第321話 後輩たちがマウントを取ってきたので、返り討ちにした
——花梨と初の顔合わせをした翌日。
「ようやく蒼太が告白に踏み切ったから、昨日ダブルデートしてきたんすよ」
晴弘がドヤ顔で、巧にそんな報告をしてきた。
横で蒼太が『ようやくってなんだよ』と不満げにぼやいた。
「おぉ、よかったね! 楽しかった?」
「もちろん——」
晴弘と蒼太はその後、時折照れつつも、思い出を語ってくれた。
彼らが心底楽しそうだったからだろう。話を聞いているだけで、巧まで楽しい気分になった。
「巧さんたちはまだダブルデートしてないっすよね?」
「そうなんだよ。まさか晴弘たちに先を越されるとは思わなかったな」
「「よしっ!」」
晴弘と蒼太が、勢いよくハイタッチを決めた。
得意げな後輩たちに、巧は余裕たっぷりの笑みを向ける。
「——まあ、フォースデートはしたけどね」
「「……へっ?」」
晴弘と蒼太が、間の抜けた声を漏らした。
巧が八人で遊んだことを告げると、彼らは膝から崩れ落ちた。
「先輩たちの壁が高え……」
「つーか、四人とも彼女持ちとか強すぎだろ……」
「しかも部内恋愛が三組……」
「そのうち過半数が一年なのおかしいって……」
などと項垂れていた。いい後輩を持ったものだ。
彼らのみならず、チームメイトとはいい関係を築けていると思うし、部活は毎日楽しい。
しかし、キャプテンとしては楽しんでばかりいるわけにもいかないし、テストまで二週間を切った。やることは山積みだった。
◇ ◇ ◇
「うーん、ここは……」
無事に定期テストを終え、部活動が再開したその日も、巧は帰宅をしてから練習メニューの詳細情報などをまとめていた。
新チームで結果を出すためには、この準備期間にどれだけ成熟度を高められるかが重要だ。
三年生が抜けた穴も早急に埋めなければならないし、新たに昇格してきたメンバーとの融合も大切だ。テストを終えても、気を抜いている暇などなかった。
「もう遅いので、もうそろそろ終わりにしたほうがいいですよ」
「……あっ、そうだね」
香奈から声がかかり、巧は思った以上に時間が経っていたことに気づいた。
素直にペンを止めると、香奈が意外そうに目を見開いた。
「珍しいですね。いつも『もうちょっと』とか言って全然やめないのに」
そう言って、おかしそうに笑う。
実際、それでプチ喧嘩をしたこともあった。
香奈が近づくと、巧は自然と彼女の頭に手を乗せ、優しく笑った。
「当然だよ。明日は人生で一番大切な日なんだから」
「っ……!」
香奈の顔がみるみる赤くなっていく。
——明日は、彼女の誕生日だった。
ちょうど放課後の練習が休みだったため、デートをする予定だ。巧が毎日根を詰めているのも、明日一日を気がかりなく香奈に使うためでもあった。
もともと予定されていたオフだったが、周囲からは『職権乱用だ』と茶化されたものだ。
頬を赤らめながら、香奈がぷくっと唇を尖らせ、巧の頬をツンツンと小突く。
「もうっ……巧先輩はすぐにそういうことを言うんですから」
「だって事実だからね」
巧はソファーに座ると、香奈を抱き寄せ、背後から抱えるように膝の上に乗せた。
香奈がふわりと笑いながら、巧の膝の上で体をもぞもぞと動かした。
「巧先輩、この体勢好きですよね」
「うん、大好き」
巧は彼女の腰に腕を回し、すっぽりと包み込む。
香奈はクスクスと笑いながら、巧に背中からもたれかかり、お腹に回された彼の手を握った。
触れ合う距離が近いせいだろう。香奈の甘い香りが、ふわりと巧の鼻先をくすぐった。
風呂上がりの彼女からは、シャンプーの香りと微かな温もりが感じられる。
「……いい匂い」
巧がそう呟くと、香奈は照れたように笑った。
「お風呂上がりですからね」
「それもあるけど……やっぱり香奈自身の匂い、落ち着く」
そう言って、巧は彼女の首筋に顔を埋めた。
甘く、柔らかい香りに鼻をくすぐられながら、深く息を吸い込む。
「んっ、くすぐったい……!」
香奈が笑いながら身をよじらせた。
しばらくして解放すると、彼女は振り返ってすっと顔を近づけ、ふわりと巧のシャツの襟元に鼻を寄せた。
「……ん」
彼女がゆっくりと息を吸い込むのがわかった。
「えっ……香奈?」
くすぐったさに少し身を引こうとすると、香奈はぴたりと動きを止め、満足そうに微笑んだ。
