第277話 調子に乗る増渕と、霧影のチーム事情
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巧の、今泉の考え方が自分に似ているという感覚は当たっていた。
フォワードの永井に相手の意識を集中させつつ、あえて蚊帳の外に置いていた伏兵の浜本で点を取った桐海の作戦は、他ならぬ巧の戦い方を参考にして今泉が考案したものだった。
作戦が完璧に的中した桐海は、前半終了間際にも増渕からボールを奪って発動させたカウンターから追加点を上げた。
点差は二点だが、それ以上に自力の差が感じられた前半だった。桐海の選手たちも、相応の手ごたえを感じていた。
「欲を言えばもう二、三点は取れたが、それでも完璧に近い前半だったな」
ハーフタイムに、浜本が今泉に話しかけた。
「あぁ。よく一発で仕留めてくれたな」
「完全にフリーだったからな。お前の作戦のおかげだ」
「ほな、巧君のおかげっちゅーわけや。味方じゃなくて相手の陣形を変化させるなんて、普通は考えつかんからな」
プレミアリーグで咲麗高校に敗北してから、今泉は徹底的に巧の戦い方を研究した。
その結果、驚きの事実が判明した。巧は味方を通して、相手チームの陣形を変化させていたのだ。
あえて特定の選手に同じシチュエーションでパスを出し続けたり、逆に全く使わなかったりして固定観念を抱かせ、相手自身も気づかぬうちにそのバランスを崩していく。
カラクリがわかったとき、今泉は戦慄した。
もちろん、咲麗の他の選手たちの技術や適応力ありきなので、それこそ巧が霧影に入ったとして同じことができるかはわからない。
それでも、刻一刻と状況が変わり、常に無数の可能性が存在する試合を自分の思うような形に変化させるなど、並大抵の能力ではない。
「巧君の真骨頂は、空間把握能力でも繊細なワンタッチプレーでもなく、情報の処理能力と分析力だったや。ほんま、恐ろしい子やで」
「それを紐解いて真似できるお前も、相当恐ろしいけどな」
「ワシなんて足元にも及ばんよ」
今泉は苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
「ワシのは準備ありきの、あくまで疑似的なものやからな。巧君のように試合の中で流動的にやるなんてこと、絶対にできひんよ」
「如月たちも準備してるんじゃないのか?」
「いや、あの変幻自在さはさすがに準備できるもんやないで」
「そうなのか」
浜本は完全には納得していないようだが、徹底的に研究した今泉は、巧のそれが準備されたものではないことを確信していた。
今泉にそんな真似はできない。それゆえに、永井を中心に攻めると明確に方向性を定めた上で、霧影の陣形を操ったのだ。
「それに、ここまで狙い通りにハマったのは、あくまで増渕がいたからや。明確な弱点のないチームやったら、ここまで上手くはいかないで」
「確かに、それはそうだな」
増渕なら、あえてマークを緩めて調子に乗らせれば必ず自己中心的なプレーに走るに違いない——。
その確信があったからこそ、思い切った作戦を実行できたのだ。
「——ふざけんなよ!」
霧影のベンチでは、その増渕が何やら味方にまくし立てていた。
「二失点とも自分のロストからなのに、よくあんなにでかい顔ができるものだな」
浜本がいっそ感心したようにうなった。
「その分、攻撃で役に立ってると思ってるんやろうなぁ。神楽、あいつを潰すときに削られないように気を付けろよ」
「基本的に寄せが甘いので、大丈夫だと思います! ただ、ああいうタイプは逆上すると後先考えずに馬鹿なことをするので、やばいと思ったら引きつけて囮に徹するかもしれませんごめんなさい!」
「いや、それでええ。お前が増渕を釣り出してくれれば、霧影の陣形が崩れて攻めやすくなるだけやからな」
——ほんま、わかりやすくてありがとうな。
今泉は、作戦立案に大いに貢献してくれている増渕に感謝した。
——しかし、まさか敵から感謝されているなどとは考えもしない増渕は、鼻息を荒くして味方を怒鳴りつけていた。
「通用してんの俺だけじゃねーかよ! 俺みたいにドリブルで抜けねーんなら、せめてサポートくらいはしろ! 俺が三人抜いてやってもパスコースもねーってどういうことだ⁉︎」
「……すまん」
キャプテンが、感情を押し殺したような小さい声で謝罪をした。
「ったく……失点したときだって、マーク甘すぎんだろーがよ」
増渕は横柄な態度で、どかっとベンチに腰を下ろしてドリンクを煽った。
二失点ともお前のボールロストからだろ——とは、誰も言わなかった。
何人かの選手は、増渕だけが通用しているように見えるのは、彼だけが警戒されていないからだということに気づいていた。
桐海が常に彼へのマークを甘くして、その代わりに他の選手への警戒を強めているからこそ、増渕のサポートに行けないのだ。
だったら増渕が自分で攻め切ればいいという話になるが、彼にミドルシュートはない。
結果として、ある程度までは持ち運べてもそこからの選択肢はなく、迷っている間にボールを取られるというのを繰り返していた。
