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完結記念SS③ 新たな一歩

 カフェの隅、窓際の席に向かい合って座る二人——武岡(たけおか)志保(しほ)の間には、未だどこかぎこちない空気が漂っていた。

 けれど、以前のような緊張感ではない。


「……最近、親とはどうなんだ?」


 向かい合って腰を下ろしてからややあって、武岡は切り出した。

 志保は小さく瞬きをしてから、ほんのりと照れくさそうに、しかしどこか誇らしげに笑った。


「前よりは話せるようになったよ。まだギスギスすることもあるけど……ちゃんと向き合ってくれてる気がする」

「へぇ」


 武岡はコーヒーを一口飲みながら頷く。

 けれど、その視線は窓の外で、志保の顔を直視することはしなかった。


「……あんたが私とお母さんに真剣に向き合ってくれてなかったら、絶対こんな風にはなってなかった。ありがと、雅人(まさと)

「……別に、あん時は俺自身がムカついてただけだからな」


 武岡は居心地悪そうに眉をしかめ、すぐに話題を変える。


「バイトはどうなんだ? カフェで働き出したんだろ?」


 志保は苦笑しつつ、カップの縁を指でなぞった。


「うん、ホール。けっこう楽しいんだ。いろんな人と話すの、意外と好きだったんだなって気づいた」

「へぇ……ま、お前には似合ってるかもな。愛想良くすんのは得意みてえだし」

「そこは人付き合いが上手とか、もうちょっとマシな言い方があるじゃん」


 志保は顔をしかめるが、武岡は鼻を鳴らすのみだ。

 そんな彼を見て、志保は呆れたようにため息を吐いた後、真剣な表情で切り出した。


「それでね……来年度から通信制の高校に通うつもりで、進学も考えててさ……心理学とかカウンセリング、学びたいなって」

「カウンセリング?」


 武岡が目を細める。

 志保は慌てたように付け加えた。


「いや、自分を正当化するわけじゃないよ? でも、誰かが気持ちを理解してくれたら、それだけで救われる人っていると思うから……。私があんたに、そうしてもらったみたいに」


 私なんかが人のカウンセリングをしていいのかなとも思うけど——。

 志保はそう自嘲気味に続けた。


 武岡は少し黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。


「別にいいんじゃねえの? お前だからこそ理解できることもあんだろ」

「……ありがと」


 志保は照れ隠しのようにカップを持ち上げると、小さく一口すする。


「それでさ。ケジメとして、受験費用も高校と大学の学費も、全部自分で出そうって決めたんだ」

「は?」


 武岡は眉をひそめた。


「お前……気持ちはわかるけど、無理すんなよ。追い詰められると何するかわかんねえんだから」

「ちょ、それはさすがにひどくない?」


 志保はむくれたように唇を尖らせた。


「事実だろ」


 溜め息混じりにそう言ってから、武岡は真顔で問いかけた。


「そのこと、親には伝えたのか?」

「……ううん、まだ。進学だって反対されるかもしれないし、言いにくくて」

「そりゃそうだろうが、嫌でも言っとけ。長く生きてるだけのことはあって、俺らじゃ気づけねえ視点を持ってるからな」

「……あんたがそんなこと言うとは思わなかったよ」


 志保が意外そうに目を見開く。


「……俺も、進路のことは親に相談したからな」


 武岡がぶっきらぼうに答えた。

 志保は頬を緩めた後、ふとあることを思い出したように訊ねた。


「そういえば、あんた……選手権の活躍で、大学から声かけてもらったんでしょ?」

「あぁ。そこまでの強豪じゃねえし、推薦枠でもねえけど、後期で受かったらサッカー部に入れてくれるって言われた」

(まこと)君はプロから声かかってるし、雅人も自分の実力で道を切り開いててすごいな……うん、やっぱり、私だけ甘えてるわけにはいかないよ。簡単じゃないのはわかってるけど、お金は全部自分でなんとかしてみる」


 そう言った後、志保は覚悟を決めるように、ぎゅっと唇を噛んだ。

 武岡はすぐには答えなかった。

 張り詰めた沈黙が走る中、彼はゆっくりと口を開いた。


「……最終的にはお前の判断だし、その覚悟を否定する気はねえ。けどな——」


 武岡の真剣な眼差しが、志保を射抜いた。


「——もしも贖罪のために自分が苦しい思いをしなきゃいけねえって考えてるなら、それは逃げだぞ」

「っ……!」


 志保の肩がピクリと揺れた。

 目を見開いたまま、何も言えずにいる。返そうとした言葉は、喉の奥で詰まった。


 武岡は語気を和らげて、続けた。


「大学の費用を自分で出すってだけでも、十分すげえことだ。俺は親に出してもらうしな。バイトで貯められる額なんてたかが知れてんだから、無理する必要はねえと思う。少なくとも、高校まではな」

「っ……」


 志保が唇を噛みしめた。

 考え込むようにカップの底をじっと見つめていた彼女は、しばらくして顔をあげ、武岡の目を見てコクリとうなずいた。


「……うん。一回、親に話してみる」

「それでいい」


 二人の間に、温かい静寂が流れた。

 志保はふと、懐かしそうに笑った。


「なんか最近、雅人に諭されてばっかな気がする。昔は泣いてる雅人を私が慰めてあげてたのに」

「……昔のことだろうが」


 武岡は顔を背けた。

 その耳は、ほんのりと赤かった。


 志保はくすりと笑ってから、そっとつぶやいた。


「ありがと、雅人」

「……っ」


 武岡は息を呑んだ。

 返事はなかったが、その視線は少しだけ志保のほうに向けられていた。




 カフェを出ると、志保がイタズラっぽい笑みを浮かべて切り出した。


「もしさ、あんたが大学受かったら、私がお祝いとして奢ってあげるよ。落ちてても、慰めで奢ってあげる。だから、楽しみにしといて」


 武岡は苦々しい表情を浮かべた。


「……素直に応援できねえのかよ」

「ふふっ。あんたに素直とか言われたくないし」


 志保は笑って、ふわりとウィンクをしてみせた。


「っ……」


 その仕草に、武岡はわずかに息を詰まらせ、視線を逸らす。

 そんな彼を見て、志保は瞳を細めてから、ゆっくりと切り出した。


「……帰ろっか」

「あぁ」


 武岡と志保は肩を並べて歩き出した。


 彼らを背後から照らすオレンジ色の陽が、彼らの影を伸ばしていた。

 ——その影が、ほんの少しだけ、寄り添うように重なっていく気がした。

ここまで読んでくださった皆さま、改めまして本当にありがとうございました!

本編完結後にお届けしてきた小話も、これにて一区切りとさせていただきます。


小話では、本編では十分に描ききれなかったキャラクターたちに、少しだけスポットライトを当てることができました。

作者自身も、彼らの物語を深掘りするのはとても楽しかったです。皆さまにも楽しんでいただけていたら、こんなに嬉しいことはありません。


これで物語としてはひとまず完結とさせていただきますが、もしかしたら、ふとした拍子にゲリラ的に小話を投稿することがあるかもしれません。

そのときは、ふらっと覗いてもらえたら嬉しいです!


最後まで読んでくださった皆さま、感想や評価、ギフトなど、どれも本当に励みになりました。

百万文字に迫ろうかという長編を完走できたのは、紛れもなく皆さまのおかげです。

改めて、心より感謝申し上げます。


これからも、他の作品などでお目にかかれることがありましたら、どうぞよろしくお願いします!

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