第51話 クールな先輩マネージャーに奢ってもらった
店は二人で相談して決めた。いわゆる町中華だ。
奢られる側なんだから君は意見だけ出してくれればいいと、玲子が予約してくれた。
ちょうどたまたま、今日の夜は妹弟の夕食を作る必要もなかったらしい。
予約時間より少し早く到着したが、すぐに席に案内された。スタイルの良い女性店員だった。
「——如月君」
各席に設置されているタッチパネルで料理を選んでいると、不意に玲子が声を落とした。
やけに真面目な表情だ。
「なんですか?」
「さっきの女性店員、エッチなお尻だったな」
「どこ見てるんですか」
巧は吹き出した。
「いや、彼女は女子の理想を体現したようなスタイルだったよ」
「たしかにスタイルの良い方でしたけど。それならなんでお尻に限定したんです?」
「年齢とともに好みが下にずれていくというじゃないか」
「それ男性が女性に対してのやつですし、先輩いくつですか」
「こら、女性に年齢を尋ねるのは御法度だよ」
玲子が身を乗り出し、額を指でつついてくる。
何気ない仕草だが、こういう肉体的接触をしてくるのは珍しいな、と巧は思った。
「まだ選挙権もない相手にでもですか?」
「へぇ、まだ私が十七歳だと知っているんだ」
「もちろんです。昨年もちゃんとお祝いさせてもらいましたし、誕生日くらい覚えてますよ——って、三日後じゃないですかっ」
「やっぱり如月君は面白いな」
玲子がくつくつと笑った。
「三日後に誕生日を迎える先輩に奢ってもらう罪悪感すごいんですけど。誕プレ青汁箱買いとかしましょうか?」
「うん。それでいい」
「えっ?」
「冗談だよ」
「びっくりした〜……」
巧は肩の力を抜いた。
「ふふ……ただまあ、そうだな。気にしないでくれと言いたいところだけど、一つ頼んでもいいかい?」
「はい、なんでしょう」
「如月君、前にこの映画を少し気になっていると言ってなかったか?」
玲子が携帯の画面を見せてきた。
「どれですか……あっ、はい。結局まだ見てませんけど」
「そうなのかっ?」
玲子が弾んだ声を出した。周囲を見回して頬を赤らめた。
どちらもクールな彼女らしからぬ光景だ。
「んん……す、すまない」
「いえ」
近くの大学生くらいであろう若い男性が、玲子を見て顔を赤くしている。
クールな女性が恥じらう姿がドストライクなんだろうな、と巧は思った。
「じ、実は私もまだ見ていなくてな。ただ、興味のあった友達は全員見てしまってるんだよ」
「はい」
巧にも、なんとなく話の方向が読めてきた。
「もうわかっていると思うけど……頼みというのはこの映画を一緒に見に行ってくれないか、ということなんだ。言うのも恥ずかしい話なんだけど、映画館に一人で行くのちょっと気が引けるというか……」
玲子がぽりぽりと頬を掻いた。気まずそうな表情だ。
「そうなんですね。肩で風を切って颯爽と歩くタイプだと思ってました」
「君は私を何だと思ってるんだ……と、とにかく、そういうわけだから、その——」
「僕で良ければ全然ご一緒しますよ」
「ほ、本当かっ⁉︎」
再び声を弾ませた玲子は、周りを見て頬を桜色に染めた。それを見て赤くなる男性が一定数。
再現Vかな、と巧は思った。
「に、二度もすまない」
「いえ、全然。たしかに一人で映画館とかって結構難しいですよね」
香奈なら揶揄っているところだが、クールな異性の先輩が相手だ。
それも、今から奢られようとしている状況なので、巧は無難にフォローに回った。
(それくらい、映画を見たかったっていうことなんだろうしね)
「如月君もそういうところに一人で行くのは苦手なのかい?」
「どうなんでしょう? あんまりそういう状況になったことがないので」
「そうか。せっかくなら、今ここで日程を決めさせてもらってもいいかな?」
「もちろん」
玲子が再び携帯をこちらに向けてくる。
「もう上映本数も少なくなっているからナイター、午後八時からのしかないんだけど、大丈夫かい?」
「はい。先輩こそ大丈夫ですか? お家のほうは」
「ちょっと待って……四日後はどうかな?」
「いけます」
「そうか。よかった」
こうして、巧と玲子で映画に行くことが決まった。
細かい待ち合わせ場所や時間を決めていると、料理が運ばれてきた。二人は一度携帯をしまった。
「うわぁ、美味しそう」
巧は瞳を輝かせながら、大皿に乗っている料理を小皿に取り分けた。
気持ち多めに見えるほうを玲子に差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ、如月君の二軍昇格を祝して——」
「「いただきます」」
巧はまず最初に、小籠包に生姜を乗せて醤油をつけて食べた。
小籠包のジューシーさと生姜の風味、醤油の香りが美食のハーモニーを奏でる。
「美味しいですね」
「そうだな。遠慮しないでどんどん食べてくれ」
「はい、ありがとうございます!」
感謝の心が少しでも伝わるように、巧は精一杯の笑みを浮かべた。
「っ——」
玲子が口元を抑え、目を逸らした。
「愛沢先輩? 大丈夫ですか?」
「えっ? あぁ、うん。小籠包が熱くてな」
「あっ、なるほど。でも、この中からプシュって溢れ出る感じがたまらないですよね」
「間違いない」
それからも蒸し鶏麺や海老入りチャーハン、肉団子などが運ばれてきた。
それらをつつきながら、程よいペースで雑談を交わした。
「二軍昇格がもちろんメインではあるが、対外試合でアシストを記録したお祝いでもあるな」
「ありがとうございます」
巧が練習試合で活躍したことは二軍のメンバーから聞いたようで、玲子はその日のうちに祝福のメールをくれていた。
「二軍はどうだい?」
