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第49話 美少女後輩マネージャーが手を離してくれない

 一度寝ると薬が効いたのか、香奈(かな)の体調はだいぶ良くなっているようだった。

 熱も下がっていた。


 少しするとお腹が空いてきたようで、香奈は自分で簡単に作ると言い始めた。

 彼女を説得し、(たくみ)は自宅で作ったおかゆを鍋ごと白雪(しらゆき)家に持って行った。


 今更な気もするが、病人と一緒に食べるというのは良くないので、巧はリビングを借りて自分の夕食を済ませた。

 タイミングよく残り物がたくさんあったのは幸運だった。


 お腹が空いたというのは本当だったようで、巧が部屋に戻るころには鍋は空になっていた。


「ごちそうさまでした。誠に美味でありましたぞ」

「お粗末さま。食欲あるってことは、もうすぐ治るかもね」

「絶対治りますよ。栄養満点のおかゆでしたもん」

「満点とは言えないと思うけど」


 巧は苦笑した。

 ちなみに中身は卵、ほうれん草、梅の三種類だ。


「いいえ、まず卵は必須アミノ酸がいっぱいじゃないですか。ほうれん草からはおっぱいが摂れるし、梅は酸っぱいですから」

「『ぱい』ですごい韻踏むじゃん。ラッパーになれるよ」


 巧はもはや、ほうれん草といえばおっぱいではなくポパイであり、そのポパイも栄養素ではないことに言及すらしなかった。


「あとは、なんと言っても巧先輩の愛情が入ってますから! 早く良くなれ萌え萌えキュン! って下の階から聞こえてきましたもん」

「幻聴の症状が現れているね。救急車呼ぶからちょっと待ってて」


 巧は携帯を取り出した。


「ダメですよ、おふざけで救急車呼んだら」

「あれ、急に常識人になった」

「だって私、おちゃらけているように見えても真面目ですから!」

「うんそれ僕の言葉だね。あんまり復唱しないでもらっていい? 恥ずかしいから」


 全て嘘偽りのない本音だったが、だからこそ今のような緩い雰囲気で言及されるとむず痒くなる。


「えー、私一言一句覚えてますよ?」

「その記憶力を勉強に使おっか」

「熱上がるんでその話はやめてもらっていいですか」

「うまく逃げたね……おっ」


 携帯がピピっと鳴った。薬の時間だ。


 香奈は錠剤を飲むのが苦手なようで、飲み込むときに必ず上を向いてしまう癖があるそうだ。

 その様子がなんだかおかしくて、巧は笑いを抑えきれなかった。


 当然、香奈にはジト目を向けられた。


「香奈。あんまり感情を(たかぶ)らせると熱上がっちゃうよ。冷静に、冷静に」

「……昂らせてるのは誰ですか」

「まあまあ」


 巧は手のひらを押し出し、なだめるようなジェスチャーをした。


「今後、体調悪いときは早めに休みなよ」

「露骨な話題転換は気に入りませんが、そうします。こうして迷惑かけたくはないですし」

「迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないけどね」


 巧は白い歯を見せた。マスクの中で。


「今日は朝から調子悪かったの?」

「万全ではなかったですけど、特に練習の途中で一回クラっと来たんですよね。熱中症も少しあったのかもしれません」

「寝不足だと熱中症になりやすいっていうしね」

「先輩、熱中症ってゆっくり言ってください」

「えっ、なんで?」

「いいから、お願いします」


 意図がつかめなかったが、特段拒否する理由はない。


「ねっちゅうしょう」

「もっとこう、ねっとりした感じでいけます?」

「なんか気持ち悪いけど……ねっ、ちゅう、しょう」

「えっ? ねえチューしよう?」


 香奈が目を見開き、大袈裟に口元を覆った。


「だ、ダメです先輩っ! 風邪が感染(うつ)っちゃ——」

「元気になったみたいだし、僕は帰ろうかな」


 巧はベッド脇に置いていた椅子から立ち上がるそぶりを見せた。

