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第50話 美少女後輩マネージャーの苦悩

 翌朝、香奈(かな)は前日と同じ時間に(たくみ)の家のインターホンを鳴らした。


「き、昨日は本当に、色々とご迷惑をおかけしましたっ!」


 玄関の扉が開くなり、そう言って頭を下げた。

 昨日以上に頬が火照っている自覚があるが、熱のせいではない。

 今朝測ったところ、三十六度三分。平熱も平熱だった。


 巧は柔らかく微笑んで首を振った。


「全然いいよ。体調不良はしょうがないし」

「い、いえ、それももちろんあるんですけどっ……その、色々やばいこと言ったりやったりしちゃってごめんなさい……!」


 恥ずかしくて、とても巧の顔を見れなかった。

 泣いてしまったり愚痴ってしまったのは、まあ仕方ないと言える。問題はそれ以外だ。


(熱中症のやつとか、手握らせるとか、マジで熱で浮かれすぎだっつーの昨日の私っ!)


 巧があぁ、と言った。心当たりのある人の言い方だった。

 香奈はさらに頬が熱を持つのを自覚した。


「全然大丈夫だよ。体調悪いときって不安になっちゃうものだと思うしさ。むしろ、頼ってもらえて嬉しかったよ。先輩冥利に尽きるってやつだね」

「……はい、ありがとうございます」


 香奈は巧が受け入れてくれたことに喜びと安堵を覚えた反面、複雑な心境にもなっていた。


(昨日話を聞いてもらったのはめっちゃ助かったけど、私が男の子に勘違いされるの嫌だみたいな趣旨のこと言ったせいで、逆に先輩の勘違いも加速してる気がする……!)


 これは由々しき事態だ。香奈は解決策を考え始めた。


「——うっ」


 不意に、荷物を下げていた肩に痛みを感じた。香奈は顔をしかめた。


(まだちょっと関節痛いな……えっ?)


 肩がふっと軽くなった。

 香奈が横を見ると、彼女の荷物を抱えている巧の姿があった。


「持つよ。というか持ったよ」

「えっ? いえいえ、選手の先輩に荷物を持たせるわけには——」

「まだ関節痛治りきってないんでしょ」

「っ……」


 図星だったため、香奈は思わず視線を逸らしてしまった。


「やっぱりね。体調が万全じゃない人を助けるのは、選手とマネージャーとか以前の話だからさ。こういうときこそ先輩風ビュンビュン吹かせてもらうよ」


 巧に引き下がるつもりはなさそうだった。

 それに正直、香奈としても肉体的に相当楽になったのも事実だった。


「すみません、ありがとうございます……あと、昨日もごめんなさい。選手の体調管理もマネージャーの仕事なのに、長い時間風邪っぴきのいる部屋に引き止めちゃって……」

「それも大丈夫だよ」


 巧が笑みを浮かべた。


「もし途中で帰ってたら、心配で徹夜する羽目になっていただろうからね。僕のメンタルケアと睡眠の質の向上に貢献したんだから、むしろ香奈はマネージャーとしての責務を立派に果たしてたよ」

「っ……ほんっとうにもう〜……!」

「えっ、な、何?」


 巧が焦りの表情を浮かべた。


(自分が何か気に障ることを言っちゃったのか、って慌ててるんだろうなぁ)


 香奈は相変わらずこの人は、とため息を吐いた。


(いっつもいっつも無自覚に乙女心をかき乱してっ……不安のままでいさせてやろうっと)


「なんでもありませーん」


 香奈はツンとした態度をしてみせた。そして思う。

 多分、こういうところが年下扱いされる一つの原因でもあるのだろう、と。


 毎回気づきはするのだ——その行為をしてしまった後に。

 巧以外にこんな態度は取らないし、取ろうとも思わないのだが……、


(……うん、巧先輩に対する態度だけは、ぶりっ子って言われてもしょうがないな)


 そんなことを考えられるくらいには、香奈のメンタルは回復していた。


(心と体の病気を一気に治してもらっちゃったな……ま、巧先輩に対する私の熱は上がりっぱなしなわけだけど。おっ、これうまくね⁉︎)


