表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

279/328

第279話 決着

 誰もが固唾を呑んで見守る中、主審の手に握られていたのは、そのユニフォームと同じ黄色いカードだった。

 主審はそれを、増渕(ますぶち)霧影(きりかげ)高校キャプテンの相川(あいかわ)に提示した。


「っ……! 感謝します」


 霧影高校監督の清水(しみず)は深々と腰を折り曲げ、増渕をベンチに引っ張っていった。


「ありがとうございます」


 相川も、主審に向かって頭を下げた。


「私はルールに従っただけだ。彼の愚行を未遂で済ませたのは君だろう」


 主審はそう言って、相川の肩をポンっと叩いた。


「……ありがとうございます」


 相川はもう一度頭を下げてから、様子を伺っていた今泉(いまいずみ)たちにも頭を下げた。


「すまない。迷惑をかけた」

「気にすんなや。神楽(かぐら)もほとんど自業自得やからな」

「イライラを抑えられませんでしたごめんなさい!」

「いや、あくまで悪いのはウチだ。すまなかった」


 相川に倣って、他のメンバーも頭を下げた。


「頑固やなぁ。ほな、遠慮なく迷惑料を頂戴しようか」


 今泉は手を差し出した。


「ここからの二十分間、全力できいや。霧影(きりかげ)の本当の姿、見せてもらおか」

「っ……あぁ、当然だ!」


 相川は力強くうなずいて、今泉の手を握った。


 ——しかし、解決したのはあくまで現場レベルの話だ。

 観客にそれは伝わっていない。


「結局どうなったんだ……?」

「殴りかかろうとしてたぞ。レッドじゃないのか?」

「一応握手はしてるけど、わけわかんねーな」


 ざわめく異様な雰囲気の中、桐海(とうかい)ボールで試合は再開した。

 しかし、重苦しい空気はすぐに霧散することになった。


「おいおい、霧影強えぞ!」

「桐海と互角にやり合ってるじゃねーか!」


 それまでとは全く様相の異なる一進一退の攻防に、会場は大いに湧いた。

 興奮しているのは、(たくみ)たち咲麗(しょうれい)高校サッカー部も同じだった。


「めちゃくちゃ面白えな」

「交代で入った横山(よこやま)ってやつ、めっちゃうめえじゃん。なんでベンチだったんだよ?」

「これが霧影本来のサッカーなんだろうな。明らかに動きが違う」

「はい。そして——」


 巧は飛鳥(あすか)の意見に同意して、頬を緩めた。


「何よりも、楽しそうです」


(そう言う巧先輩も、楽しそう)


 紫色の瞳を細める巧の横顔を見て、香奈も自然と笑顔になった。

 増渕を中心としたアクシデントの後に、彼が笑っていることが嬉しかった。


 ——巧もその視線に気がついた。ピッチから視線を外した。

 笑みを浮かべる香奈を見て、首をかしげる。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもないです」

「そっか」


 短いやり取りだけで、お互いの想いは伝わった。

 巧と香奈はくすぐったそうに笑い合った。


「おい、試合が熱いんだからお前らは冷えとけって」

「付き合って四ヶ月くらいだろ。いつまでアツアツなんだよ」

「「っ……!」」


 呆れたようにツッコまれ、巧と香奈は揃って赤面した。自分たちだけの世界に入っていた自覚はあった。

 誠治(せいじ)がニヤリと笑って、巧と香奈に指を向けた。


「一番熱いのはこいつらの顔っすね」

「今一番熱い誠治たちに言われてもなぁ」

「「なっ……⁉︎」」


 見事なカウンターを叩き込まれた誠治と、流れ弾を食らった冬美(ふゆみ)の顔が、一気に赤くなる。


(俺らは大人しくしてよう)

(そうですね)