 香奈があわあわと服の袖をつかむ。


「待って待って……あっ、でも、今更ですけど巧先輩は長居しないほうがいいですよね。あの、本当にありがとうございました。もう全然、一人で大丈夫ですよ」

「……本当に? 無理してない?」


 巧には、まだ香奈が本調子のようには見えなかった。肉体的にもそうだが、それ以上に精神的に。

 彼女は視線を逸らした。


「……無理してるって言ったら、いてくれるんですか?」

「もちろん」


 巧は即答して椅子に座り直した。

 香奈が瞳を揺らした。


「じゃ、じゃあ……手を握っててくれませんか? ……あっ、その、別に変な意味じゃなくてっ、身長のわりに意外と手はでかいから安心するっていうか!」

「身長のわりに、は余計だね」

「巧先輩だってちょいちょいチビって揶揄ってくるじゃないですか。イジっていいのはイジられる覚悟のある者だけですよ」

「それは本当にそう」


 巧は香奈の手を、自らのそれで包み込んだ。


「これでいい?」

「はいっ……寝るまででいいので」

「わかった。安心して。悪い夢は全部、手を伝わって僕に流れるようにしておいたから」

「……巧先輩には勝てませんね」


 香奈がはにかんだ。

 どうやら、悪夢を見るのが怖くて手を握らせたのではないか、という巧の推測は正しかったようだ。


「先輩だからね」

「ふふ、そうですね。ありがとうございます」

「ううん。ゆっくり休んで」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ。Have a nice dream,Kana」

「無駄に発音いいのがムカつきます」


 口元に笑みをたたえたまま、香奈は目を閉じた。

 程なくして寝息が聞こえてくる。とても穏やかな表情だった。


 十分、二十分と経過しても、呼吸は安定しているようだった。

 深い眠りに入ったのだろうと判断し、巧は手を離そうとした。

 ——離せなかった。


(えっ、起きてる?)


 巧はしげしげと香奈を観察したが、眠っているのは間違いなさそうだった。

 先程とは違い、無意識のうちに巧の手を硬く握りしめてしまっているようだ。


 せっかく穏やかに眠っている病人を起こすわけにはいかない。

 結局、巧の連絡を見た(らん)が早めに仕事を切り上げて帰ってくるまで、彼は香奈の元を離れられなかった。




 蘭が帰ってきて少しすると、香奈が寝返りを打ったタイミングで巧は解放された。

 リビングに戻ると、蘭が深く頭を下げた。


「こんな時間までごめんなさいね。香奈を看病してくれてありがとう」

「いえ、大事な後輩ですから。先輩冥利に尽きます」

「……香奈もなかなか大変そうね」

「えっ? えぇ。ですが、彼女は本当に頑張っていますよ」

「……そうね」


 蘭が意味ありげな笑みを浮かべた。

 なんなんだろうな、と巧は思ったが、悪い意味は込められていなそうだったので、特に言及はしなかった。


 それから蘭の出してくれた麦茶を飲みつつ、香奈の状態について報告をしたり世間話をしたりしてから、巧は白雪家を辞去した。


 家に帰ったのは八時半だ。

 時刻を確認したとき、ちょうどメッセージが届いた。


 ——わかった。十八時に◯ ◯駅で会おう


 巧は素早く返信した。


 ——はい、明日はよろしくお願いします!


 相手もすぐに返事をよこしてくる。


 ——おいおい、私たちは別に試合をするわけじゃないぞ

 ——もちろん、めちゃくちゃ楽しみにさせてもらってますよ笑

 ——それなら許そう


 メッセージとともに、猫が黒いサングラスをかけてニヤリと笑っているスタンプが送られてきた。

 画面の前でそれと同じように笑っている彼女(・・)の姿が容易に想像できて、巧はクスッと笑みを漏らした。

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