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第287話 穴

誤字報告ありがとうございます!

 野村(のむら)を信頼していないのは、監督だけではなかった。

 チームメイトも同じだった。


 確かにスタメンに選ばれるほどの実力はあったため文句は言わなかったものの、飛び抜けているわけでもない野村に見下されれば、いい気はしないものだ。


「よっしゃあ! お前ら、まだ一点差だ! 時間も十分に残ってる。絶対逆転するぞ!」

「「「おう!」」」


 皮肉なことに、野村への不満を軸に、他のメンバーは団結していた。

 共通の敵がいると仲良くなりやすいというのは、時代に関わらず一貫している人間の特性だ。


 その良し悪しはさておき、青葉(あおば)の士気が上がったのは事実だった。

 彼らは誠治(せいじ)(まこと)へのダブルチームをやめ、前線からどんどんプレッシャーをかけた。


 バランスを捨てた前がかりな守備と、ボールを奪ったら即座に全員が参加する青葉の捨て身の攻撃に、咲麗(しょうれい)は苦戦を強いられた。

 苦し紛れの誠治へのロングボールも精度を欠き、野村の交代を機に、完全に形勢が逆転した。


 ボールを保持して主導権を握るサッカーを好む咲麗イレブンにとって、いくらリードしている状況といえど、繰り返される高強度の波状攻撃は、決して楽なものではなかった。

 それに加えて、前半よりも彼らの守備強度は下がっていた。(たくみ)がいるからだ。


「青葉の思い切りの良さが功を奏してるな」

「せやなぁ」


 浜本(はまもと)の言葉に、今泉(いまいずみ)は興味深そうな視線をピッチに向けたたまま、同意した。


「巧君は敵味方の動きを把握して、味方と連動してパスカットを狙えるけど、それはあくまで相手がパスを回しているときのみやからなぁ」

「個人技を主体とする青葉に対しては、如月(きさらぎ)さんのその武器は発揮しにくいですよね……彼は元来、一対一に強い選手ではありませんしごめんなさい」


 巧のアシストで逆転したときは狂喜乱舞していた神楽(かぐら)も、厳しい表情を浮かべている。

 ——彼は巧を贔屓(ひいき)するあまり『一対一に強い選手ではない』と表現を抑えたが、実際のところ、全国の舞台では並以下どころか、明確に劣っていた。


 当然、青葉は巧を狙ったし、咲麗の選手たちも彼をカバーするべく走り回った。

 巧も、自分が穴にならないように周囲に指示を出しつつ、できることをした。


 しかし、度重なる猛攻に咲麗は耐えきれず、ついに巧と青葉のキャプテンである長谷川(はせがわ)が、ペナルティエリアのすぐ外で対峙をした。

 抜かれれば即座に失点をしかねないシチュエーションに、巧はカードをもらう覚悟で挑んだ。


 しかし、個人技主体のチームの司令塔を担う長谷川との実力差は、心の持ちようでひっくり返るほど小さくなかった。


「知ってるさ。お前がすごいことも——真っ向勝負には弱えってこともな!」

「くっ……!」


 巧は必死に喰らいつこうとした。読みも当たっていた。

 それでも、止められなかった。ファールすらさせてもらえなかった。


 飛鳥(あすか)大介(だいすけ)(はやし)も、そして真も武岡(たけおか)も、巧よりも後ろのポジションは全員、ヘルプに間に合う距離にいなかった。


(しかも、ここは俺の一番得意なコースだ!)


 ——長谷川は同点弾を決めることを確信し、右足を振り上げた。

 しかし、その瞬間、どこからともなくその足は伸びてきた。


「——晴弘(はるひろ)!」

「なっ……!」


 サイドにいたはずの晴弘が、中央まで一気に走ってきて、スライディングで長谷川のシュートをブロックしたのだ。


「カウンター!」


 地面を滑りながらの晴弘の声に、咲麗の攻撃陣は一斉に走り出した。

 浮いたボールを回収した真は、それまでの鬱憤(うっぷん)をぶつけるように、青葉守備陣を切り裂いた。


「行かせるかよ!」

「ここで止める!」


 なんとか戻った二枚のディフェンダーが、真の前に立ちはだかった。


西宮(にしみや)先輩!」


 巧が背後から呼ぶと、真は振り返らないままヒールパスを出した。

 巧は一つトラップをすると、並走する晴弘にスルーパスを出した。


「やべえ!」

「こいつも危険だ——なっ⁉︎」


 必死に距離を詰めてくるディフェンダーを嘲笑うかのように、晴弘はダイレクトで巧に戻した。

 その走っている速度を緩めない絶妙な優しいパスを、巧もダイレクトで前方に蹴った。


「「「なっ……!」」」


 左右に揺さぶられて思わず足を止めてしまった青葉守備陣の頭上を越える柔らかい浮き球のパスは、裏へと抜け出していた誠治(せいじ)の足元にピタリと収まった。


「ナイスパス、巧!」


 ダブルチームにフラストレーションを溜めていたのは、真だけではない。

 誠治もまた、鬱憤を晴らすかのように豪快に右足を振り抜いた。

 弾丸のようなシュートは、青葉のキーパーの指先をかすめることすらなく、ゴールに突き刺さった。


「クソっ、やられた……!」

「今のは仕方ねえっ、取り返すぞ!」

「「「おおっ!」」」


 残り数分というところで二点差になっても、青葉の選手たちは諦めなかった。


 そこからは技術や戦術以上に、気持ちと気持ちのぶつかり合いだった。

 どこにそんな力が残っていたのかと言いたくなるほど走り回る青葉の選手たちに対して、咲麗もトップ下の(まさる)や途中出場の晴弘、そしてフォワードの誠治まで自陣に戻って守備を行い、ロングボールには武岡と大介が対処し、ゴール前でも飛鳥や林を中心に喰らいついた。


 どれほど熾烈(しれつ)な戦いであっても、時計の針は平等に進む。

 こぼれ球を回収した真が、得意のドリブルを発動させることなく大きなクリアをしたところで、審判が笛を鳴らした。


 今大会初めてビハインドを背負うことになった咲麗だが、結果として二戦連続三対一で勝利を収め、いよいよ準決勝で桐海(とうかい)とぶつかることになった。




◇ ◇ ◇




「……はぁ」


 巧がホテルを歩いていると、背後から重いため息が聞こえた。

 振り返ると、ちょうど通り過ぎた曲がり角から優が現れた。


 彼は巧に気づいた様子もなく、反対方向に歩いていった。

 どこか頼りない後ろ姿が心配になり、巧は声をかけようとしたが、その必要はなかった。


「——優君?」


 優の前方から、あかりが歩いてきていた。

 彼女はトトト、走り寄ると、心配そうに優の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」

「ん……あぁ、あかりか」

「なんかボーッとしてるみたいですけど、具合が悪いんですか?」

「いや、大丈夫だよ。ちょっと疲れちってさ」

「そうですか……?」


 あかりの声から、不安の色は消えない。


 巧もまた、優の言葉を疑っていた。

 今の優は、疲労以上に、どこか覇気がないように感じられたからだ。


 声をかけるべきか、あかりに任せるべきか——。

 迷っていると、人の気配を感じた。


 顔を上げると、真が目の前に立っていた。

 巧の紫髪を見下ろし、彼は冷たい声で告げた。


「如月、ちょっとツラ貸せ」

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