 (まさる)とあかりはアイコンタクトを交わし、鳴りを潜めようとした。


「今、あそこだって目を合わせてうなずき合っていたわ」

「冬美先輩⁉︎」

久東(くとう)⁉︎」

「巧たちをうまく隠れ蓑にしてるだけで、こいつらも結構イチャついてるよな」

「優、さっきの試合で七瀬(ななせ)さんとだけ右手でハイタッチしてたもんね」

「「なっ……!」」


 巧の鋭い指摘に、優とあかりも真っ赤になった。


「そ、そうなんですか優君……?」

「お、おう……ごめん。キモいことして」

「い、いえっ、そんなことはありません! 驚きはしましたけど、その……嬉しいです」

「そ、そっか」

「……二人も僕と香奈のこと言えないと思うな〜」

「あぁ。こいつらもなかなか強敵だわ」

「「っ……!」」


 巧や他のチームメイトに呆れたような視線を向けられ、優とあかりはハッと我に返った。

 今のやり取りを仲間たちに見られていたことを自覚し、たまらず顔を覆った。


「ほら、お前ら。ふざけるのはそこまでにして、ちゃんと見ておけよ——特にそこの三組」


 飛鳥がキャプテンらしく注意をすると、


「「はーい」」

「「うす」」

「「はい」」


 気の抜けたような返事が巧と香奈、体育会系らしい無骨なものが誠治と優、かしこまった最後のがあかりと冬美だ。

 やっぱり全ての元凶は巧と香奈かもしれない、と飛鳥は苦笑した。




 スタンドでそんな緩い戦いが繰り広げられていることなどつゆ知らず、霧影と桐海は激しい火花を散らしていた。

 前半から激しい試合ではあった。しかし、決定的に違うのは、どちらの選手も楽しそうだということだ。


「お前のおかげで、こうして選手権の舞台に立ててるわけだからな。一応感謝しておくぜ」

「僕も横山さんが出てきたら厄介だと聞いていたので、戦えて嬉しいですごめんなさい!」

「なんでそこで謝罪……? ま、いいか。いくぞ!」


 横山のプレースタイルは、現在の(まこと)に似ていた。つまり、ドリブル、パス、シュート三拍子揃ったオールラウンダーだ。

 対して、神楽は桐海のエンゴロ・カンテと呼ばれるほどの機動力と体力を活かして、どんな相手にも喰らいつく対人守備能力の持ち主。

 そんな彼らのマッチアップは、他の選手たちからしても見応えのあるものだった。


 横山が抜いたと思えば、神楽が回り込んでいる。神楽が回り込んでいると思えば、横山がフェイントで逆を突く。

 両チームの攻撃の要と守備の要の攻防を中心に、互角の戦いが繰り広げられた。


 その間にも時計の針は刻一刻と進んでいく。

 もはや、勝負は決していた。

 それでも、桐海の選手たちは決して手を抜こうとはしなかったし、霧影の選手たちも諦めようとはしなかった。


「こいつ、ちょこまかと……!」


 横山は神楽のピッタリとくっついてくるようなディフェンスをなんとか引き剥がし、シュート体勢に入った。


「まさか、そこから⁉︎」


 神楽は驚愕に目を見開いた。

 ゴールから三十メートル以上はあるだろうか。


 しかし、横山は増渕とは違う。神楽は慌ててシュートブロックに入った。

 その瞬間、横山の口元がニヤリと弧を描いた。


「しまっ……!」


 神楽がシュートモーションはフェイクだと気づいたときには、横山は彼を抜き去っていた。


「まだ甘えな一年坊主——なっ⁉︎」


 横山は目を見張った。

 いつの間にか、目の前には今泉の姿があった。


(嘘だろ⁉︎ なんでセンターバックのこいつがこんな前に——)


 神楽との駆け引きに夢中になっていた横山に、今泉の強襲を防ぐ術はなかった。


「もろたで! カウンターや!」


 横山からボールを奪取した今泉は、そのまま持ち上がった。


「キャプテン、ありがとうございますごめんなさい!」

「まずい、戻れ!」


 横山は、前を走る神楽の背中を必死に追いかけた。


「神楽!」


 今泉が神楽にボールを預ける。

 トラップをした神楽の視線は、桐海のエースストライカー、永井(ながい)に向いていた。


「永井だ!」

「コースふさげ!」


 霧影の選手たちはカウンターを受けて陣形の整っていない中、なんとかして永井を防ごうとした。

 今度は、神楽が笑う番だった。


「そっちはフェイクですごめんなさい!」


 神楽がボールを蹴る直前、浜本(はまもと)が走り出した。

 神楽の狙いは最初から彼だった。永井に視線を固定していたのはフェイクだ。


 霧影の選手たちは目線のフェイクに完全に裏をかかれた。

 ——一人の選手を除いて。


「お前ならそうくると思ったぜ!」

「横山!」


 神楽から浜本へのパスコースに滑り込んだのは横山だった。

 完璧なタイミングでのブロック。神楽のパスは横山にカットされ——は、しなかった。


 地面を滑る横山を見下ろし、神楽はニヤリと笑った。


「お前、まさかっ……!」

「横山さんならそうくると思いましたごめんなさい!」


 神楽はパスを出すふりをしてから、踵でボールを後ろに蹴った。

 そこには今泉の姿があった。


「ナイスや、神楽!」


 今泉はダイレクトで浮き球を蹴った。


「「「なっ……⁉︎」」」


 バックスピンをかけたボールは、息を呑む相川たち守備陣の頭上を超えて、キーパーの手前でバウンドした。

 それを的確なコントロールで支配下に収めた永井のシュートは、懸命に伸ばしたキーパーの指先をかすめ、ゴールに突き刺さった。


「よっしゃあああ!」


 永井が雄叫びを上げる中、主審の笛が試合終了を告げた。

 五対〇。結果だけを見れば桐海高校の圧勝だったが、会場からは割らんばかりの拍手が両校の選手に贈られた。


 今泉は立ち尽くす相川に近づき、手を差し出した。


「最後の二十分、ほんまに強かったし、何より楽しかったで」

「っ……」


 相川は目を見開いた後、ふっと笑って差し出された手を握った。


「そうか。桐海のキャプテンにそう思わせることができたんなら、何よりだ。この後も勝てよ、俺たちの分まで」

「任せとき」


 両校の主将が熱い握手を交わすそばでは、その他の選手たちもそれぞれ握手や抱擁を交わしていた。


(最初から霧影が本来の姿でぶつかってきていたら……わからんかったかもしれんな)


 今泉は相川に背を向けて歩きながら、そっと息を吐いた。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