第58話 美少女後輩マネージャーは勘づいてしまった
「う〜ん……」
「お疲れ。一回休憩したら?」
香奈が唸っていると、いつの間にか前の席からいなくなっていた巧が、紅茶とお菓子を持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
彼の勧めに従い、香奈は一度手をとめた。伸びをする。
「難しい?」
「マジで意味わかんないです……」
「教えよっか?」
「えっ!」
香奈は瞳を輝かせたが、すぐに思い直した。
「あっ、でも、巧先輩も勉強してたんですよね? 迷惑じゃないですか?」
「全然。教えるのって僕の勉強にもなるしからさ。どうする?」
「そういうことならお願いします!」
香奈は勢いよく頭を下げた。
巧の言葉を百パーセント真に受けたわけではないが、ほとほと困っていたため、素直に甘えることにした。
「何やってるの?」
「国語です。昔話がマジで意味わかんないですよ。なんですかこれ、無量空処ですか?」
「大丈夫。僕天才だから」
巧が人差し指と中指で彼のポーズをした。
香奈は吹き出した。
「先輩って結構ノリいいですよね。有明海生まれだったりします?」
「斧を拾ったイソップ物語の女神みたいに、水の中からヌルって現れたわけじゃないよ」
「……想像するとちょっと面白いです」
香奈は水面から真面目な表情の巧がヌッと出てくるのを思い浮かべた。なかなかにじわる。
「そんなの想像しなくていいから。何の話?」
「西遊記です。全然わかんないですよ〜、股間の部分をパンパンして男か女か見分けてた孫悟空ならわかるんですけど」
「そこ抽出する人は珍しいけどね。ドラゴン○ールは読んでるんだ?」
「もちろんです」
香奈はじっと巧の顔を見つめた。
「……何?」
彼は怪訝そうな表情を浮かべた。
自分だったら頬を赤らめてしまう自覚のある香奈は、少し悔しくなって、言おうか迷っていたボケを解放することにした。
「巧先輩って、鼻のあるクリリンみたいな顔してますね」
「ハゲじゃん」
「目が二つになった天津飯でもいいかも」
「ハゲじゃん」
「あっ、ナッパだ!」
「まごうことなきハゲじゃん」
「まごうことなき……!」
香奈は腹を抱えて笑った。
(やっぱりワードセンスいいなぁ、巧先輩は)
「ほら、そんな馬鹿なこと言ってないでやるよ。この世界に神龍はいないんだから」
「でも私には巧先輩がいますもんね。それに、先輩は七つのドラゴンボールの代わりに二つのゴールデン——やっぱりなんでもないですごめんなさいちょっと楽しくなっちゃったんですやりますやりますっ!」
巧に冷たい瞳を向けられ、香奈は慌ててワークに向き直った。
それから、ふと心配になった。やっぱりこういうのは言わないほうがいいのではないか、と。
巧の前で下ネタを言うときは、もちろん意識してくれないかと狙ってるときもあるが、今回のように大抵は無意識だ。
香奈は普通に下ネタが好きで、友達ともしょっちゅう話してるため、楽しくなるとつい口が滑ってしまうのだ。
(でも、特に巧先輩みたいなタイプは、今みたいなシンプルな下ネタばっかり言う子は好きじゃなさそうだな……)
「香奈、どうしたの?」
「……あの、お兄ちゃん。全然勉強に関係ない相談をしてもいいですか?」
「いいよ」
「やっぱり、男の子的には下ネタを頻繁に言う女の子とあんまり言わない子だったら、言わないほうが好きですか?」
「なに、好きな人でもできたの? お兄ちゃんが認めた人じゃないとお付き合いさせないよ?」
「なんで役になり切ってるんですか」
香奈はカラカラと笑った。
「まあそれは冗談として——」
巧が真剣な表情を浮かべた。
「多分、人によりけりだと思うよ。下ネタが好きな人なら、女の子がそういうノリをしてくれたら自分も言いやすくていいだろうし、逆に男子でも苦手な人はいるだろうからね」
「むむ、難しいですね……巧先輩はどうですか? 真面目な話、普段の私って先輩の基準だったら言いすぎてます?」
