしい声を出して、香奈はやり切ったという表情を浮かべた。
巧が何の気なしに最後の写真を確認すると、彼の後頭部の左右から香奈の人差し指が生えていた。いわゆる鹿のポーズだ。
「ふっふっふ。この機会を虎視眈々と狙っていたのですよ」
「なるほど。僕はのこのこその策に乗っちゃったわけだ」
「おー、うまい! そんなあなたには鹿せんべいを贈呈しましょう!」
「いらない。あれまずいし」
「違いますっ、美味しくないだけです!」
「どっちにしろいらないね。そうだ香奈、その写真送ってよ」
「えっ? あ、は、はい。もちろんです」
香奈が何やら慌てている。
「ただ、ちょっと映りが心配なので、後で厳選して送ってもいいですか?」
「あっ、うん。了解」
(なるほど。だから慌ててたのか)
JKの美意識すごいな、と巧は思った。
◇ ◇ ◇
「巧先輩、ホラー映画見ませんか?」
洗い物も終えてまったり過ごしていると、香奈がそんな提案をした。
「あれ、香奈ってホラー好きだったっけ?」
「いえ、見たことないです。ただ、見てみたい気持ちはあって、巧先輩と一緒なら見れるかなーって思ったんですけど、どうですか?」
「うん。いいよ。たまに見るし」
「やったぁ! じゃあこれ見ましょうっ」
香奈が素早くリモコンを操作する。
白雪家も動画配信サービス「ネットリラックス」を契約しているようだ。
最初のほうこそ香奈は平気そうな表情を浮かべていたが、十分、二十分と経過するにつれて、その表情はだんだんと引きつっていった。
「香奈、大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってるじゃないですか〜」
あはは、と香奈が渇いた笑い声を上げた。
明らかに大丈夫ではなさそうだ。
「そっか……わぁ!」
「きゃあ⁉︎」
巧が不意打ちで脅かせば、香奈が猫のようにソファーから飛び上がった。
「た、巧先輩っ!」
「ごめんごめん。ちょっと面白くて」
ポカポカと二の腕のあたりを叩かれ、巧は両手を合わせて謝罪のポーズをした。
彼を睨むルビーを彷彿とさせる瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「……反省してます?」
「してるしてる。悪かったと思ってるよ」
「じゃ、じゃあ……これくらいは許してくれますよね?」
香奈が巧の手をぎゅっと握った。そして早口で叫ぶように、
「こ、こうしていれば怖くありませんからっ」
「うん。わかった」
巧は香奈の手を握り返した。
恥ずかしさがないと言えば嘘になるが、怖がらせてしまったのは事実だし、少しでも安心させてあげようと思った。
——彼の意図は半分当たり、半分外れた。
たしかに香奈は、それまでよりも恐怖は感じなくなった。
しかしそれは、安心感を覚えているのではなく、
(た、巧先輩とて、手繋いじゃってる……!)
手にばかり意識が行ってしまい、恐怖を羞恥心や喜びが上回っているためだ。
また、下腹部のあたりがキュンキュンうずいた。
(あっ、これやばい……!)
香奈は自分を鎮めるために、意識的に画面に集中した。
その瞬間、暗闇からいきなりガイコツが現れた。
「うわっ」
「キャーーーー!」
巧ですら驚きの声を上げたワンシーンに、香奈が耐えられるわけもなかった。
彼女は無我夢中で巧の腕に抱きついた。
「えっ、か、香奈?」
巧の心臓が高鳴った。
映画のせいでないことは、彼自身が一番わかっていた。
「何あれムリムリムリ!」
香奈が巧の腕をぎゅうぎゅう抱きしめる。
(無理って言いたいのはこっちなんだけどっ……)
彼女が力を込めれば込めるほど、柔らかく、それでいてハリのある感触が強くなる。
それが何であるのかは言うまでもないし、腕に抱きつかれていれば当然顔も近くなり、香奈のどこか甘さのある匂いも強くなる。抱きつかれた拍子に胸以外にも触れてしまっていた。
(弾力すごっ……! それに、なんで香奈ってこんなに甘い匂いがするんだろう……って、ダメダメ!)
「か、香奈っ、離れて!」
「む、無理ですっ!」
香奈は離れるどころか、さらに腕に力を込め、額を巧の肩に押し当ててくる。
完全にパニックになっているようだ。
(し、仕方ない)
巧は必死に映画に集中しようとした。
しかし、現在進行形で腕に二つのお山を押し付けられている状態で思考を逸らすなど、もはや極限の空腹状態で目の前にあるジャンクフードを食べないことと同義だ。
つまり、不可能である。
映画の視聴をやめれば済むかもしれない話ではあるが、リモコンは香奈を挟んで向こう側にあった。
すでに何度か映画を止めるように言っているが、彼女は巧に抱きついたままだ。
ならば巧が止めればいいのだが、それはリスクが大きかった。
香奈のような美少女の胸の感触と匂いを存分に堪能している状況で、女性経験のない彼に、自分の愚息を落ち着かせることは不可能だった。
幸いズボンにはポケットがあったため、なんとかポジション修正には成功していたが、リモコンを取るためには一度立ち上がる必要がある。
(もし香奈にバレたら絶対に嫌な思いさせるよね。けど、このまま最後まで見るのは絶対にまずいし……)
巧は脳をフル回転させたが、解決策を思いつくより前に事態は進展した。
「あっ……? す、すみません!」
香奈が正気に戻り、巧のそばから飛び退くように離れたのだ。
巧は思わず大きく息を吐いてしまった。
「ふう……全然大丈夫だよ。映画はここまでにしよっか」
「は、はい……」
こうして、ホラー映画鑑賞会は一時間も経たないうちに終了した。
リモコンを操作する香奈の表情は、暗く沈んでいた。
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