「なかなか大変ですよ。一人一人のレベルも三軍よりもさらに高いし。けど、楽しいです」
「ふふ。充実しているみたいだね」
「そちらはどうですか?」
「如月君ロスでまともな練習にもなっていないな」
「アイドルかなんかですか僕は」
巧は頬を緩めた。玲子の冗談を真に受けるほどおごってはいない。
「ふふ。そこまではさすがに冗談だが、如月君ロスがあるのは事実だよ。誰よりも早く来て練習の準備をして、誰よりも真剣に練習に取り組む君の姿は、他の人たちのモチベーションにもかなり影響していたからな。それに、私も気兼ねなく下ネタを言える男の子がいなくなって寂しいよ」
「その立ち位置は微妙に嬉しくないんですけど」
なんで僕の周りには下ネタ好きな美人が多いんだ、と巧は内心で苦笑した。
「というか、別に下ネタトークくらい他にもできる男子はいるんじゃないですか? 別にエグい内容でもないんですし」
「まあ、いるにはいるんだろうが……君が一番話しやすいんだよ。他の男だとちょっと視線が、な」
「あー、まあ先輩みたいなクールな美人が下ネタを話すっていうのは、結構クる人も多い気がしますね」
男というのは単純な生き物だ。
そういうのを言わなそうな玲子が下ネタを話してきたら「ワンチャンあるんじゃね?」と期待してしまう人もいるのだろうし、そういう変態願望の混ざった視線が嫌なのだろう。
「び、美人……」
「えっ? 何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない」
玲子がブンブン首を振った。心なしか頬が赤いのは気のせいだろうか。
「如月君はそういう性癖はないのかい?」
「ないですし、愛沢先輩をそういう目で見たりはしませんから安心してください」
「なるほど。私には魅力がないということだな」
玲子は自分のあまり主張していない胸に手を当て、悲しげに目を伏せて、
「やはり君もおっぱい星人だったということか……」
「そんなことありませんよ。先輩はとても魅力的な方ですから。ただ、それとエッチな目で見るのは別の話ってだけで——」
「ふふ」
玲子が笑った。
巧は揶揄われていたことに気づいた。
「……悪い人ですね、愛沢先輩は」
「こういう性格の女は嫌いかい?」
「まさか」
「よかった。それなら今後はすれ違うたびに何か一つ、下ネタを囁くことにしよう」
「反応に困るのでやめてもらえるとありがたいです」
「君の愛息は、小学生の朝の『はい元気です!』のように素直に反応する気満々みたいだよ?」
「ど下ネタじゃないですか」
巧は吹き出した。
「すまないな、食事中に。続きは食後にするよ」
「お願いします」
「お願いするのか」
今度は玲子が笑う。
「やっぱり君はセンスがあるな……そうそう。そういえば明日の二軍の練習試合だが、三軍はオフだからみんなで見に行くことにしたんだ。みんなといっても四人だがな」
「優から聞きました。嬉しいですけど、ちょっと緊張しますね」
「ふふ、大丈夫だ。君ならいつも通りやればできるよ」
玲子が優しい笑みを浮かべた。
巧はありがとうございます、とはにかんだ。
一時間半ほどで店を出て、巧と玲子は行きとは違う道で、ゆっくりと駅に向かっていた。
というより、玲子がスローペースなので、巧もそれに合わせているのだ。
「あっ、あそこでもうすぐカフェがオープンするみたいですよ」
巧は看板を指差した。
「本当だ。如月君もカフェとかに興味あるのかい?」
「甘いものは摂りすぎないようにはしていますけど、ケーキとかは好きですよ。特にコーヒーと合わせるのが」
「わかる。いつか一緒にカフェとかにも来たいものだな。如月君と話すのはその、楽しいから」
「そうですね、ありがとうございます。僕も愛沢先輩と話すの、すごく楽しいですよ」
「ふふ、気を遣わなくてもいいんだよ?」
玲子がニヤリと笑った。
「まさか。本心ですよ。結構物語の好みとかも似てますし」
「そうだな。もしもぼっち映画になりそうなら、全然誘ってくれていいよ」
「ありがとうございます。その節はぜひ」
間もなくして駅に到着する。
改札をくぐったところで、巧は玲子に向かって頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。美味しかったですし、楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったよ。付き合ってくれてありがとう。明日の試合、応援しているから」
「はい、ありがとうございます! ご期待に添えるよう頑張ります」
巧はグッと拳を握った。
玲子がスッと拳を差し出してくる。巧はすぐに意図を理解し、自らのそれをコツンと合わせた。
「ふふ、男の子とグータッチをしたのは初めてかもしれないな。ありがとう、私のハジメテをもらってくれて」
「れっきとした下ネタですね」
「何せ、さっきお願いされてしまったからな」
「じゃあ仕方ないですね」
「そう、仕方なかったんだ」
巧と玲子は笑い合った。
「さっきも言ったけど、君ならいつも通りやれば大丈夫さ。それじゃあ、また明日」
「はい、また明日。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
巧は最後に一礼し、玲子とは反対側のホームに向かった。
階段を登ってホームに到着すると、ちょうど玲子も同じタイミングだったようで、二本の線路を挟んで目があった。
照れ笑いを浮かべながら、小さく手を振ってくる。巧も会釈を返した。
別れの挨拶をした後にもう一回顔を合わせるのって恥ずかしいな、と思いながら。
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