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第275話 ガキどもが

 ピー、と審判が笛を鳴らした。

 (まこと)に対する相手のファールを取ったのだ。


「くそっ……!」

「ちょこまかドリブルしやがって……!」


 時間とともに焦りを覚える相手に対して、彼のキープ力と展開力は効果的だった。

 生半可なプレッシャーではボールを奪えないし、かといって人数をかければ空いたスペースにパスをされて数的不利を作られるからだ。


 そして、徐々に前がかりになる相手に対しては、(まさる)の二列目からの飛び出しも有効だった。

 相手の守備陣の背後のスペースを、一本のパスで狙うことができるからだ。


 咲麗(しょうれい)高校の追加点も、彼らの特徴を存分に活かしたプレーから生まれた。


「——西宮(にしみや)先輩!」


 前がかりになった敵のプレッシャーを真がかわした瞬間、優がその名を呼んで走り出した。


「まずい、裏取られた!」

「戻れ!」


 慌てて帰還する守備陣の頭上を超えたパスが、優の足元に収まる。


「行かせるか!」


 彼のドリブルの進路はふさがれたが、問題はなかった。


「優!」


 水田(みずた)が優を追い越していく。

 優は自分で仕掛けるそぶりだけを見せて、水田にパスを出した。


「なっ……!」


 優のフェイクに反応してしまった相手に、水田をケアする術はなかった。

 水田はペナルティーエリア内まで侵入した。


(かがり)だ!」

「コースふさげ!」


 相手は当然、咲麗のエースストライカーで、ここまで二点を奪っている誠治(せいじ)を警戒した。

 彼らが誠治の背後から走り込んできた真に気づくころには、水田はパスを出していた。


 決めてくれ——。

 そう言わんばかりの優しいパスを、真は冷静にゴール左隅に流し込んだ。


「「「うおおおお!」」」

「三点目!」

「ついに自分で決めやがった!」


 もはや、咲麗応援席は踊っていた。


「すごいね、西宮先輩。攻撃の起点になったのにもう走り込んでたし、それだけ走ったのにきっちり決め切るんだもん。やっぱり技術もそうだし、素の身体能力も高いなぁ」


 (たくみ)はうなった。

 すると、不意に右手が温もりに包まれた。香奈(かな)だった。


 彼女は眉を下げ、不安げに巧を見上げた。

 彼の手を包み込む彼女のそれには、力がこもっていた。


(僕が自信を失ってないか、心配してくれてるんだろうな)


 巧は柔らかい微笑を浮かべ、空いている手を香奈の頭に置いた。


「ん……」

「大丈夫だよ。西宮先輩が規格外なのは今に始まったことじゃないし、彼が覚醒したからといって自分が不要になったとも思ってないから」


 それは香奈を安心させるための言葉であり、同時に京極(きょうごく)らコーチ陣に対するアピールでもあった。

 自分はチームの役に立てる、その自信があることを暗に示したのだ。


 初めのころは考えられなかった、真との共存。

 巧はすでに、脳内で何パターンも状況を想定することができていた。


 ——彼の自信にあふれた横顔を見て、香奈も強がりではないことに気づいた。


(よかった……これなら大丈夫そうだ)


 香奈はそっと安堵の息を吐いた。

 巧が真に気圧されていないのなら、それでいい。


 元々、巧が活躍できるかどうかについては心配していなかった。

 真がスペックとして頭ひとつ飛び抜けた存在であるように、巧も他に代わりのいないユニークな選手だ。真がいくら仲間を使うことを覚えても、その事実に変わりはない。


(散々迷惑かけられた西宮先輩との共存は、私的には複雑なんだけど、巧先輩にとっては楽しみなんだろうな)


 巧が発言の裏に潜ませた意図については、香奈も気づいていた。


(まあ、間違いなくチームのためにはなるし、巧先輩がいいなら私が何かを言う必要はないよね。それにしても、さっきの巧先輩、格好良かったなぁ)


