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第47話 美少女後輩マネージャーに対する悪口を聞いてしまった

「あいつ、マジでおだてて取り入るの上手いよな」

「それなー」


 聞いていて気分の良くない、人を小馬鹿にしたような言葉と笑い声が聞こえてきて、(たくみ)は顔を上げた。




◇ ◇ ◇




 巧が最初に覚えたのは、漠然(ばくぜん)とした違和感だった。

 なんとなく、香奈(かな)の元気がないように感じられたのだ。紅白戦の翌日のことだった。


 空返事が増え、反応が薄くなった。

 二軍の選手として初めての対外試合で巧が活躍をしても、喜んではくれたが、いつものようなハイテンションぶりではなかった。


 それとなく探りを入れてみたが、香奈は語りたがらなかった。

 相変わらず巧の家には入り浸っていたし、彼に対する好感度が下がった、というような単純な話でもないような気がした。


 数日間が経過して、オフを挟んでも彼女の状態は悪くなるばかりだった。

 そんな状態でいれば、当然ミスも増える。


「すみません、先輩……」

「いいよいいよ。二人で探したほうが早いしね」


 巧は香奈に笑いかけ、草むらをかき分けた。

 たまたま通りかかったときに香奈が草むらに分け入っており、事情を聞くと空気入れの針をなくしてしまったとのことだったので、一緒に探すことにしたのだ。


「前に空気入れの針千本飲ませるって言ってたけど、替えは?」

「今ちょうど切らしてるんです」

「あれま」

「本当すみません……」

「大丈夫だよ。ミスは誰にでもあるものだから」

「はい……」


 相当気が落ちてしまっている香奈を見て、巧は今日こそは多少強引にでも聞き出そうかと考えた。

 そんなときだ。冒頭のセリフ聞こえてきたのは。


 咲麗(しょうれい)高校蹴球部のポロシャツを着た二人の女子生徒、どちらも二軍の三年生のマネージャーだった。村上(むらかみ)アキと斉藤(さいとう)華子(はなこ)だ。

 巧と香奈には気づいていないようだった。

 彼女らの声が聞こえた瞬間、香奈がビクッと体を震わせた。


(っまさか、あの悪口の対象って——!)


 巧の想像は的中した。


如月(きさらぎ)に目をつけたみたいだよね——香奈ちゃん」

「ね。みんなに()び売ってるけど、今回特にやばくない?」

「あえて将来性ありそうなのに唾つけてるんでしょ」


 華子の言葉に、アキが吐き捨てるように返答した。


「ほら、(まこと)とか新島(にいじま)に目をつけてもミーハーだと思われるじゃん。けど如月がもし大成したら『私はずっと応援してました』って最初から自分だけ味方だったアピールができるってわけよ」

「うわっ、何それ計算だかっ! 一年生のくせにやるねぇ。そりゃモテるわけだ」

「男なんてチョロいからね。あの子があれだけモテてるのは見た目もいいけど、何より媚びの売り方が上手いからだよ。そうじゃなきゃ、異例の早期二軍昇格なんて果たせるわけないじゃん。ちょっとサッカーが好きってだけで、特別優秀でもないんだからさ」

「間違いない。あの子ミスばっかだもんね!」

「そういうことなんだよ。結局、女は優秀さよりもいかに男に取り入れるかが大事ってわけだ。もしかしたら、体でも売ったかもしれないよ?」

「うわっ、ありそう!」

「「ギャハハハハ!」」


(……聞くに耐えないな)


 巧の胸中では、晴弘に絡まれたとき以上の怒りが渦巻いていた。

 香奈はショックを受けたというよりは、悲しそうな表情だ。

 直接言われたのか今のように聞いてしまったのかは別として、すでにあの二人の口から自分の悪口が飛び出しているという事実は知っていたのだろう。


(多分、最近元気がなかったのもそのせいだ。到底見過ごせるものじゃないな)


