第28話 美少女後輩マネージャーが腕に抱きついてきた
結局、その日の練習試合は咲麗高校の全勝だった。
「巧、お前まじでやべーな!」
「ガッハッハ! 見事であったぞ」
「あぁ。今日の勝利は間違いなく巧のおかげだ」
「お、大袈裟ですよ」
優、大介、三葉などから口々に褒められ、巧はむず痒さを感じていた。
「いえ、大袈裟じゃありません! もちろん決めたみなさんもさすがでしたが、ビッグチャンスの起点はほぼ先輩でしたもん」
「そ、そんなことないって」
香奈まで加わってきて、巧は居た堪れない気持ちになった。
(いや、まあ、すごく嬉しいんだけどさ)
それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ははっ、これだけ恥じらっている如月君というのも珍しいな」
「笑ってないで助けてください、愛沢先輩」
「まさか。こんな貴重な映像、脳裏に焼き付けずにはいられないだろう」
玲子がニヤニヤ笑う。
「くっ……実は玲子のれいは冷たいの冷なんじゃないですか?」
「へぇ、なかなか面白いことを言うじゃないか。なら、一緒に改名しに行くか? もちろん君は如月巧拓実だ」
「ごめんなさい僕が悪かったです」
どっと笑いが起こる。
巧としては普通に玲子といつもの戯れをしていただけなのだが、快勝後のハイテンションというのもあったのだろう。
どうやらみんなのツボに入ってしまったらしく、最終的には誰かが「夫婦漫才だ」とまで言い出す始末だった。
◇ ◇ ◇
「あの〜……白雪さん?」
「何ですか?」
「なんか、怒ってない……?」
「別に、普通ですけど」
(いや、絶対に普通じゃないでしょ)
香奈はリスのように頬を膨らませ、むすっとした表情を浮かべていた。
帰るときからずっとこの調子だ。
いつものそう見せている類とは雰囲気が違っていて、本当に不機嫌そうだった。
何か悪いことしちゃったのかな、と巧は頭を悩ませた。
電車のガタンゴトン、という音が響く。
しばらくすると、香奈がはぁ、と息を吐いた。
巧は身を固くした。
「……そんなに警戒しないでください」
香奈が苦笑した。
表情は幾分マシになっていた。
「先輩が何かしたとか、そういうわけじゃないんです。ただ、私の心が狭いだけなので。大活躍した日に嫌な気持ちにさせちゃってごめんなさい」
「いや、それは全然いいんだけど……不満があるなら遠慮なく言ってね? 直すから」
「はい。ただ、本当に先輩は悪くないですから。気にしないでください」
「そう? ならいいんだけど……」
香奈の表情を見る限り、本当に巧に責任があるわけではなさそうだった。
同時に、巧が原因であることも間違いなさそうだった。
(なんなんだろうな)
巧は香奈が普通に話し始めた後も、頭の片隅で考えを巡らせていた。
しかし、最寄駅の改札を出てすぐ、そんな余裕はなくなった。
突然、凄まじい勢いで雨が降り始めたのだ。
「わわっ⁉︎」
「す、すごっ!」
巧と香奈は慌てて近くの店の軒下に避難した。
雨は一瞬で本降りになり、ヤクザの拠点に乗り込む警察よろしく、猛烈な勢いで地面を叩いている。
「今日、雨の予報ありましたっけ?」
「いや、なかったと思うけど……っ!」
巧はパッと顔を背けた。
基本的に、誰かと話すときは相手の目を見るようにしている。
すると、必然的に相手の顔の前後左右が視界に入る。
だから、バッチリ捉えてしまったのだ。
雨に濡れたせいで部活指定のポロシャツから透けている、紫色の下着を。
「先輩? どうし——あっ」
香奈もブラが透けていることに気づいたようだ。
横目で確認すると、髪の毛から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「み、見えちゃいましたよね……?」
「ご、ごめんっ」
「別にいいですよ、不可抗力ですし」
香奈は朗らかに笑った。
巧はそっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう……白雪さん、何か羽織れるものは?」
「ないです」
「じゃ、よかったらこれ使ってよ」
巧はバッグの中からジャージを取り出し、香奈に手渡した。
「持ってただけだから臭くはないと思う」
「えっ、でも、先輩は着なくていいんですか?」
「大丈夫だよ。僕は透けても問題ないしさ」
「じゃ、じゃあ……お借りします」
「うん」
香奈が頬を染めながら、ジャージに袖を通した。
それから少ししても、雨は収まらなかった。
「やみませんね……」
「うん。いつまでもここにいるわけにもいかないし……仕方ない。白雪さん、これ使って」
巧は折り畳み傘を差し出した。
「えっ、先輩は?」
「僕は走って帰るよ」
「だ、ダメですよ! この雨の中走ったら風邪引いちゃいますし、試合後で疲れているんだから、危ないですっ」
「でも、傘は一本しかないし、コンビニもすぐ近くにはないし——」
「い、一緒に入ればいいじゃないですか」
「……えっ?」
巧は香奈の顔を凝視した。
彼女は桜に色づいた顔を、ずいっと近づけてきた。
「今の状況なら、二人で入るのが最も合理的じゃないですか? 多少はお互いに濡れると思いますけど、どちらかが傘なしで帰るよりは百倍マシなはずです」
「まあ、そうだけど……いいの? 相合傘なんかしちゃって」
「べ、別に先輩ならいいですよ。先輩は嫌なんですか? 私と、あ、相合傘をするのはっ」
「全然嫌なわけじゃないよ。じゃあ……いこっか」
「はいっ!」
香奈が弾んだ声を出した。
ようやく家に帰れる目処が立って嬉しいのだろう。
巧はさりげなく、香奈が濡れないように傘を傾けた。
しかし、彼女はすぐに気づいたようだ。
柄の部分に手を当て、ググッと押し返してくる。
「ちょ、白雪さんが濡れちゃうよ」
「先輩だって濡れちゃいますもんっ」
「でも、女の子のほうが体冷やしたら良くないって言うし」
「疲れている先輩のほうが冷やしちゃダメですよ……あぁ、もうっ」
香奈が痺れを切らしたように柄を離した。
そして次の瞬間、傘を持つ巧の腕に抱きついてきた。
むにゅっ、という柔らかい感触。
それが何であるかなど、考えなくてもわかる。
「えっ、ちょ、白雪さん⁉︎」
「うるさいですっ、お互いが濡れないためにはこれが一番なんですから、これでいいんです!」
「は、はい」
香奈のあまりの剣幕に、巧は思わずうなずいてしまった。
だが、腕には確かな弾力と重さが感じられ、距離が縮まったことにより柑橘系の甘さとわずかに汗が混ざった匂いが鼻腔をくすぐるその状況は、健全な男子高校生の巧には色々な意味で危険だった。
(と、とにかく早く帰ろう!)
「そ、そういえば白雪さん。昨日の——」
巧は邪念を追い払うために適当な話題を振りつつ、足を早めて逃げるようにマンションを目指した。
一人で玄関に入り、巧はふぅ、と息を吐いた。
体以上に精神が疲れている。
(……シャワー浴びよう。濡れたままじゃ風邪引いちゃうだろうし、頭スッキリさせないとな)
巧が風呂場に向かうころ、一つ上の階では、香奈が玄関に入ったところで頭を抱えていた。
「マジで何やっちゃってんだ私……!」
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