 普段は優しげな表情を見せることの多い巧の好戦的な凛々しい笑みを思い返し、香奈はむふふ、と密かに悶えた。

 ちょんちょんと二の腕を突かれた。あかりだった。


「——健気さはあんたに負けるよ」

「う、うるさい」


 赤面する香奈を見て、あかりは「仕返し完了」と満足げに微笑んだ。


 ——そんな彼女らの余裕は、リードをしていればこそだ。

 負ければ敗退というトーナメント戦で格上相手に三点差をつけられたチームが、焦って前がかりになってしまうのは仕方のないことではあっただろう。

 誠治のアシストから水田の得点が生まれたのは、実に三点目を取ってから三分後のことだった。


 試合を決定づける一発が決まったタイミングで、京極はターンオーバーを施行した。

 今大会は、特に決勝までの間隔が短い。具体的に言えばこれから一日おきに試合が組まれているため、休ませられるときに主力を休ませておく必要があるのだ。


 加えて言えば、ベンチメンバーにも今のうちに全国の空気感を経験させておかなければ、いざというときに命取りになる。

 京極はセンターバックの(はやし)、真、水田に替えて、大介(だいすけ)晴弘(はるひろ)蒼太(そうた)を投入した。


 ターンオーバーは短期決戦を勝ち抜くためには必須であり、大量リードしたチームならばどこでも使う戦法だ。

 ——しかし、負けている身からすれば、それは勝利宣言に等しいものであり、舐められたと感じてもおかしくはなかった。


「くそっ、一年投入してきやがった!」

「調子乗りやがって……!」


 特に彼らのフラストレーションの標的となったのは、晴弘と蒼太だった。

 交代で入った一年生だから、ということもあったし、彼らが元々ボールを持ちたがるプレースタイルであることも影響した。


「くそっ、こいつら……!」

「姑息な真似しやがって……!」


 審判の見ていないところでユニフォームを引っ張られ、無意味に肩をぶつけられ、晴弘と蒼太はどんどんムキになった。

 そうなれば、プレーが雑になるのは必至だ。


「蒼太、あっ」

「やべっ……!」


 カウンター攻撃を発動させようとしていた咲麗は、二人のミスで逆にカウンター返しを受ける羽目になった。

 試合を通じて初めてのピンチらしいピンチは、武岡(たけおか)のスライディングにより阻止された。


「サンキューっす」

「助かりました」


 お礼を言った晴弘と蒼太を、武岡はニコリともせずに一瞥した。

 そして、ただ一言、


「ガキどもが」


 それだけを言い捨て、二人の元を離れていった。


「なんだあれ……!」


 蒼太が腹立たしげな声を上げる中、晴弘は考え込んだ。


(武岡さんは、本当にただ悪態を吐いただけなんだろうか?)


 彼は己の巧と香奈への苦い経験から、多角的な視野で物事を捉えることの大切さを認識していた。


(いや、あの人がそんなことはするはずない。あの一言だけってことは、必ず何か意味があるはず——そうか!)


「——蒼太」

「あっ?」

「ガキと言えば、勝てないからって姑息な手段を使う相手のほうが、俺らよりよっぽどガキじゃね?」

「そりゃ、そうだけど」


 何が言いたいのか、と蒼太が眉をひそめた。

 晴弘はニヤリと口角を上げた。


「ガキにとって一番悔しいのってさ、やり返されることよりも相手にされないことじゃねえか?」

「っそういうことか……!」


 蒼太が膝を叩いた。言いたいことは伝わったようだ。


「やり返したりムキになってちゃ、それこそガキだ。あんなやつらと一緒なのは嫌だし、俺たちは俺たちのサッカーをしようぜ」

「そうだな」


 晴弘と蒼太は得意げな笑みを交わし、拳を合わせた。

 相手のコーナーキックを大介が跳ね返す。ボールは武岡が回収した。


「——ヘイ!」


 晴弘は手を上げた。

 次の瞬間、足元に刺すような鋭いパスが届いた。

 武岡が迷わずボールを預けてくれたことを嬉しく思いつつ、晴弘はワンタッチで近くに寄ってきた蒼太にあずけた。


「なっ……⁉︎」


 晴弘をマークしていた相手が息を呑む気配がした。

 予想外だったのだろう。これまで晴弘は、必ずトラップをしてドリブルを仕掛けようとしていたから。


「こ、こいつら……!」


 蒼太をマークしている選手も、同じように動揺していた。

 これまでとは打って変わってテンポ良くボールを回し始めた一年生コンビに、相手の守備陣は全く対応できなかった。


 蒼太とのワンツーで、晴弘は四人の包囲網を突破した。

 相手の守備陣形が整う前にあげたグラウンダーのクロスに誠治が左足で合わせ、ハットトリックを達成した。


「ナイス連携だ! 晴弘、蒼太!」

「「うす!」」


 誠治に頭を撫でられ、晴弘と蒼太は笑顔を弾けさせた。


「やるじゃねえか、一年ズ!」

「誠治も右足、頭、左足のハットトリックかよ!」


 彼らの元に、部員たちが次々と駆け寄った。

 その輪の中から少し離れたところに、武岡の姿があった。


「武岡先輩、ありがとうございます!」

「あざす!」


 晴弘と蒼太がお礼を言うと、武岡は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 ガキどもが、とつぶやき、自陣に戻っていった。

 二人の一年生は、顔を見合わせて苦笑した。


 その後はエースストライカーの誠治まで下げつつも、コーナーキックからさらに一点を追加した咲麗高校は、最後まで気を緩めなかった。

 不動のスタメンだった安藤(あんどう)の負傷というアクシデントはあったものの、六対〇と力の差を見せつける形で二回戦を突破した。




 試合が終わっても、咲麗高校の部員たちは宿に帰らず、観客席に座った。

 今泉(いまいずみ)率いる桐海(とうかい)と、増渕(ますぶち)のいる霧影(きりかげ)の試合があるからだ。


 両校の勝者とは、当たるとしても準決勝だ。これから三回戦と準々決勝を突破する必要があるため、どちらともぶつからない可能性も十分にある。

 だが、同じ会場で自分たちの後に行われるのなら、せっかくなら見ておこうという話になった。


「巧、大丈夫か?」


 誠治が隣に座る巧に、気遣わしげな目線を向けた。

 増渕のことだろう。


「うん、大丈夫だよ——桐海応援ではあるけどね」


 巧は大きくうなずいた後、茶目っ気たっぷりに付け加えた。

 本当に大丈夫であることは伝わったのか、誠治を含め、周囲に座っていた者たちがホッと息を吐いた。


(みんな——)


 多くの仲間が自分を心配してくれていたのだという事実に、巧は照れくささを覚えた。


「ふふ。巧先輩、お顔が赤いですよ?」

「うるさい」

「いてっ」


 ニヤニヤと笑いながら脇腹を突いてくる香奈にチョップを落としてから、巧はピッチに視線を落とした。

 ちょうど、桐海の選手がアップのために姿を現すところだった。


 どんな戦いを見せてくれるのか——。

 巧は最後に姿を現した今泉を視線に捉え、胸を躍らせた。

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