しかし、それらを指摘する者はいなかった。
言っても癇癪を起こすだけだし、争いになった場合、監督は必ず増渕の味方に着くからだ。
ある試合で、霧影は増渕のミスから失点して敗北した。
明らかに自陣でボールを持ちすぎて追い込まれてボールを奪われた増渕が悪いにも関わらず、彼は味方のサポートがなかったせいだと主張した——まさに今のように。
「普通に敵に寄せられる前にクリアすれば良かっただけだろ」
とある部員のその意見は、誰から見ても正論だった。
しかし、話を聞いた監督は「屁理屈をこねて自分のサポート不足を増渕に押し付けるな。そんなやつはウチの部員にふさわしくない」と理不尽にその部員を一軍から追放し、その他の選手にも罰走を課した。
一方で、増渕はお咎めなしとなった。
その事件以降、霧影の部員たちは増渕を相手にしなくなった。
言い返しても事態は好転しないどころか、自分たちの身が危ない。ならば、怒りを抑えて謝罪の言葉を口にしておいたほうがいいと考えたのだ。
増渕の両親は霧影のOBで、同窓会に多額の寄付をしているため、発言力が大きかった。
そんな彼らは、地方の練習試合ですら必ず応援に来るほど、息子を溺愛していた。
監督が増渕を優遇しているのも、影響力を持つ彼の両親の機嫌を損ねて自分の立場が危うくなるのを恐れているからだ。
もしも監督がまともだったら、一軍に残れていたかも怪しいだろう。
他の選手は納得できるはずもなかったが、そのような状況で生徒にできることなどなかった。
増渕以外のプレーが荒いのも、そういったことに対するフラストレーションを日々溜めているからだった。
しかし、そんなキャプテンや他の選手の態度を、自分の正当な主張に反論できずに悔しがっていると勘違いした増渕は、ますます増長した。
(陰で俺のことをコソコソ馬鹿にしてるくせに、桐海相手には何もできねえじゃねーか! 所詮は俺以外はザコ専ッってことだな!)
いつもは真っ先に狙われてチームの穴になっていた増渕にとって、自分のドリブルだけが通用しているという状況は気持ちよくてたまらなかった。
失点につながるロストも、自分のドリブルが全くチャンスにつながっていないのも、彼の中では全て味方の責任となっていた。
後半が始まっても、桐海は変わらず増渕に対するマークだけを甘くしていた。
しかし、そんなことには気づかず、増渕は三人を交わした。最終的には取られてしまったが、それを自分のせいだとは露ほども考えなかった。
(俺が三人も抜いてやってんのに、他のやつらは何やってんだよ? もはや、戦術俺じゃねーか!)
味方は使えない。対抗できるのは自分だけ——。
そんな考えを加速させた彼は、その後も自己満足のプレーを繰り返した。
そして後半十分、再び増渕のロストから霧影は三失点目を喫した。
自分だけが通用していると考えている彼にとって、到底許せる状況ではなかった。
「てめえら、ふざけんなよ! 攻撃ではサポートもできねえで、守備もまともにできねえとか調子乗ってんじゃねーぞ! 俺しか通用してねえんだから、せめてそのカバーぐらいはしろよ!」
怒りの爆発した増渕は、近くにいた味方の胸ぐらを掴んで吠えた。
そのときは審判の仲裁もあってなんとかプレーに戻ったが、彼のフラストレーションは限界に達していた。
「てめえらじゃ何もできねえだろーが! 寄越せ!」
増渕は味方から半ば強引にボールを奪い取り、ドリブルを開始した。
(こうなったら俺が全員ぶち抜くしか——)
「……はっ?」
増渕は間抜けな声を漏らして、自身の背後を振り返った。
ついさっきまで自分の足元にあったはずのボールは、いつの間にか神楽のものになっていた。
「あの、あなた程度がウチ相手に通用してると思われるのは不愉快ですごめんなさい!」
「……あっ? てめえっ、一回まぐれで取れたくらいで調子乗ってんじゃねーぞ!」
「まぐれじゃないです! 霧影陣地で僕があなたからボールを奪った三回が、全部ウチの得点につながってますごめんなさい!」
「んだと⁉︎ このっ……クソガキが!」
増渕は怒りに任せてスライディングをするが、神楽はまるでそれを読んでいたかのように、自身は増渕の足の軌道から外れつつ、ボールを浮かせた。
宙を舞うボールの下を、増渕はただ滑っていくしかなかった。
増渕が味方からボールを奪ったこと、そして神楽の本気に動揺した霧影に、ギアを上げた桐海の攻撃を防ぐ術はなかった。
あっさりと増渕を抜き去った神楽はそのまま攻め上がり、フォワードの永井との連携から、そのままミドルシュートをゴールネットに突き刺した。
そして彼は自陣に戻る最中に、増渕とのすれ違いざま、
「もうあなたがドリブルで誰かを抜くことはないと思いますごめんなさい!」
「なっ……⁉︎ てんめえクソガキっ……!」
増渕の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
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