香奈は、あくまでサンプルの一つとして聞いてますよ、という体で尋ねた。
巧が苦笑いを浮かべた。
「うーん、まあ多いか少ないかで言ったら多いほうだよね、確実に」
「や、やっぱり……! 実際、ちょっと引いてたりしますか……?」
香奈がおそるおそる尋ねると、巧が首を横に振った。
「そんなことはないよ。あっ、でも、あんまり汚い話とか、捻りのないのはやめたほうが無難かもね。トンチが利いているようなのは全然いいと思うよ」
「なるほど。巧先輩もそういうのがお好みで?」
「肯定しづらい質問だけど、まあ嫌いじゃないね」
巧が頬を緩めた。
香奈は敬礼した。
「わかりました! これからは下ネタで巧先輩を唸らす系美少女になります!」
「限定的すぎるなぁ。あと、前にも注意したけど、あんまり男子に下ネタは言いすぎないようにね」
「わかってますよー。まったく、ウチのお兄ちゃんは過保護だなぁ」
「っ……ほらほら、勉強に戻るよ」
「はーい」
一瞬、巧が反応するまでに間があった。
香奈はさすがに何回もお兄ちゃん呼びするのはしつこかったか、と反省した。
実際には、巧は「ウチのお兄ちゃん」呼びに少しやられていたのだが。
(危なかった……)
真面目に勉強を始めた香奈を見て、彼は自分の動揺がバレていなかったことに安堵の息を吐いた。
「そういえば、巧先輩」
「何?」
香奈は、ちょうど互いの勉強の休憩が被ったときに話しかけた。ずっと教えてもらっているわけではない。
「明日の午後、ちょっとお邪魔してもいいですか?」
明日は土曜日だが、午後に母の蘭が出かける用事があるのだ、
「えっ? あぁ、うん。いいよ」
土曜日にお邪魔することは珍しいので、巧は驚いた様子だったが、理由を尋ねることもなく了承してくれた。
「あっ、でも、僕も夜に用事があるから、多分五時くらいには家出るよ」
「あっ、はい。わかりました」
このときの香奈は、どうせ優や大介、誠治あたりと夕食でも食べるのだろうと思っていた。
しかし翌日、実際に巧が準備しているのを見て、香奈は自分の予想が外れていたことに気づいた。
彼はやけにしっかりと身支度をしていた。わざわざ風呂に入り、髪の毛までセットしていた。
(女の人との約束なんだ……)
風呂に入っている時点でその可能性に気づいていた香奈は、いつものようにドライヤーを申し出ることはできなかった。
勉強に集中しているふりをしていたが、気になって仕方がなかったため、香奈はとうとう聞いてしまった。
「巧先輩、これから女の人と会うんですか?」
「うん。よくわかったね」
巧は驚きの表情を浮かべた。
香奈は、必死に動揺を押し殺して笑みを作った。
「だって、百瀬先輩とか金剛先輩とか縢先輩と遊ぶときはそこまでちゃんとした格好しないじゃないですか」
「言われてみれば、それもそっか」
巧が苦笑した。彼は身支度に戻った。どこかワクワクしているようにも見えた。
香奈はもう、その場に居続けることはできなかった。
「……帰ります」
「えっ? あぁ、うん」
香奈は素早く片付けを終えると、「お邪魔しました」と巧の家を辞去した。
そして、自室のベッドの上で膝を抱えた。
「はあ……最低だ、私。八つ当たりして……巧先輩が誰と遊ぼうと勝手じゃん、彼女でもなんでもないんだからさ」
頭ではわかっているのに、女性と会うためにしっかりと準備をしている巧を見て、とてもむしゃくしゃした。
これ以上そばにいたらひどい態度を取ってしまう気がして、逃げてきたのだ。
「一応不機嫌オーラは出してないつもりだけど、巧先輩、気を悪くしてないかな……」
香奈は謝罪のメールでも打とうかと考えた。
しかし、どうしても巧とコンタクトを取る気にはなれなかった。
「……はあ」
もう一度ため息をついて、香奈は膝の間に顔を埋めた。
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