 香奈は自分のトンチの利いたシャレに満足し、ニマニマと笑った。


「香奈……大丈夫?」

「だ、大丈夫に決まってるじゃないですか〜」


 香奈は照れ隠しのために、巧の二の腕を叩いた。

 叩いたと言っても、触れる程度だが。


「そっか」


 巧がホッとした表情を浮かべた。

 心配してくれているという事実に再びニヤけてしまいそうになり、香奈は必死に奥歯を噛みしめた。


「……変顔してる?」

「してません!」

「いてっ」


(あっ、強く叩きすぎた)


 香奈は反省した。心の中で。




◇ ◇ ◇




 全快したらまた入り浸るので覚悟しててください——。

 そうキメ顔で宣言して、香奈は自分の家に帰って行った。


 ちょうどいいタイミングだったかもしれないな、と巧は思った。

 今日は玲子(れいこ)と夕飯を食べに行く——というより二軍昇格祝いで奢ってもらう日だ。


 どのみち夕方には帰ってもらわなければならなかったし、玲子に誰にも言わないように釘を刺されている。

 出かける理由も適当に誤魔化さなければならなかったが、そもそも香奈がいないのであれば、その必要もない。


(こういうのをデートっていうのかわからないけど、女の人と出かけるのなら、最低限の身だしなみは整えるべきだよね)


 巧は風呂に入った後、過去の香奈の手つき、そしてユーチューブの動画を見ながら髪の毛を整えた。センターパートだ。

 崩さないためにはワックスやヘアスプレーをつけるべきだと動画内で言っていたが、そんなものは持っていないので、保ってくれるのを祈るしかない。


「よし……もう出るか」


 元々早めの電車に決めていたが、後輩で尚且つ奢られるという状況を踏まえれば、早く着きすぎるくらいがちょうどいいだろう。

 巧は予定よりも一本早い電車に乗り込んだ。




 待ち合わせ場所の駅では、数分しか待たなかった。約束の時間より十五分ほど早い。

 予定通りの電車に乗っていたら、逆に待たせてしまっていただろう。よく一本早めた、と巧は過去の自分を褒めた。


「やあ、如月(きさらぎ)君。早いな」

「お疲れ様です、愛沢(あいざわ)先輩。先輩こそ早いですね」

「乗り換えがうまくいったからな」


 玲子が一つうなずいた。


「その白いワンピース、上品でいいですね。ご令嬢みたいで綺麗です」

「そ、そうか? 私みたいな女っけのない人間は、こういうのはあんまり似合わないかとも思ったんだが……」


 玲子が頬を染め、髪の毛の先を指でくるくるさせた。


「そんなことありませんよ。すごく似合ってます」

「あ、ありがとう。そういう如月君も今日は髪をセットしているんだな。似合っているよ」

「ありがとうございます。変じゃありませんか?」

「そんなことはない。いつもより三割増しで男らしくなってるよ」

「それはよかったです」

「少し早いけど、もう行こうか」

「はい」


 二人は並んで歩き出した。


「ねえ、あの人たちめっちゃお似合いじゃない?」

「確かに。女の人はクールで男の子は可愛い系とか、最強カップルじゃん」


 そんな女性たちの会話が聞こえてくる。


(可愛い系って言われるのは不服だけど、カップルとして見られるくらいには僕の身だしなみも整ってるってことか)


 巧はそう安堵していたが、玲子は違ったようだ。


「そういえば愛沢先輩……って、だ、大丈夫ですか⁉︎」


 彼女は、少し暗くなってきた今の時間帯でもはっきりとわかるほどに頬を染めていた。


「な、何がだっ?」

「……いえ、なんでもありません」


 さすがに「体調が悪いのかな?」と勘違いするほど、巧も鈍感ではない。


(香奈もそうだったけど、愛沢先輩も意外と恋愛経験とか少ないのかな)


 彼は呑気にそんなことを思っていた。


 ——十分鈍感じゃねーか、とツッコミを入れられる者は、その場にはいなかった。

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