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第3話 美少女後輩マネージャーが家まで着いてくることになった

「——先輩っ!」


 背後からかけられた声に、ベンチで項垂れていた(たくみ)は首だけを動かして振り返った。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、柄物の可愛らしい傘だった。

 その下には、灰色に染まった世界の中でも輝きを失わない赤髪が、わずかに湿り気を帯びて揺れていた。


白雪(しらゆき)さん……」

「はぁ、はぁ、やっぱりここにいた……! って、びしょ濡れじゃないですかっ! 風邪引いちゃいますよ⁉︎」


 髪の毛からポタポタと水滴を垂らす巧を見て、香奈(かな)が息切れしつつも、グイッと彼の腕を引っ張る。

 しかし、巧は力なく首を振った。


「……いいよ、別に」

「……やっぱり、何かあったんですね?」


 香奈が形の良い眉をひそめ、巧の顔を覗き込む。


「白雪さんには関係のないことだよ。大丈夫だから、放っておいて」

「放っておけるわけないじゃないですか! 風邪ひいたら、大好きなサッカーもできなくなっちゃいますよ? あっ、私折りたたみ持ってるので、これ使ってください!」


 香奈が差し出してきた柄物の可愛らしい傘を、巧は手のひらで制した。


「いらない」

「でも——」

「いらないって、言ってるでしょ」

「っ……」


 巧の冷たい声に、香奈が息を詰まらせた。


「風邪を引いたって、サッカーができなくなったっていいよ。だってもう、サッカーは辞めるつもりだから」


 気づけば、巧はそう言っていた。

 先程まで悩んでいたはずなのに、立て板を滑り落ちていく水のように、よどみなく退部すると口にしていた。


「や、辞めるって、えっ? ……嘘、ですよね?」

「大丈夫? 混乱しすぎじゃない?」


 巧は苦笑した。


「えっ、いや、だって先輩、あんなにサッカー大好きだったじゃないですか!」

「安心して。今でも好きだよ」

「なら何で!」

「白雪さんだって、三軍にいたからわかってるでしょ? 僕に選手としての才能はないって」

「っ——」


 香奈が息を呑んだ。


「ドリブルもシュートも、守備だって通用しない。僕には武器って呼べるものが、一つもないんだ」

「で、でも、ダイレクトプレーとか空間把握能力とか、周りより優れているとこだってあるじゃないですか!」

「そうだね。けど、それだけじゃ戦えない……って、ごめん。せっかく励ましてくれているのに、否定ばっかりしちゃって」


 巧は申し訳なさそうに頭を下げた。

 濡れて顔に張り付いていた紫髪が、何本か剥がれ落ちた。


「い、いえ、それは全然……」


 香奈の言葉は続かない。

 すっかり諦めてしまった様子の巧を見て、かける言葉が見つからないようだった。


「とにかく、もう決めたことだから。白雪さんは僕なんかに構ってないで、二軍で頑張って。色々言われることはあるかもしれないけど、君は紛れもなくマネージャーとしての実力で二軍の座を勝ち取ったんだから」


 巧はそう言って頬を緩めた。

 アイドル並みと美貌とスタイルゆえに、香奈には嫉妬混じりの視線や根も葉もない噂が付きまとうことも多いが、彼女の優秀さは二ヶ月しか一緒にやっていない巧でもよくわかった。


 咲麗(しょうれい)高校は、インターハイでもベスト八まで勝ち進んだ全国常連の強豪校だ。

 マネージャーの人数も多く、香奈がその中で二軍に昇格できたのは、実力以外の何物でもなかった。


「雨が止む気配もないし、早く帰ったほうがいいよ」


 風邪を引かれても寝覚めが悪いと思って巧が声をかけると、香奈が弾かれたように動き出した。


「し、白雪さん?」


 香奈は素早く巧の前に回り込み、呆気に取られる彼の手に、強引に傘を押し付けた。


「部活のことを抜きにしても、先輩に風邪を引いてもらいたくはないので。先輩がちゃんと傘持って帰るまで、離れませんから」

「そ、それは悪いよ。白雪さんもだいぶ濡れちゃってるし——」

「私のことを心配してくれるのなら、早く帰ってください」


 有無を言わせない口調に、巧は説得を諦めた。


「……ありがとう」


 お礼をつぶやいて、巧は歩き出した。香奈は半歩後ろをついてきた。

 公園から三分ほど歩いて馴染みのコンビニの前を通り過ぎれば、巧の住んでいるマンションはすぐそこだ。そしてそこは、同時に香奈が最近引っ越してきたところでもあった。


 同じマンションなので、当然一緒に入る。

 エレベーターに乗り込んで、まず最初に二番を押して、続いて三番のボタンに触れようとする巧の手を、香奈が掴んだ。


「白雪さん?」


 意図がわからずに、巧は眉を寄せた。

 香奈は何度かためらうように口を開閉させた後、様子を(うかが)うように上目遣いで巧を見上げ、おずおずと切り出した。


「あの、差し出がましいのはわかっているんですけど……少しだけ、先輩の家にお邪魔させてもらえませんか?」

「……えっ?」


 巧は目を見開いた。

 思わず、香奈の端正な顔をじっと凝視してしまう。


 何を言ってるんだ、この子は——。

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