第302話 チーム全体の責任だ
再び一つにまとまった咲麗高校は、立ち上がりのように前がかりになりすぎることもなく、落ち着いてボールを回しながら同点ゴールを狙い続けた。
落ちてきた優と入れ替わるように飛び出した真に、武岡から鋭い縦パスが入る。
「させないヨ!」
その前にはすぐにジョージが立ちはだかった。真は仕掛けると見せて、少しボールを横にズラすと、すぐにシュートを放った。
威力よりも精度を重視したコントロールショットは、わずかに枠を外れた。
ゴールキック時に、ジョージが落胆したような表情で真に話しかけた。
「お前のドリブル、まともだから楽しみにしてたのに。腰抜けになったナ」
「お前の日本語はまともじゃないな」
「ナニ?」
ジョージは目つきを険しくするが、真はどこ吹く風だ。
「ジョージ。相手の挑発に乗っちゃダメだよ」
「わかってるヨ。こいつはオレに勝てないから、挑発してきているんダロ?」
「そうだね。そう捉えていいと思うよ」
玲央はにっこりと微笑み、真に目を向けた。
しかし、彼らの視線が交差することはなかった。
その後も、真はジョージに対して無理に仕掛けようとはせず、球離れの良いプレーを見せた。
水田や優のドリブルは通用していたが、咲麗はなかなかシュートまで持ち込めなかった。
もう一人のエースである誠治もまた、壁谷に抑え込まれていたからだ。
「おいおい、今大会の得点王候補が消極的なプレーだな。まさか、シュートも打たずに終わるつもりじゃないだろ?」
「っ……」
壁谷の挑発に、誠治の眉がぴくりと動いた。
しかし、彼はすぐに冬美の言葉を思い出した。
『前を向いて、全力でがむしゃらに、ひたすら自分のやるべきことをやりなさい』
単純で熱くなりやすい誠治だが、それゆえに割り切りも得意だ。
彼にとっては、壁谷よりも冬美の言葉のほうがよほど重要だった。
「別にそこには拘ってねえよ。俺は俺のやるべきことを全力でやるだけだから——なっ!」
大介が果敢にインターセプトをしたのを見て、誠治は裏へと走り出した。
「チッ、諦めの悪い野郎だ!」
壁谷もそれに付いていく。
しかし、大介は誠治には出さず、武岡にボールを預けた。
「格好つけてた割には、全然パスもらえねえじゃねえか」
「いや、フォワードなんてそんなもんだろ」
壁谷の言葉など意に介さず、誠治はポジションを取り続ける。
その間に、武岡と真がパス交換を行なっていた。どちらもボールを前に運ぶ素振りだけを見せている。
それにより洛王の陣形がほんの少し乱れた瞬間、誠治は裏へ抜ける動きをキャンセルして、ボールを要求した。
「——真さん!」
寸分の狂いのないボールが足元に収まる。
誠治は腕も使い、圧をかけてくる壁谷を相手に体を張ってボールをキープした。
「チッ、こいつ……!」
壁谷のわずかに苛立った声を聞きながら、タイミングよくサポートに来た優にボールを預けた。
優はダイレクトでシュートを放った。キーパーに弾かれたものの、洛王の誘導するサイド攻撃ではない中央突破をしたこと、そして誠治が壁谷を相手にタメを作れたことは、大きな収穫だった。
そこで得たコーナーキックから、大介がヘディングシュートを放ったが、ゴール右隅に逸れていった。
「ふぅ、危なかった……さすがに一筋縄じゃ行かないね」
洛王のゴールキックのタイミングで、今度は玲央が真に話しかけた。
彼は澄ました表情で咲麗のベンチに視線を送った。
「彼がいないなら、もうちょっと楽にいけると思ってたんだけどな」
「俺も、お前がいるならもうちょっと楽かと思ってたけどな」
真は間髪入れずに切り返した。
玲央はぴくりと眉を動かしたが、すぐに笑顔に戻る。
「……ふーん。思ってたより大人なんだね。咲麗の王子様は」
◇ ◇ ◇
それからもお互いにシュートチャンスはいくつかあったが、両チーム決定機は迎えることができずに、〇対一のまま前半が終了した。
「巧、どうだ?」
飛鳥が単刀直入に尋ねてくる。
巧は頭を下げた。
「すみません。旭さんの癖、全然読めませんでした」
「そうか……それだけ多才ってことか?」
「いえ、先制シーンも含めて、彼は一度も最適解の選択肢をとっていないんです」
「どういうことだ?」
飛鳥が眉をひそめた。
「彼は一貫して、自分を絡めた攻撃をしていました。ウチに警戒されている中で、個の能力は一段階も二段階も劣る彼が攻撃に加わるのは、ベストな選択肢じゃありません。とすると、樹形図的にいろんな最適解が考えられるので、どうしても絞り込めないんです」
巧は唇を噛んだ。
動画だけではイマイチ玲央の思考の癖を見抜くことができず、それでも出来る限り昨日に傾向と対策を立てて、様々な予想もしていた。正直、四十分間見たらある程度わかると思っていた。
「前半まるまる時間をもらったのに……すみません」
巧がもう一度頭を下げると、飛鳥が穏やかな表情で首を振った。
「いや、最適解を出さざるを得ないところ追い込めなかった俺らの責任でもある。チーム全体の責任だ。お前一人が背負う必要はない。それに、巧があのとき榎本に注意を向けるよう言ってくれなかったら、二点差になっていたからな。お前は充分貢献してるよ」
「でも、あれもギリギリでした。キャプテンが神クリアしてくださったおかげ——ふぐっ」
「巧先輩、過ぎた謙遜は嫌味になりますよ?」
香奈がむにゅーと巧の頬を引っ張り、ジト目を向けた。
冬美も続いて、
「自分に厳しいのは良いことだけれど、他人の賞賛を素直に受け取るのも大事よ。そこについてだけは、誠治を見習ってもいいと思うわ」
「おいコラ。だけはってなんだ」
「あら、他にあるのかしら?」
冬美は誠治に流し目を向けた。
誠治は少し考え込んで、
「……ねぇな」
「「「悲しすぎるだろ」」」
周囲が一斉にツッコみ、空気が和らぐ。
「にしても、やっぱり巧先輩のほっぺは触り心地が最高ですね。赤ちゃんみたいです」
「香奈には負けるよ」
赤ちゃんと言われて少し腹の立った巧は、お返しとばかりに手を伸ばした。
その指先が香奈の頬に触れた瞬間、
「「「イチャついてんじゃねえぞ」」」
「「っ……」」
巧と香奈の顔が、一瞬で色づいた。
お互いの頬からそっと手を離し、気まずそうに視線を逸らした。
巧は咳払いをした後、チームメイトに向き直り、頭を下げた。
「すみません。視野が狭くなってました」
香奈とのスキンシップではなく、それ以前の自分だけで背負い込もうとしていたことへの謝罪だ。
そのことは正確に伝わったらしい。
「おう。わかればいいんだ」
飛鳥は笑みを浮かべて、ポンポンと巧の頭を軽く叩いた。
彼は真剣な表情に戻って、周りを見回した。
「それじゃあ、後半について話し合うぞ。何か気づいたことがあるやつはいるか?」
「——ちょっといいか」
「「「っ……」」」
声にならないざわめきが、その場を包んだ。
飛鳥の問いに真っ先に反応したのは、これまでハーフタイムに発言などしてこなかった、真だった。
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