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第282話 みんなで

大介(だいすけ)君!」

「……花梨(かりん)?」


 大介は我が耳を疑った。

 こんなざわついている中で、女の子一人の声など届くはずがないからだ。


 しかし、幻聴だとも思えなかった。

 声のしたほうを振り向くと、特徴的なオレンジ色が見えた。


「頑張れ!」


 照れくさそうに笑いながら、まるで「大丈夫だよ」とでも言うように拳を握りしめるその少女は、間違いなく花梨だった。


 彼女が応援してくれている。

 そのことを自覚した途端、体の底からふつふつとやる気が湧いてきた。


「……よしっ!」


 大介は気合いを入れ直した。

 落ち込むのは後でいい。今は、目の前の試合に集中しなければ。


 近づいてきた飛鳥(あすか)が、大介の顔を見てニヤリと笑った。


「慰める必要はなさそうだな」

「はい。すみません」

「ミスったもんは仕方ないし、俺らのサポートも足りなかったから気にすることはないさ。これからは出しどころがなかった迷わず蹴っていいし、守備では今の調子でどんどん勝負してくれ。俺らがカバーするから」

「わかりました」


 飛鳥以外の仲間も、それぞれの言葉で大介を励ました。

 スタメンを奪う形になった(はやし)も「気にすんな。頼りにしてるぜ」と、肩を叩いて笑いかけてくれた。


「大介、ドンマイ!」

「切り替えろよー!」


 ベンチからも、ミスを咎める声は出なかった。

 大介はますますエネルギーがみなぎるのを感じた。


 ミスからの失点というのは、往々にして大崩れの原因となり得るが、咲麗(しょうれい)は違った。

 一人のミスはみんなで取り返す——。

 その意識が全員に浸透していた彼らは、武陵(ぶりょう)の勢いに呑まれることはなかった。


 水田(みずた)のいる左サイドを中心に長短のパスを織り交ぜながら、武陵の守備陣を切り裂く。


(かがり)を自由にさせるな!」


 一人では誠治(せいじ)を止められない——。

 武陵の選手たちのその判断は、決して間違いではなかった。


 だが、正解でもなかった。

 誠治に二人のマークをつければ、その分、咲麗の他の選手はフリーになる。

 (まさる)、そして(まこと)まではなんとか対応できた守備陣も、そのさらに奥に待っていた蒼太(そうた)のシュートを防ぐ手段は持たなかった。


「よっしゃあ!」

「ナイッシュー、蒼太!」


 一年生の嬉しい大会初ゴールは、さらに咲麗に勢いをもたらした。

 再び一歩前に出た咲麗は、無理をすることなく落ち着いてボールを回し、時には誠治へシンプルなロングボールを蹴りつつ時計の針を進めた。


「くそ……!」

「もう時間ねえぞ、センターバックも上がれ!」


 武陵は後がなくなって、前がかりになった。

 センターバックを前線に配置して、その高さを利用して攻撃する、いわゆるパワープレーを実行した。


 その判断もまた、間違いではなかったが、


「ふんっ!」

「ナイス、大介!」


 センターバック同士の競り合いは、大介に軍配が上がった。

 セカンドボールに素早く反応した優が、真に預ける。


「やべえ!」

「なんとしてでも止めるぞ——なっ⁉︎」

「「「真君ー!」」」


 咲麗の王子様は、目線と体のフェイントを駆使して武陵の選手たちにファールすらさせず、一気に三人の包囲網を突破してみせた。

 咲麗の攻撃は真、優、蒼太、誠治の四人に対して、武陵の守備陣は二人しかいなかった。


 真はさらにドリブルで仕掛けると見せて一人を惹きつけ、蒼太にパスを出した。

 蒼太は誠治に視線を固定したまま、優にパスを出した。


「「なっ……!」」


 完全に守備陣の裏をかいたパスが通り、優はキーパーと一対一の状況になった。

 しかし、少し角度がなかった。


(……ちょっとむずいな)