「ふふ……やっぱり、巧先輩の匂いだ」
「いや、僕まだ風呂入ってないから汗臭いよ」
「ちょっと汗の匂いするけど、それがいいんですよ」
香奈は堂々とした口調でそう言い、くんくんともう一度匂いを嗅ぐ。
そして、満足げに微笑んだ。
「なんか、落ち着きます」
「……変態」
「お互い様じゃないですか。巧先輩だってよく私の汗の匂い嗅ぐし」
「だって、好きなんだもん。ちょっと興奮するし」
「変態はどっちですか」
香奈が呆れたように笑った。
「……香奈」
巧はそっと彼女の後頭部に手を添えると、額に優しく口付けた。
「ん……っ」
香奈が驚いたように瞬きをしたが、すぐに嬉しそうに目を細める。
巧はそのまま、頬、耳元、うなじへと小さなキスを落としていった。
「ちょ、ちょっと……! くすぐったいですって……!」
身をよじって逃れようとする香奈を、巧はしっかりと腕の中に閉じ込めた。
「ふふ、逃がさないよ」
「っ……! もうっ……!」
香奈は頬を膨らませると、巧の頬を包むように手を添えた。
そして、あっという間に巧の唇を塞いだ。
「っ……!」
不意打ちのキスに、巧は一瞬言葉を失った。頬がじわじわと熱を持つのがわかる。
香奈が誇らしげにふふんと鼻を鳴らす。
「巧先輩ってば相変わらず守りが甘——」
その続きは、巧の口の中に消えた。
「んっ……」
ふわりとした感触が重なり、甘い吐息が漏れる。
直前の軽いキスとは違い、しっかりと唇を合わせる深い口づけ。
それだけでは飽き足らず、巧は舌を侵入させ、香奈の口内を心ゆくまで貪った。
「ん……はぁ……!」
唇が離れた後、香奈はとろんとした目で巧を見つめた。
彼女の顔は、すっかり上気している。
「い、いきなり激しすぎますって……!」
「香奈が煽るからだよ?」
巧が余裕そうに微笑むと、香奈は「むぅ……」と唇を尖らせた。
だが——次の瞬間。
「じゃあ、倍返しです!」
香奈が宣言すると同時に、巧の顔を引き寄せた。
巧は抵抗する間もなく彼女の唇に奪われる。
「んっ……⁉︎」
今度は香奈のほうが深く、積極的にキスを仕掛けてきた。
巧の唇を何度も優しく吸い、舌先を絡めるように甘くついばみ、口内を蹂躙する。
「ん……んんっ……」
香奈の腕が首に絡まり、さらに密着する。
巧はあえて、されるがままになっていた。
「ん……」
香奈がようやく巧から離れると、二人の間に淡い光を宿した透明な架け橋が生まれ、儚く揺らめいた。
それが妙に官能的に見えて、巧の腰がゾクゾクと震えた。
息を荒くしている香奈の瞳の奥にも、情欲の炎が揺らめいている。
(これ以上はやばいな……)
巧はわずかに残った理性を、必死に手繰り寄せた。
「香奈。もう遅いから、家に帰ったほうがいいよ。僕もお風呂入ったらすぐ寝るからさ」
「……あっ、は、はい。そうですね!」
香奈はハッとした表情になると、焦ったようにそう言って、いそいそと巧の上から降りた。
「確かに、これ以上遅くなると明日に響いちゃいますもんねっ」
香奈はそう言って微笑んだが、一抹の寂しさがにじんでいた。
巧はその頭にポンッと手を乗せ、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「うん。さっきも言ったけど、明日は一年で一番大切な日だからね。万全なコンディションで挑まないと」
「あっ……」
香奈が瞳を見開いた後、ふんわりと微笑んだ。
そこにはもう、寂しさは浮かんでいなかった。
——その後、巧の家を後にした香奈は、母親の蘭と少し話をしてから、自室に引っ込んだ。
父親の慎一郎はまだ帰宅していないが、今日は早めに休ませてもらうことにしよう。
「……んふふ」
二号——かつて夏祭りで巧にとってもらった犬のぬいぐるみ——を抱きしめながらベッドに潜ると、自然と笑いが漏れてしまう。
巧が誕生日を一年で一番大切な日と言ってくれたこともそうだし、寂しさを覚えていたことに気づいてくれたのも嬉しかった。
「巧先輩はすごいなぁ。なんでも私のことをわかっちゃうんだから」
そんな巧なら、明日もきっと最高の一日にしてくれるだろう——。
胸がじんわりと暖かくなるのを感じながら、香奈はゆっくりと眠りに落ちていった。
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