 下品な笑い声を上げながら遠ざかっていくアキと華子に声をかけようと、巧は立ち上がった。

 歩き出そうとする彼の袖を、香奈が引っ張った。


「先輩、ダメです」

「なんで? あいつらは根拠のないことを好き放題言ってる。白雪(しらゆき)さんはそんな子じゃないって証明して謝らせるよ」

「やめてくださいっ」


 香奈の声は小さく、しかし鋭かった。


「白雪さん?」

「誰かに言われてやめるような人たちなら、そもそもあんなこと言いません。先輩が何かを言っても、最悪エスカレートするだけです。気持ちは嬉しいですけど、お願いですから何もしないでください。こっちが反応しなければいずれ収まりますから。ああいうのには、それしか方法はないんです」


 香奈の紅玉を連想させる瞳には、懇願(こんがん)の色があった。


「……わかった」


 巧は引き下がった。

 香奈の主張は十分に理解できたし、何より不思議な説得力があった。


(香奈のことだ。これまでに実際にそういう経験をしてきたのかもしれない。小さな親切大きなお世話になる可能性もあるから、ここは引くべきなんだろうな。でもっ……)


 理屈としては納得できても、彼女たちを放置しておくというのは、感情的に素直に受け入れられるものではなかった。

 巧が無意識のうちに握りしめていた拳を、香奈がそっと包んだ。


「先輩。私は大丈夫ですから、そんな顔しないでください。可愛いお顔が台無しですよ?」

「……そんな酷い顔してる?」

「一言で表すなら修羅(しゅら)、ですね」


 香奈が口の端を吊り上げた。


(彼女のこんな下手くそな笑顔は初めて見たな……)


「……ごめん。勝手に感情(たかぶ)らせちゃって」

「なんで先輩が謝るんですか。前に言ってくれましたよね。私が気を遣ってくれるから僕は気にしないでいられるって。私も全く同じです。先輩が心配してくれて、私のために怒ってくれてる。それだけで十分ですよ」

「……そっか」


 巧はそれしか言えなかった。

 現場にいたのに何もできない自分が情けない。


(でも、ダメだ。僕がそんなことを考えてたら、また香奈に気を遣わせちゃう)


 巧は思考を逸らすために、針探しを再開した。


「……あっ」

「どうしたんですか?」

「あった、針」

「えっ?」


 巧は香奈の足元で銀色に光っているそれを拾った。


「ま、まさか足元にあるとはっ……これぞ灯台下暗しですね。私がキラキラしてるから、その真下は暗くなっちゃうんだ」

「ねえ、それだと僕は光ってないことになるけど?」

「いいじゃないですか、光と影ってことで。私と先輩は二人で一つなんですよ。女と男、光と影……」


 香奈がポカンと口を半開きにして固まった。


「もう一個欲しかったね」

「うるさいです」


 香奈が唇を尖らせた後、ふっと笑みを浮かべた。

 先程よりは自然な笑顔だったが、それでもどこか無理をしているような印象は拭えなかった。


 無理がたたらなければいいんだけどな、と巧は思った。

 ——その心配はすぐに的中することになる。




「香奈、大丈夫?」

「えっ? 何がですか?」

「いや、絶対体調悪いでしょ」


 帰り道。香奈の足取りは普段よりも重く、顔の血色も明らかに悪かった。


「……よく気づきましたね」

「そりゃ、これだけ毎日一緒にいればね」

「大丈夫ですよ。ちょっとサッカーの見すぎで寝不足なだけですから」


 香奈の無理をした笑みを見て、嘘だと巧は直感した。

 本当に夜中までサッカーを見ていたことが原因なら、彼女はこんな辛そうな表情は浮かべない。


 心配になった巧は、家の前まで着いていくことにした。


「ここまでで大丈夫ですよ、巧先輩。すぐに寝れば良くなりますから」

「うん、本当に早く寝るんだよ」


 巧としても、いくら体調が悪そうだからと言って、家に押し入ってまで看病する気はなかった。

 玄関に足を踏み入れた瞬間、香奈が崩れ落ちなければ。


「——香奈⁉︎」

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