 優は自分で打ちたくなる気持ちを我慢して、横にボールを流した。その先には真がいた。


「っ……」


 真は驚いたように目を見張ったが、それでミスをするようなヘマはしなかった。

 無人のゴールに落ち着いて流し込み、勝敗を決定づける三点目を咲麗にもたらした。


「分をわきまえた、悪くねえ判断だ」

「うす」


 優は素直ではない真の称賛の言葉に、頬を緩めた。

 手のひらを差し出す。


「……チッ」


 舌打ちをした真が、渋々といった様子で自らの手のひらを優のそれに合わせたとき、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。




 試合後のミーティングを終えた大介は、一人でスタジアムを出た。

 冬の冷たい風が吹く。しかし、試合の後の昂ぶりがまだ抜けないせいか、それすら心地よい。


 チームメイトにハブられている——わけでは、もちろんない。大介が頼んで一人にしてもらったのだ。

 その目的は、


「あっ、大介君!」


 ベンチに腰を下ろしていたオレンジ髪の少女が、パッと表情を輝かせて立ち上がった。


「やったね! 三回戦突破、おめでとう!」


 小走りで駆け寄ってきたその少女——花梨は、満面の笑みとともに、両手を胸の前で軽く握りしめた。

 まるで自分のことのように喜んでくれているその様子に、大介も自然と頬を緩めた。


「うむ、ありがとう。それと、寒い中で待たせて申し訳なかったな」


 謝罪の言葉とともに、ホットココアの缶を差し出す。


「えっ、いいよそんなの!」

「いや、体を冷やすと良くないからな。それに、前に甘いホットココアが好きだと話していただろう?」

「えっ……覚えててくれたんだ?」

「もちろんだ」


 大介がさも当然かのようにうなずくと、花梨は照れくさそうにはにかんだ。


「そっか……。じゃあ、もらっちゃうね。ありがとう!」

「うむ」


 花梨が蓋を開けて、ふーふーと息を吹きかけてからココアを口に含む。


「ん〜、美味しい!」

「それはよかった」


 瞳を細める花梨を見て、大介は柔らかく微笑んだ。

 両手で挟み込むように缶を握る彼女に、軽く頭を下げた。


「応援に来てくれてありがとう、花梨。すごく勇気をもらえたぞ」

「そんな、大袈裟だよ〜」

「いや、大袈裟ではないぞ。俺のミスで失点したとき、花梨の声が聞こえて立ち直れたからな」

「えっ?」


 花梨は呆けた表情を浮かべた。

 その顔が、じわじわと赤く染まっていく。


「あ、あれ……聞こえていたの……?」

「うむ。しっかりとな」

「はぅ……!」


 花梨はココアを脇に置き、両手で顔を覆いながら身をよじった。


「は、恥ずかしい……!」


 その様子に、大介は思わず笑みをこぼした。


「だが、おかげでその後も自信を失わずにプレーを続けられた。感謝するぞ」

「……そっか」


 花梨は頬に色味を残しながらも、ふわりと微笑んだ。


「大介君の力になれたなら、よかったよ」

「っ——」


 大介は息を呑んだ。

 彼の呆気に取られた様子を見て、花梨は再び真っ赤になり、慌てたように言い募った。


「あっ、別にそんな、深い意味はないからね⁉︎ ほ、ほら、リカバリーとかもあると思うし、大介君もみんなのところに帰らないとっ! それじゃ、この後も頑張ってね!」


 早口で言い切った後、花梨はココアを片手に、大介が止める間もなくその場を去ってしまった。

 今度は別の意味で呆気に取られていた大介だが、間もなくして携帯が通知を告げた。花梨からだった。


『突然バイバイしちゃってごめんね。嫌な気分になったとか、そういうのじゃないから! この後も厳しい戦いが続くと思うけど、応援してるから頑張って! あと、ココアも本当に嬉しかったよ! 今度は私に何か奢らせてねー』


 大介はホッと一息吐いた。

 花梨とはある程度仲良くやれているという自信があったし、急に走り去ってしまったことに対しても、そこまでネガティヴ思考にはなっていなかったが、こうして彼女自身からメッセージをもらえると、やはり安心感はあった。


 最後の一文が社交辞令で終わるのか、それとも別の何かに変わるのか。

 それは、これからの大介次第だろう。


「よしっ!」


 野太い声を出して立ち上がる大介の表情は、八十分間フルで戦った後とは思えないほど、活き活きと輝いていた。

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